近年,学術論文や研究データのオープン化や再利用に関する議論や実践が大きく進んでいます。一方で,学術論文と並んで研究の成果や新たな知見を発信する主要な媒体である学術書は,必ずしも学術論文と同じ道程を,同じように歩んでいるわけではないように見えます。また,論文の量や質が研究者の業績を顕し,さらには大学のランク付けへの貢献度を測る指標であるような風潮がアカデミアを取り巻いていると感じられるとき,同時に研究業績としての学術書が軽視されているような感覚は,決して鋭敏に過ぎるものではないでしょう。
書籍と論文とでは,媒体そのものの特徴や,出版・流通の仕組み,そしてアカデミアにおける機能が異なります。本特集では,書籍という形態を持つ学術書に焦点を当て,その現代的な意義や価値,機能について,アカデミアとそれを包含する社会の視点から見つめ直すことで,学術書をめぐる現況への理解を深めることを目指します。
国文学研究資料館の押海圭一氏には,書籍という媒体の特徴をふまえて,人文・社会科学系研究者がなぜ本を書くのか,アカデミアの視点から概説していただきました。各国の研究評価制度の比較から見える,学術書の位置づけの変遷と今後の評価制度の在り方に関する指摘にも,大きな示唆があります。
続いて京都大学の大河内泰樹氏には,NPO法人国立人文研究所による人文学分野の学位論文出版助成の取組みについて紹介していただきました。日本の人文学をめぐる状況への危機感を背景に,若手研究者の支援を目的とした出版助成制度の成り立ちと成果,そして課題に多くのことを考えさせられます。
同じく京都大学の天野絵里子氏,設樂成実氏には,少し視点を変えて学術書のオープンアクセスの現状と課題について論じていただきました。欧州の先行事例や書籍のオープンアクセス化のモデルを共有いただいたうえで,日本(語)の学術書籍出版の持つ特有の事情についても指摘がなされています。
最後に,学術書の刊行に大きな役割を果たす出版社の立場から,ひつじ書房の松本功氏には学術書が持つ社会的な意義について論じていただきました。学術書が出版されることは研究プロセスの終点ではなく途上であるという考え方は,学術書をめぐる議論を進めるうえで重要なものであると考えます。
私たちは書店や図書館に足を運べば(あるいはアクセスすれば),学術書を通じて豊かな知の世界に触れることができます。この特集が,そうした恵まれた環境を享受するだけでなく,その在り方について考えるきっかけとなれば幸いです。なお,人文・社会科学系に限らず他の分野で学術書がどう扱われているのか,そして新書や教科書,一般読者に向けて書かれる書籍に関する視点が不十分である点については,ひとえに編集委員の力不足であり,同時に学術書というテーマが照射する範囲の広さを示すということで,ご容赦いただけますと幸いです。最後に,学術書という大きなテーマを扱う記事の執筆をお引き受けくださり,様々な視座からの論考をお寄せくださった執筆者の皆さまに,深く御礼申し上げます。
(会誌編集担当委員:尾城友視(主査),青野正太,大澤紗都,野村周平,渡辺麻子)
人文・社会科学系研究においては,研究成果として図書,特に単著の学術書が重視されている。本稿では,図書が論文と異なり長文で深い議論が可能である点や,査読・出版プロセスの違いを整理したうえで,人社系研究の目的や方法論といった特徴が図書形式に適していることを論じた。また,日本,イギリス,イタリアなど各国の研究評価制度における図書と論文の評価の比較を通して,図書の位置づけの変遷を示した。最後に,今後の研究評価においては,図書の学術的価値を正しく評価する枠組みの構築が重要であると指摘した。
NPO法人国立人文研究所では,2021年度から人文学学位論文の出版助成を行っている。本稿では,この出版助成事業につながる国立人文研究所および「人文学の学校KUNILABO」立ち上げの経緯とその理念を踏まえて,国立人文研究所がなぜ人文学に関する学位論文の出版助成を始めるに至ったのかを解説する。この組織は,我が国における大学の自治の解体と人文学軽視政策に対する抵抗であるとともに,これまでの人文学のあり方に対する反省から構想されたものであり,出版助成では人文学における初期キャリア研究者を支援することを通じて,将来の人文学への種を蒔くことを目指している。
本稿では,学術書籍のオープンアクセス(OA)を中心とした流通の現状について概観する。学術論文と比較して,学術書籍のOA化は進展が遅いものの,近年,欧州を中心に政策面での後押しやビジネスモデルの多様化が進んでいる。世界におけるOA学術書籍の刊行・利用状況,学術書籍の出版にかかるコストとOA化による売り上げへの影響,政策動向,およびさまざまなOA化の手法とビジネスモデルを紹介する。また,日本の現状を踏まえ,書籍OA化の課題と今後の展望について考察する。特に人文学・社会科学分野の研究成果の流通において重要な役割を果たす学術書籍のOA化が進むことで,日本語の優れた研究成果の世界的な流通促進が期待される。
学術書の出版について考える。学術とは何か,学術出版とは何か。学術的成果を発表することについて考えた上で,学術論文と学会による学術誌の査読の問題を考える。査読によって学術的成果は安定的に公開されるが,査読が枠組みを超えた創造的な学術研究の障害になることがある。科学技術・学術審議会 学術分科会による『人文学及び社会科学の振興について(報告)』を土台にして,出版されないことをこえて,学術出版がどのように構成されるかについて議論する。学術出版による提案としての出版が学術的な生産を後押しすることを述べる。それが,学術書の社会的な意義と考える。
あらゆる分野において,豊富なデータにより新たな研究発見がもたらされる可能性が高まるなか,学内のデジタル研究環境を整備し,大学の研究競争力に繋げようという大学が出てきている。デジタル研究環境の整備は,単なる研究設備の整備に留まらず,人的支援や,体制・制度整備も含む。学内の研究支援サービスを,外部資金等による研究プロジェクト経費で受益者負担してもらい,サービス維持のための予算を確保することも行われている。全ての大学がこのような施策を展開しているわけではないが,こうした恵まれた環境の研究者と,日本の研究者が競争しなくてはいけないという事実は認識する必要がある。
※ 本稿(1)は,表題の動きの背景,各大学の戦略的取組み,大学のデジタル研究環境の整備の大部分を取りまとめている。大学のデジタル研究環境の整備のための体制構築や財源確保については,後編(2)を参照されたい。
千葉大学アカデミック・リンク・センター/附属図書館は,教職協働プロジェクトにより,大学院生を対象に作成した学習教材および研究データ管理・公開に役立つ情報を集約した「研究データ管理・公開支援ポータル」を構築した。その特徴は,1)対象者を「RDMに関心を持ち始めた大学院生や若手研究者」に焦点化した点,2)教材や情報を研究行為に沿って整理・掲載した点,3)対象者を意識し記述を平易にした点,4)コンテンツを発見しやすくするためブログに似たウェブサイト形式で情報を提供している点,以上4点である。今後は現在実施中の研究者インタビューの結果を踏まえた改善と,RDM正課教育と連係した教育普及活動を実施する。