「AIを用いた特許検索」を掲げて「KIBIT」が登場して大きな話題を呼んだのが2015年のことでした。それ以降,様々な検索システムがAIを前面に打ち出した拡張機能を搭載しており,今日ではAIを使った特許検索や特許分析,IPランドスケープ作成等を日常の調査業務に取り入れておられる方も少なくないことと推察いたします。
重ねてAI技術の発展は自動翻訳や自動分類などの技術にも波及し,これらの技術が特許調査の領域でも使われ始めていることはご承知の通りです。
化合物調査の分野でも,従来のように人の手により化合物構造式を索引してデータベース化するのではなく,AIが自動的に特許全文から化合物名称や構造式を取り込んで索引を作成する手法が提案され,実装が進んでおります。
これらAI技術を核とした様々な機能の追加により,特許調査実務はまさに今,転換点を迎えていると言っても過言ではないと思います。
本特集号は,これらの新しい手法に関する基本的知識や使用に際して留意すべきことをまとめて,特許調査に関わる皆様のお役に立てればという思いで企画しました。また,新しい調査・解析手法を日々研究しているエンドユーザー協議会様の研究成果の一端を紹介することで,最新の検索技術に対する知見を深めていただくことも企図しております。
最初にAI自動翻訳の第一人者でおられる国立研究開発法人情報通信研究機構フェローの隅田英一郎氏に,自動翻訳の基本と同時通訳への適用を見据えた今後の展開について,初心者にもわかりやすく解説していただきました。第二稿は一般財団法人日本特許情報機構の長部喜幸氏に,中国特許のAI翻訳と自動分類についてSDGs特許を分類した実例を挙げてご紹介いただきました。第三稿は,アジア特許情報研究会の安藤俊幸氏に,AIを用いる特許調査と概念検索の利用に際する留意点をご提案いただきました。第四稿はデータベース提供の立場から世界知的所有権機関(WIPO)の坪内優佳氏に,WIPOが公開している「PATENTSCOPE」について解説いただいております。第五稿は日本アグケム情報協議会の大島優香氏に,第六稿は日本FARMDOC協議会の小島史照氏に,それぞれの協議会がユーザー視点で取り組まれた化合物検索システムの研究成果をご紹介いただきました。なお,化合物検索については各稿で取り上げた以外にも各種システムがありますが,今回は事例紹介の位置づけですので,全ての検索システムに言及してはおりませんことをご承知おきください。最終稿は日本EPI協議会の田中厚子氏に,IPランドスケープの事例として協議会での研究事例をご紹介いただいております。
いずれの論文も読み応えがあり示唆に富んだものとなっております。皆様の日々の調査実務のご参考になれば幸甚です。
INFOSTAパテントドキュメンテーション委員会
深層ニューラルネットの登場によって人工知能の実用化が様々な分野で進んでいる。自動翻訳はその典型的な成功事例である。2016年以降の深層ニューラルネットによる自動翻訳の高精度化は革命的である。汎用だけでなく分野特化型もあり,多くのサービスが上市され,加速度的に普及し始めている。高精度化の背景にある自動翻訳の固有の事柄を説明し,自動翻訳を一層高精度にするために研究者以外が大きく貢献できることを述べる。また,自動翻訳が音声技術と連携することによって可能となる,逐次通訳と同時通訳の自動化についても現状と展望を述べる。
知財の世界はデジタル化や標準化が比較的早く行われたことから,DX化に伴う価値創造の事例が多い。事例の一つとして,日本特許情報機構の知財AI研究センターの研究成果である,Japio-AI翻訳及び社会課題に対する自動分類を紹介する。特に,AI翻訳については中国特許文献の機械翻訳を中心に,我々の機械翻訳の特徴や強みを解説する。自動分類については,脱炭素(カーボンニュートラル)や持続可能な開発目標(SDGs)といった社会課題と特許情報とを接続することの意義,接続手法,及び,接続による新しい価値の創造について解説する。これら特許情報サービスにより,知財分野のDX化が促進されると考えられる。
最近では知財情報業務への人工知能(AI: Artificial Intelligence)の適用も身近な存在になってきている。商用のAIを利用した特許調査ツールも複数登場している。ただ,これら商用のAI調査ツールをユーザーが使いこなす上で押さえておくべき基本事項や限界・課題も多いのも現実である。本報では,特許調査でのAI活用について,過去の概念検索の導入過程を振り返り,概念検索とAI検索との比較を,特許調査と機械学習の観点から特許調査システムのユーザーの立場として述べる。また,現在の深層学習(第3世代AI)の限界も指摘され,第4世代AIと言うべき提案もなされている。商用のAI利用特許調査システムにおいても,第4世代AIを目指すツールが出現しており注目している。
PATENTSCOPE特許検索サービスは,世界知的所有権機関(WIPO, World Intellectual Property Organization)が無料で提供する特許文献検索サービスで,1億200万件以上(2022年3月末時点で)におよぶ特許文献を検索・閲覧することができる。2021年3月からは一部の非特許文献の検索も可能となり,同年9月からは化学化合物検索に関し,マーカッシュ構造の検索機能も追加されるなど,PATENTSCOPEは進化を続けている。本稿では,進化を続けるPATENTSCOPEについて,その特徴や最新機能も含めた全体像を紹介する。
化学構造検索による特許検索において,索引系データベースはその化学物質索引の信頼性と検索機能の利便性から必須である。一方,全文系特許データベースでは,索引系データベースでは索引されなかった化学物質の検索ができること,タイムラグ無く検索できることが実証できた。特に出願前先行技術調査や無効化資料調査の場面での活用が期待できる。全文系特許データベースの化学物質切出しは,システムにより異なる。そして,正確性の観点で,現時点で,どのシステムにおいても不十分と言える。今後の化学物質辞書の充実やAI技術の進展等により,正確な化学物質切出しに期待する。
製薬関連企業の特許調査の実務者の集まりである日本FARMDOC協議会(JFA)では,毎年5-6件の研究テーマを設定して活動している。本稿では「Markush構造研究会」「製造方法研究会」の2件について成果を紹介する。Markush構造研究会では2017年当時,利用可能であったデータベースについて機能の詳細を調査するとともに,複数の調査事例における結果の比較・考察を行った。2021年の製造方法研究会では,低分子化合物および調査の網羅性に課題がある大環状化合物の製造方法特許について調査手法を検討し,有益な調査ノウハウを得ることができた。さらに,各種調査事例においてPatSnapはCAplusを補完できる可能性が示されたことから,今年度も研究を継続している。
日本EPI協議会のワーキング活動において,IPランドスケープをテーマに,知財関連の解析手法について研究を行った。テーマとしては炊飯器を題材に,3チームに分かれ,それぞれが異なる炊飯器メーカーを担当した。国内市場をターゲットに分析を行い,市場におけるポジションの確認や,事業戦略,経営層への提言を検討した。各チームでまずは市場における外部要因を確認し,ベンチマークを行った上で,SWOT分析,ファイブフォース分析,ポジショニング分析,特許分析,テキストマイニング,ワードクラウド等の手法を駆使し,それぞれの結論へと導いた。本稿では,研究活動を通して得られた分析手法の知見を紹介する。