今月号は学術研究成果の公表媒体の現状と今後の展望を「学術情報流通のあり方」として特集します。
情報技術の発達や,グローバル化によって問題が世界中に波及する速度が増す中,科学による問題解決にもスピードアップが求められています。研究成果の公表媒体において現在も学術雑誌は主要な位置を占めていますが,その質を担保する査読制度はスピード,質の面において課題が指摘されるほか,購読・投稿にかかる価格などに関する問題も議論されています。
一方で,近年のプレプリントの隆盛,オープンアクセス出版プラットフォームやオープン査読による研究成果公開の試みは,学術雑誌の孕む問題へのアプローチという側面があると考えられ,学術情報流通の多様化を目指した動きとも捉えられます。また,これらの動きを促進するにあたって欠かせない要素となる要因として,多様な研究成果を正しく評価する必要性も指摘されつつあります。
そこでこの特集では学術雑誌やプレプリント,オープンアクセス出版プラットフォームなどそれぞれの研究成果公開方法の利点と課題を概観しながら,科学研究が信頼性の確保とスピードアップを両立しつつ発展していくための今後の学術情報流通のあり方を展望したいと思います。
まず,同志社大学免許資格課程センターの佐藤翔様には,学術情報流通,主に査読誌の担ってきた機能を実現する方法の多様化について,どのような試みが行われているかという観点から現状をまとめていただきました。京都大学 大学院文学研究科の伊藤憲二様には,科学史の視点から学術雑誌の歴史と,査読制度の発展について解説いただくとともに,現在学術雑誌が抱える課題とその解決方法の可能性について論じていただきました。国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)の重松麦穂様には,2022年3月に運用が開始された「Jxiv」の事例を通じてプレプリントが学術コミュニケーションにおいて果たすことのできる役割についてご紹介いただきました。また,筑波大学URA研究戦略推進室の森本行人様には国内初のオープンリサーチ出版サービス「筑波大学ゲートウェイ(現Japan Institutional Gateway)」等の事例から研究成果公開の促進をはじめ独自の取り組みをご紹介いただきました。政策研究大学院大学の林隆之様には現在学術雑誌を中心とする学術情報流通の仕組みと密接につながる研究評価指標を改革しようとする動きである「研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)」を,オープンサイエンス推進の動きを交えて解説していただきました。
読者の皆様におかれましては,本特集記事を通してそれぞれの学術研究成果の公表媒体がもつ成り立ちの背景や役割を踏まえて,また研究評価改革の動向を含めて今後の学術情報流通のあり方について考える一助にしていただければ幸いです。
(会誌編集担当委員:長谷川智史(主査),池田貴儀,小川ゆい,尾城友視,水野澄子)
現代の学術情報流通は,「登録」,「保存」,「認証」,「報知」の4つの機能を担う査読誌を中心に成り立っている。学術情報流通の多様化とはこの4機能の実現方法の多様化にほかならない。より詳細には,従来とは異なる対象を4機能で扱う,一部の機能の実行方法を変える,一部の機能を独立させる・実施順序を入れ替える,と言った試みが行われるようになってきている。一方で,4機能自体の見直しを図ることは,提案はされても普及はしていない。本稿ではそれぞれ具体例を見つつ,学術情報流通の多様化の現状を捉えることを試みる。
本稿は学術情報流通の重要な媒体である学術雑誌の歴史と,その質担保の重要な仕組みである査読制度の発展について述べたものである。学術雑誌,より一般には科学を歴史的に検討することの意義を科学史研究の観点から説明したうえで,現時点における比較的最近の研究に基づいて学術雑誌の歴史と査読制度の発展を概観し,最後に学術雑誌にかかわる現在の課題のいくつかと,それらの問題を乗り越える可能性について論じた。とくに最近出版されたAileen Fyfeらによるロイヤル・ソサイエティにおける学術出版についての大部の研究書の紹介に大きな重点を置いた。
研究成果を研究コミュニティへ迅速に共有することを目的として,査読を経ていない論文「プレプリント」をインターネット上で公開する動きが活発になっている。2010年代以降にはプレプリントを公開するウェブサイト「プレプリントサーバ」が分野ごと,国ごとに数多く立ち上がっており,日本でも科学技術振興機構が2022年3月に「Jxiv(ジェイカイブ)」の運用を開始した。プレプリントの利活用が広がる状況に,ジャーナル出版者や研究者がそれぞれ適切に対応することで,学術コミュニケーション,ひいては学術研究全体の発展につながると考える。
本稿では,日本語で書かれた人文社会系分野の研究の見える化に向けて,筑波大学が行ってきた取り組みについて述べる。1つは,筑波大学人文社会系の独自の取組としてのiMD(index for Measuring Diversity)である。iMDは学術誌の著者所属の多様性を図る指標として私たちが提案した手法で,特許も取得した。このiMDは,筑波大学人文社会系の評価指標にも活用されている。もう1つが筑波大学ゲートウェイである。筑波大学ゲートウェイは,F1000 Researchのプラットフォーム上に開発したものであり,全学の研究成果公開を促進する。ローンチから2年を経て筑波大学ゲートウェイをリブランドし,Japan Institutional Gatewayとして世に送り出すまでの経緯ならびに将来の展望を概説する。
ジャーナルを中心とする学術流通の仕組みは出版指標に基づく研究評価の興隆を招き,科学界が質保証の自律性を失い,評価指標に適合するように研究者が自らの研究活動を束縛するようになってきた。近年,この状況の揺り戻しを図る動きが高まっている。その旗手である「研究評価に関するサンフランシスコ宣言(DORA)」は提言から積極的なキャンペーン活動へと役割を進化させ,欧州ではオープンサイエンス推進の動きと融合し,研究評価改革の国際的な協定が多くの機関間で結ばれる段階にある。本稿では,DORAや欧州の研究評価改革の動きを紹介するとともに,日本の研究評価指標の活用状況や,日本も参加するDORAの各国プロジェクトについて説明する。