ヴィルヘルム・バックハウス(Wilhelm Backhaus, 1884―1969)は生涯にわたって精力的に演奏活動を行ったが、彼の複数の録音に演奏時に即興で付けられた前奏演奏が遺されている。本稿では、彼の遺した16例の前奏演奏実践例を分析することで、それらが演奏会においてどのような役割を担っているかを分析した。
実践例の多くが公開演奏におけるものであり、多くはアンコールの各曲目の前に挿入された。彼の前奏演奏は1小節から5小節程度と短く、フレーズを伴う小品的なタイプとアルペジオを重ねるタイプに大別でき、指慣らしのための練習曲のタイプのものは一つも含まれない。カデンツを伴うものは少なく、前奏演奏の最終部分の多くは属和音で締め括られ、前曲と関連するものは少なく、後続曲と関連したモチーフを用いた前奏が約1/3を占める。
彼の前奏演奏は演奏会を有機的に構成するツールであったと考えられる。またアンコール時の前奏演奏は「次に何が演奏されるか」という「謎かけ」の時間となったことだろう。彼の演奏する前奏演奏は、琴線に触れるような繊細さや息をのむような美しさを湛えた「作品」としての魅力ももつ。
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