新しい科学のあり方として「オープンサイエンス」という概念が欧州を中心に定着するのに伴い,研究活動において生成される「研究データ」をめぐる状況が大きく変わりつつあります。データの公開により研究の透明性を高め,その利活用を可能とすることで新たな研究を促進するといった考え方を基礎とするオープンサイエンスにおいては,研究データの適切な管理や,公開/非公開の選択,データの流通に関する事柄が個々の研究者や研究機関に求められるようになりました。
日本においては,2021年3月に策定された「第6期科学技術・イノベーション基本計画」以降,科学政策において研究データの管理や利活用を推進する具体的な動きが見られます。そうした政策動向を受けて,研究機関等においては研究データポリシーの策定や研究データ管理を支援するための環境・体制の整備が進んでいます。
本特集では,自機関の各種ポリシーをふまえて研究データ管理支援を実践していく方々を主な読者として想定し,研究データ管理に関する包摂的な知識や,先行事例,課題とその整理の方法を提供することを目指しました。それぞれのトピックに関し,識者であり先駆者である方々にご執筆をお願いしました。また,体系化されつつある研究データ管理(支援)に関する知識・スキルを得るための教材紹介を編集委員が行いました。これらを通じて,研究データ管理を行う主体である研究者に加え,URAや図書館員,技術支援スタッフといった異なる立場にある支援者が,個々にスキルアップするだけでなく,コミュニティー全体として共通理解を構築するきっかけになれば幸いです。
(会誌編集担当委員:尾城友視(主査),青野正太,池田貴儀,村田祐菜)
2010年代初頭から始まったオープンサイエンスの潮流は,データ駆動型科学の進展と研究の再現性・説明責任の問題を背景に,研究データをどのように適正かつ効果的に管理・流通させるかという実務的な課題となっている。これは研究者だけでなく,分野毎コミュニティ,資金配分機関等の学術活動に関わる全ステークホルダの対応を必要としている。特に,学術機関には研究者と資金配分機関等の間を仲介する役割があり,多様かつ複合的な問題に直面している。本稿では,我が国の学術機関に求められる研究データ管理の組織的支援の考え方と,現在進められている取り組みについて解説する。
本稿では,近年の日本の学術研究界においてその必要性が広く知られるようになったデータマネジメントプラン(DMP)の作成と実践に関する意義と課題について,社会調査研究の立場からの情報および問題意識の共有を目的としている。DMPは,オープンサイエンスを実現するためのデータのFAIR原則を,効果的に実行に移すためのドキュメントだとみなすことができる。その内容や作成方法について習熟しておくことは,オープンサイエンス時代の研究者の基礎的スキルの1つとなってゆくと思われる。本稿では,「東大社研パネル調査」を素材にDMPを試作し,社会調査研究におけるいくつかの問題意識を簡単に述べる。
積極的な知の共有により知的生産活動に発展をもたらすオープンサイエンスが,世界的な潮流となっている。オープンサイエンスの鍵となるのが,研究データを適切に保存し,オープン・アンド・クローズ戦略のもとで共有や公開を行う研究データ管理である。また研究公正の面からも,適切な研究データ管理が求められている。適切な研究データ管理を実現するために,研究機関における研究データポリシーの策定や研究データ管理基盤の導入などが進みつつある。本稿では,著者が所属する同志社大学における研究データポリシーおよび研究データ管理基盤の導入に至る検討内容を事例として紹介する。
研究データは,適切なオープン・アンド・クローズド戦略によって公開・共有される必要がある。本論では,知的財産及び個人情報を始めとする公開に馴染まないデータ等について,適切な研究データ管理支援を実践するための基本情報を提供することを目的とする。本論は,特に,クローズド戦略に着目し,研究データをどう保護すべきか,公開・共有への要求にはどのように応えていくべきか,仮想事例に基づくケーススタディも含めて取り上げる。結論として,本論では,次の3点,①知的財産マネジメント,②メタデータ付与による保有個人データ等の適切な管理,③研究者の自己管理が重要であると指摘した。