当月の特集は,「震災アーカイブの持続的な継承」です。
地震,津波,原子力災害──日本は幾度となく大規模災害に直面してきました。災害多発国である日本にとって,災害の記憶と教訓をいかに残し,次世代へ伝えていくかは,避けて通れない課題です。震災アーカイブは,被災の実態や復興の過程を記録・保存するだけでなく,防災・減災教育,研究,政策形成など,多様な領域に資する社会的基盤として位置づけられてきました。
とりわけ東日本大震災以降は,「震災デジタルアーカイブの元年」とも言われるほど数多くの震災デジタルアーカイブが構築されました。しかしその多くは,緊急的・時限的な事業として立ち上げられたため,人的・財政的制約,技術基盤の陳腐化,運営主体の不安定さといった課題が顕在化し,近年では閉鎖を余儀なくされる事例も見られるようになりました。
本特集では,「震災アーカイブの持続的な継承」を主題に,制度設計,運営体制,技術的基盤,さらには記憶の継承をめぐる方法論にも焦点を当てます。アーカイブを「構築する」段階から,「引き継ぎ,生かし続ける」段階へと視点を移す必要性を,読者に感じ取っていただければと考えています。
まず総論として,筑波大学図書館情報メディア系の白井哲哉氏に,震災・災害アーカイブにおける資料と展示の国際比較を通して,日本を含む東アジアのアーカイブの特徴を明らかにしていただきました。他国の事例を踏まえつつ,日本の災害アーカイブが抱える課題を考察した貴重な論考です。続いて,東北大学災害科学国際研究所の柴山明寛氏に,震災アーカイブ継承の課題を多角的に論じていただきました。震災アーカイブの消失には複数の要因が複雑に絡み合っていることを示し,組織・人的資源,運営費,利活用など六つの論点から整理・考察されています。著者自身の経験に裏打ちされた議論は,現場でアーカイブ運用に携わる実務者にとっても示唆に富むものです。
各論として三本を収録しました。国立国会図書館電子情報部電子流通課の廣田和也氏,前田紘志氏,岡本史也氏に,国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(ひなぎく)の持続的運用に向けた取り組みをご紹介いただきました。資料収集方針の見直しや,情報システム面でのコスト削減といった試行錯誤を通じて,運用上の力点の置き方を改めて考えさせられる論考となっています。続いて,神戸大学附属図書館の守本瞬氏に神戸大学附属図書館震災文庫の歩みと,現在直面している課題についてご執筆いただきました。震災関連資料整理の難しさや,情報環境の変化への対応など,三十年に及ぶ活動の蓄積があるからこそ語られる内容です。そして,令和六年能登半島地震のデジタルアーカイブの構築・運営について,石川県総務部知事室戦略広報課の中塚健也氏にご執筆いただきました。発災から半年後には業務委託事業が公示されるなど,極めて迅速に進められたアーカイブ構築の一方で,住民生活の再建を最優先としながら記録を残す活動を継続していくことは,選択を迫られる非常に難しい課題であることを再度認識させられる論考です。
最後に,「語り」に着目した記憶継承の手法について,熊本大学大学院自然科学教育部/国際先端医学研究機構の坂井華海氏にコラムをご寄稿いただきました。「語り」による生きた知識を残すことの意義や,時間の経過が語りにもたらす意味が論じられており,何をどのように残すべきかをあらためて考えさせられる内容となっています。
災害の記憶は,時間の経過とともに風化していきます。同様に,アーカイブもまた,放置すれば自動的に残り続けるものではありません。本特集が,震災アーカイブが継続的に活用されるための条件を問い直し,持続可能な継承のあり方を考える一助となれば幸いです。
(会誌編集担当委員:尾鷲瑞穂(主査),尾城友視,田嶋尚晴,野村周平,吉村雄太)
発災から10年以上経過した日本の災害アーカイブの施設や災害ミュージアムは,今後も活動を継続する方策について問題を抱えている。そこで,日本,中国,台湾,インドネシア,トルコ,ウクライナの計一〇施設について,資料と展示に関する実態を比較検討した。その結果,日本を含む東アジアにおける災害アーカイブの施設は,特定の宗教の考え方に基づく背景を持たなかった。一方,過去・現在・未来の被災地コミュニティ成員を主役として,“被災から復興へ”の「歴史」を語ること,そこで災害資料が重要な意義を有することの,二つの特徴が明らかになった。
2011年東日本大震災の発生以降,「震災デジタルアーカイブの元年」と言われるほど,数多くの震災デジタルアーカイブが構築された。しかしながら,15年が経過した現在,震災デジタルアーカイブの閉鎖が続いている状況である。震災アーカイブの継承の課題は,確定的なひとつの課題というわけではなく,複数の要因が絡み合っている。それは,組織的・人的資源の課題や運営費の課題,利活用の課題,デジタルの課題,連携の課題,制度の課題があると考えている。本稿では,震災デジタルアーカイブの誕生から閉鎖の概要,そして,6つの課題について考察する。
国立国会図書館東日本大震災アーカイブ(愛称:ひなぎく)は国立国会図書館のほか,国内外の様々な機関が収集・保存している震災関連の資料を一元的に検索できるポータルサイトである。平成25年3月の提供開始以来,国立国会図書館では「ひなぎく」が,長期にわたり運用できるよう取組を進めてきた。収集・保存するコンテンツの範囲については,震災からの時間の経過も踏まえて,見直してきた。また情報システムについては,当館の類似システムとの統合を進めることで,運用コストの低減を実現してきている。本稿では,これらの取組の経過を振り返る。
神戸大学附属図書館は,1995年1月17日発生した阪神・淡路大震災の被災地の中にある大学図書館の責務として「震災文庫」を発足させた。同年10月の一般公開以降,震災資料の収集・保存・公開を目的とした活動を続けてきている。本稿では,この30年間の沿革について概説し,30年続けてこられた要因について考察する。また,震災資料特有の特徴から,利活用されるための課題が見えてきている。さらに,収集開始から30年を経過した現在,社会情勢の変化によって個人情報の保護や肖像権など,公開当時はあまり重視されていなかった事柄が資料の公開に影響を与えてきている。これら震災文庫の現在の課題等について紹介する。
令和6年能登半島地震および令和6年奥能登豪雨は,過疎・高齢化が進む能登半島地域に甚大な被害をもたらした複合災害である。石川県は,本災害の記録と教訓を後世に継承し,幅広く災害対策・対応に活かしていただくために,災害デジタルアーカイブを構築した。本デジタルアーカイブでは,本災害の被害状況や対応の過程で得た教訓・ノウハウ等,能登の「創造的復興」の過程を震災関連資料として収集・保存・公開している。本稿では,災害アーカイブの構想から構築に至るまでの過程やアーカイブシステムの概要,利活用事例までを紹介し,災害記録の共有と創造的復興への貢献を目指す取り組みの意義を紹介する。
近年,国内外において研究データ管理教育を推進するための教材開発が進んでいる。各機関が研究データ管理体制を構築し,教職員,研究者,学生の研究データ管理スキルの習得を支援する上で,多様な形態で開発・提供されている既存の教材は,再利用という形で有益なリソースとなると考えられる。本稿では,オープンサイエンス・研究データ管理教育のために開発された教材の動向をふまえ,これらの教材がプラットフォームもしくはOpen Educational Resources(OER)としてどのように提供されているのか紹介する。また,国立情報学研究所で開発している教材の開発・共有・再利用のための仕組み,そして,現在開発している個別最適化機能について言及する。
世界の言語に識別子を与えている重要な国際規格ISO 639が2023年末に大改訂を受け,これまで分立していた4つの下位コード規格を統合した新たな体系に生まれ変わった。本稿では,制定からまもなく60年を迎えるISO 639の沿革と発展を振り返りながら,新ISO 639における理念,構造,変更点について述べ,これを中核とする言語コード技術全般(IETF言語タグなどを含む)の現在地,展望,そして活用のための基礎知識を解説する。また,これらに付随して,日本ないし日本語分野における言語コード規格の利活用の現状と課題についても触れる。