2025年7月号では「知的財産とビジネス戦略:特許情報の分析から」と題し,近年の企業経営において,その役割が極めて重要性を増している知的財産,特に公知の特許情報を巡る多角的な分析と戦略論に焦点を当てました。企業が保有する知的財産として,外部にも公開されている特許情報を分析することで,強み・弱みを考察し,ビジネス戦略へと結びつけることは今日,多くの企業の現場において実践されております。本特集の主査は図書館員であり,その立場からは普段直接触れる機会の少ない分野ではありましたが,各論考に触れる中で奥深さと実践的な価値に強い感銘を受けました。企業活動における知的財産の価値,そしてこれを高度な情報分析によって支える専門家の役割について,読者の皆様にも共有できればと考えております。
特許庁企画調査課の平野 貴也氏には,総論として,続く各論においても用いられる分析手法である「IPランドスケープ」を中心にした経営戦略と知財情報の連携についてご執筆いただきました。IPランドスケープとは「経営戦略又は事業戦略の立案に際し,(1)経営・事業情報に知財情報を取り込んだ分析を実施し,(2)その結果(現状の俯瞰・将来展望等)を経営者・事業責任者と共有すること」と定義されています。これは,単に情報を収集するだけではなく,それを可視化し,組織でどのように活用するかを見定めるためのアプローチです。特許庁で作成された「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」の内容を中心に,IPランドスケープの実施手法とその目的について概説する内容となっております。
NTTコミュニケーションズ株式会社の松岡 和氏には,競合企業の特許ポートフォリオ分析(企業等が保有する特許を戦略的に管理・活用するための特許群の分析)についてご執筆いただきました。本稿では,同社で実践している特許ポートフォリオの分析を通じて,自社の強み・弱みや市場における優位性を把握するIPランドスケープの具体的手法について解説されております。多様な活用事例(新規事業創出,M&A,特許出願戦略など)を示しながら,知的財産部門が経営戦略の中核を担い,企業の持続的成長と企業価値向上に貢献する道が提示されております。組織が持つ「情報資産」をいかに戦略的に活用するかという視点は,あらゆる情報専門職にとって示唆に富む内容です。
株式会社知財ランドスケープの田中 圭氏には,M&Aの際に実施されるデューデリジェンス(買収対象となる会社のリスク分析と評価)についてご執筆いただきました。知財デューデリジェンスの際,IPランドスケープを補完的に活用すること,特に,M&A候補企業の選定・絞り込みといった準備段階や,買収後の企業内での知財活用において,IPランドスケープが定量的な分析の精度を向上させる点についてご解説いただいております。M&Aという大きな企業活動の中で,情報分析がいかに重要な役割を果たすのか,その一端を垣間見ることができるかと存じます。
東京工科大学の吉田 秀昭氏には,これまでの各論から少し切り口を変えて,知財戦略と事業戦略について論じていただきました。本稿は知財戦略・事業戦略という広いテーマに対する歴史的な検証,そして今日これらの概念が変容していることに触れ,経営戦略という概念を今一度捉えなおすという内容となっています。日々変化する社会において,戦略の前提となる「情報」そのものの捉え方を見直すことの重要性について,深い洞察を与えてくれます。
なお,本特集は企業の競争戦略の中核となる,専門的かつ実践的な内容を取り扱っております。第一線でご活躍される先生方に多忙な合間を縫ってご執筆いただくことは,弊誌にとって大変光栄なことであると同時に,その実現には多大な尽力を要しました。本テーマの執筆にご快諾いただき,貴重な論考を寄せていただいた執筆者の皆様には,この場を借りて,改めて深く御礼申し上げます。
情報技術が日進月歩で発達していく現代において,図書館員であれ検索実務家であれ,あるいは企業内サーチャーであれ,私たちにはただ情報を検索・発見するだけでなく,発見した情報を分析しどのように活用していくかという,プロフェッショナルとしてより高度な視座が求められていることを強く感じるところです。本特集で論じられる特許情報分析の世界は,そのための多くのヒントと実践知に満ちています。
本特集が,読者の皆様の今後の活動に資するものとなり,新たな知の探求へと踏み出す一助となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:野村周平(主査),尾城友視,田嶋尚晴)
日本企業がイノベーションを促進し,競争力を高めるためには,知財・無形資産を戦略的に活用する経営手法である知財経営を実践する必要がある。2021年のコーポレートガバナンス・コード改訂によって,知財投資の開示・監督が求められ,知財経営の重要性が増している。また,ビジネス環境が大きく変化する中で,経営判断を迅速かつ的確に行うためには,客観的な情報の活用が重要であり,知財情報等を活用して行うIPランドスケープは,経営判断に資する取組の一つとして位置付けられる。本稿では,「経営戦略に資するIPランドスケープ実践ガイドブック」を中心に,IPランドスケープの活用目的や実践手法について紹介する。
競合企業を含む特許ポートフォリオを分析すれば,競合および自社の強みと弱みを把握し,自社の市場における優位性等を定量的かつ客観的に把握することができる。このような手法はIPランドスケープと呼ばれ,新規事業創出,出資・M&A,営業,特許出願戦略の立案,コーポレートガバナンス・コードに基づく知的財産情報の開示等で活用されている。IPランドスケープを経営戦略や事業戦略の立案に活用し,戦略の検討結果を経営者・事業責任者と共有することで,知的財産部も経営戦略執行の一翼を担う部門となることを目指している。IPランドスケープを活用した戦略の立案とその実行は,企業の持続的な成長と企業価値の向上に資するものである。
本稿では,M&Aにおける知財デューデリジェンス(知財DD)の課題について,IPランドスケープ(以下,IPL)の補完的な活用方法を紹介する。IPLは,狭義には特許情報や市場情報等をもとに技術動向や市場環境を俯瞰する手法であり,特に知財DDを実施するにあたっての候補選定や絞り込みといった準備段階および選定後の企業内での知財を活用する段階において分析効率や分析精度を向上させる点において有用である。
企業経営において知的財産は必須であり,知的財産に関する戦略について盛んに議論されている。本研究では,経営と知的財産の戦略に関して歴史的に検証する。この分野における「戦略」の概念は時代とともに進化・変化し続けている。近い将来には「知財戦略」という言葉さえ色褪せることになるかもしれない。本研究では,人材や知的財産を含む広義の知的資本が,組織の将来において重要な役割を果たすことに注目する。リーダーシップ,従業員のチームワークや調和といった人的要因の価値が,知的経営において再評価されている。
あらゆる分野において,豊富なデータにより新たな研究発見がもたらされる可能性が高まるなか,学内のデジタル研究環境を整備し,大学の研究競争力に繋げようという大学が出てきている。デジタル研究環境の整備は,単なる研究設備の整備に留まらず,専門人材による人的支援の全学展開にも及ぶようになってきている。このような高度デジタル研究環境の構築には,研究者や研究支援者が活動するだけでは不十分で,研究データに関わる新たな体制・制度整備や財源確保などに向けて,組織力をもって対応が図られる必要がある。本稿(2)は,こうした組織整備の動きを紹介する。
本稿では,研究データ管理(RDM)が大学における研究活動をいかに促進し得るかを,大阪大学大学院 理学研究科 分析機器測定室の事例を通じて,部局的観点からの実践と課題を考察する。同施設は,NMRや電子顕微鏡などの高度分析機器をスタンドアロン環境で運用し,研究データのセキュリティを確保している。一方で,データ共有や管理の効率性に課題があり,独自のデータ集約・配信システムや小型PCを活用した手法により,安全性と利便性の両立を図っている。さらに,分散配置された機器群に対応する支援体制や自動化されたデータ配信システムは,研究成果の迅速な活用を可能にしている。
人文社会科学系研究においても,特定の人物の影響力を吟味するために,計量書誌学的手法を用いた研究が近年広まりつつある。本稿は,世界的な教育哲学者として知られるガート・ビースタ(Gert Biesta)のインパクトを,計量書誌学の手法を用いて解明した。調査においては,エルゼビア社の提供する文献データベースであるScopusを使用した。結果,ビースタの著作が教師教育学,とくに教師の職業的アイデンティティ研究において積極的に参照されていること,行為主体性(agency)概念に関連する著作が数多く引用されていることが判明した。併せて,この潮流が2015年以降形成されていることが判明した。