造血細胞移植医療の根幹を成すヒト造血幹細胞(HSC)は,長くCD34抗原陽性(CD34+)分画にのみ存在すると考えられてきた.この状況下で,我々は,ヒト臍帯血中にCD34抗原陰性(CD34–)HSCが存在することを明らかにし,その特性解明に挑戦してきた.しかし,ヒト臍帯血CD34–分画におけるHSCの存在頻度は極めて低く,その幹細胞特性を詳細に解析する為には,このHSCを高度に純化する必要があった.著者らは,一連の研究の中でヒトCD34– HSCの陽性分子マーカーCD133及びGPI-80抗原を同定し,利用することで,世界最高水準のヒトCD34– HSC純化に成功した.これにより,僅か1個のヒトCD34– HSCを用いた異種間移植によるヒト造血再構築活性及び自己複製活性の検出に成功し,ヒトCD34+ HSCと同等の造血活性を有するヒトCD34– HSCの存在を証明するに至った.注目すべきは,ヒトCD34– HSCは活発に増殖し,骨髄を再構築する中でCD34–及びCD34+ HSCの両方を産生したのに対し,CD34+ HSCはCD34– HSCを産生できなかった点である.これは,ヒトCD34– HSCがCD34+ HSCよりも階層制上上位に位置する未分化幹細胞である可能性を強く示唆する.以上より,著者らは,ヒト臍帯血CD34– HSCを頂点とする新規ヒトHSC階層制モデルを提唱するに至った.
ヒト上皮成長因子受容体は,ErbB1-4の4つのメンバーからなるファミリーを形成している.ニューレグリン-1 (NRG1)/ErbBシグナルは,脳の発達を調節し,シナプスの可塑性や神経細胞の生存に関わる.このシグナルの異常は,アルツハイマー病,パーキンソン病および筋萎縮性側索硬化症などの神経変性疾患に関与している事が知られている.そこで,今回我々はNRG1およびErbBファミリーの発現を進行性核上性麻痺(PSP)において初めて検討した.C末端ErbB4の染色性は,対照患者の神経細胞の細胞質および核に存在していたが,PSP患者の神経細胞の核にはほとんど観察されなかった.一方でPSP患者の神経及びグリア細胞質内封入体である神経原線維変化,tuft-shaped astrocytes, coiled bodies, threadsにC末端ErbB4の染色性を認めた.この結果は,NRG1/ErbB4シグナル伝達の異常がPSPの病態に関与している可能性を示唆している.