経営哲学
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18 巻, 2 号
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投稿論文
  • 劉 慶紅
    2022 年 18 巻 2 号 p. 2-18
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    現在の中国は持続的な経済成長、環境保護、社会的安定の3つのバランスを維持する為の取り組みとして、純粋な経済成長のみに目を向けるのではなく社会的問題の解決にも優先順位を置くことに基づいた政治的イデオロギーを編み出した。中国社会では、国家構築の過程で経済成長を重視してきたが、それによって生じた社会的問題に対処する必要性が自明となったことで重要な転機を迎えている。中国に進出している日系企業は、中国市場における競争を優位に進めるために、このような政策への理解は欠かせない。また、中国社会の上記のようなイデオロギー的転換によって引き起こされた激変は日系企業にとってリスクが高い事象であることは疑いないが、同時に中国市場において日本企業がさらに成長し、より良い企業イメージを築く機会を提供しているともいえる。

    そこで本稿では、このような状況下において、中国市場に進出する日系企業の戦略的課題が経済的な競争力の確保のみならず、環境保護や社会の安定的発展に向けた社会貢献であることを提示する。そのために、中国市場に展開する日系企業の社会貢献活動の実態を把握し、欧米企業の社会貢献活動と比較した上で、日系企業の社会貢献に関する問題点と今後の課題を明らかにする。これまで「非市場戦略」を推進するという観点からの中国市場における日系企業の研究では、社会貢献と中国の「和諧社会」の実現を結びつけた比較分析は殆ど行われておらず、この実証研究は数少ない考察の1つである。

  • 田中 雅子
    2022 年 18 巻 2 号 p. 19-36
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    経営理念と経営者の関係は論じられて久しい。その大半は経営者が哲学を持ち、それを表明することの意義や、浸透に果たす役割について考察されている。反面、経営者が理念を自分のものにするプロセスを検討したものは皆無に近く、数少ない研究も回顧的である。この問題意識を背景に、経営者として「プロセス真っただ中」にいるオーナー企業の後継者である三代目を対象に、彼の現在進行形で進んでいる理念を理解するプロセスを検討したいと考えた。

    理論的基礎に据えたのは、Lave and Wenger(1991)の「正統的周辺参加」である。この理論は5つの伝統的徒弟制にヒントを得た学習理論であり、周辺から十全へと移行する際にアイデンティティの増大が不可欠であるとされている。そこでその形成がより詳細に説明されている「断酒中のアルコール依存症者の徒弟制」の事例に重きをおいた。そしてこれらに基づき分析を行うことで、三代目の理念の理解を明らかにすると同時に、当該理論に新解釈を提供することを目的とした。

    結果、理論枠と同様に、組織における人・人工物といった「構造化された実践共同体」の存在や「アイデンティティ」が、三代目の理念の理解にとり重要であることが明らかになったが、追加点も導出できた。それはアイデンティティを増幅させるものは、行動以上に状況であることや、仕事や業務につく以前から周辺参加は始まっているという点であり、これらは本稿の新解釈でもある。

    また、理念浸透のレベルが異なる発言が出たことは、大変興味深い発見事実であった。本稿はそれを、経営者としての意識の高さと経験の間に乖離があるためと捉え、三代目の理念の理解は道半ばであると結論づけた。今後も継続して調査を実施し、レベルの差異が何に起因し、どのようなプロセスを経て十全の域に達するのかを明らかにすることが求められる。

  • 川名 喜之
    2022 年 18 巻 2 号 p. 37-53
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    本論文の目的は、近年金融機関で発生した組織不祥事を事例として、各社を取り巻く外部環境、その外部環境を受けた組織的対応、そして組織から求められる個人行動の連関性に着目することで、不祥事発生のメカニズムを明らかにしていくことにある。

    組織不祥事に関する先行研究は、組織不祥事の発生を未然に防止する組織の構築を目指してきた。しかしながら、組織不祥事の発生要因を、外部環境、組織構造、および個人の利害追求に還元する形では、いかにして組織不祥事が生じるのかを十分に説明できないという理論的課題を有してきた。そこで本論文では、先行研究の検討を通じてステークホルダーや当該企業を取り巻く規制などの外部環境をマクロとし、組織(メゾ)、従業員(ミクロ)の連関関係を組織不祥事の発生メカニズムとして捉える新たな分析枠組みを提示し、スルガ銀行、商工中金で発生した組織不祥事を対象として事例分析を行った。

    事例分析で明らかになるのは、マクロである外部環境からの要求に応答する形で整備され、ステークホルダーから正当性を獲得した組織において、その組織を維持・拡大するために従業員が暴走することで、組織不祥事が生じるという発見事実である。組織不祥事は、組織自体に欠陥や個人に問題があるのではなく、法規制やステークホルダーに埋め込まれた組織が、存立基盤と与えられた役割との矛盾を解消するために、不正自体を正当な行為として認識させていくメゾーミクロでの影の正当化が生じるからであると考える。

    影の正当化による悪循環のメカニズムが、組織内の不祥事防止策やガバナンスを無効化し、組織不祥事を生み出すことを明らかにしたことが、本論文の理論的貢献である。悪循環を生み出すマクロ・メゾ・ミクロの関係に注目し、組織不祥事の発生メカニズムを明らかにしつつ、いかに介入していく仕組みを作るのかが、今後の経営倫理研究に残された課題である。

  • 脇 拓也
    2022 年 18 巻 2 号 p. 54-68
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    企業に対する社会的責任の観点からの要求が高まる中で、企業にとって収益性と社会性(社会的責任を果たし、社会課題の解決の担い手となる)という一見すると対立する課題を両立させようとするためには、単に社会性に関する課題を自社の経営戦略・経営目標などに計上するだけではなく「企業の現状の状態と克服すべき課題を把握すること」および「企業が保有している能力や価値を活用して競争力を発揮するための力、つまりケイパビリティに着目し、大胆に組み替えていくといったこと」といったプロセスが必要と考えられる。

    そのために、本論文では、ポパー(K. Popper)の推測と反駁のプロセスと、ティース(D. Teece)によるダイナミック・ケイパビリティ戦略のフレームワークを利用して、収益性と社会性という対立する課題の解決、すなわち企業にとって社会性を重視しながら、同時に企業の能力を最大限発揮し収益性を獲得する方法について考察する。

特集 サステナビリティと経営哲学
  • 小松 章
    2022 年 18 巻 2 号 p. 69-74
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    日本企業では今なおコーポレート・ガバナンス改革の必要性が叫ばれている。しかし、労使の生産共同体的な企業観に立脚する日本企業に、株主利益を第一義とする米英の営利的な企業観に立脚したガバナンス機構を導入した結果、従業員の地位は著しく毀損された。日本企業は、米欧のモデルに倣う建前だけの形式的な機構改革をやめ、本音の生産共同体的な企業観に回帰して、これからのグローバル競争に立ち向かうべきである。

  • 大月 博司
    2022 年 18 巻 2 号 p. 75-89
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    サステナビリティは、地球環境への負荷が高まり、人間が快適に住めなくなる恐れから使われるようになった用語である。そして、その対策として今や各国の政策や立法の場で広く議論を呼んでいる。しかし、その用語の捉え方は一様でなく、具体的な策として皆が納得する策を見いだすには至ってない。こうした中で、企業にとっては持続可能な地球環境の保護問題より、持続可能な企業行動のあり方の方が喫緊の課題といえる。なぜなら、企業活動が国の経済を支え、グローバル経済の支えである一方、多くの人が企業活動との相互作用によって生計を立てているからである。そこで、企業サステナビリティを考えてみると、目的達成の手段たるテクノロジーの活用・開発次第で、企業の持続的活動が操作可能であり、影響を受けることが判明する。しかも、環境変化とともにテクノロジーも進化し、それを生かすも殺すも経営陣次第であることが想定できる。そこで、どのような経営なら持続可能な企業行動につながるかを論究すると、そこには環境変化に動じない経営哲学を保持する経営者像が浮かび上がる。そして、テクノロジーが進化して複雑化すると、その使い方は多様になる。しかし、経営者の行動基準である経営哲学が企業に浸透していれば、テクノロジーの活用方法が多様化しても逸脱する可能性は低く、サステナブルな経営を実現できる。

  • 出見世 信之
    2022 年 18 巻 2 号 p. 90-99
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    本稿は、コーポレート・ガバナンス改革とサステナビリティをめぐる動きが日本企業にどのような影響を与えているかについて考察するものである。特に、実際の改革や取り組みにおける「コーポレート・ガバナンス」「サステナビリティ」の意味する内容の変化が企業の実践にどのように影響しているかを確認する。まず、経済学、経営学における企業観の変遷を概観し、コーポレート・ガバナンス改革の変遷やサステナビリティ概念の変容について確認する。経営理念が明確に示されているリコー、キヤノン、資生堂、花王の4社を取り上げ、それぞれのコーポレート・ガバナンス改革、企業サステナビリティへの取り組みについて確認した。

  • 中條 秀治
    2022 年 18 巻 2 号 p. 100-114
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    21世紀の経営哲学は、「サスティナビリティ」を中核の思想とする「新しい資本主義」への歩みを進めるものでなければならない。そのためには新自由主義経済思想と「株主価値神話」が結びついた現行の「ダナマイト魚法」的経済システムからの脱却を目指さねばならない。

    「株主価値神話」は「死ななければならない」。「この神話を終わらせる」ために、われわれは何をしなければならないのか。イスラエルの歴史学者ハラリ(Harari,2014)は『サピエンス全史』の中で、人類の強みは巨大な規模で協力関係を作り出す能力にあるが、それを可能とするのは「虚構の物語(fictional story)」であると指摘している。さらに、人々が信じる「物語」が別の物語に取って代わることで、人々の物事の捉え方と行動が変わり、社会は変化すると主張している。

    われわれがこれまで教え込まれてきた「株主価値神話」から脱却しようとするなら、われわれは新たな「物語」を必要とする。再生させなければならない「物語」は中世キリスト教を起源とする「コルプス・ミスティクム(corpus mysticum:神秘体)」の「物語」である。

    株式会社は法人であり、株主という自然人とは次元を異にするフィクションとしての「擬制的人格」である。「株主価値神話」にはカンパニー(company)の会社観とコーポレーション(corporation)の会社観の混同がある。コーポレーションの会社観に基づく法人の論理を突き詰めることで、”生きている法人”は「誰のものでもない」という立場に立つことが可能となる。21世紀の経営哲学は、株式会社がその存在の根拠としたコルプス・ミスティクム(神秘体)という「虚構の物語」に一旦立ち返ることで、「株主価値神話」からの脱却の糸口を見つけ、「社会制度体」としての法人という観点から社会貢献活動を企業の経営実践に組み込むことが可能となる。

  • 涌田 幸宏
    2022 年 18 巻 2 号 p. 115-127
    発行日: 2022/01/31
    公開日: 2022/04/08
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    サステナビリティを主導する企業家、ないしサステナブルな企業家とは、社会的価値、環境的・生態系的価値、経済的価値を同時に追求する企業家である。2015年、国連でSDGsが採択されて以来、サステナブルな企業家活動に関する論文が多数発表されているが、その研究は端緒についたばかりである。本論文は、サステナブルな企業家活動に関する研究をレビューし、今後の研究に向けた指針を探ることを目的とする。具体的には、特に事業創造プロセスの観点から制度的多元性におけるビジネスモデルの構築について議論する。サステナブルな企業が追求するトリプルボトムラインの価値は、しばしば矛盾し対立する。そのため、企業家は制度的多元性のコンフリクトに直面することになる。本論文では、サステナブルな企業家は、どのようにロジック間の競合を解消し、ビジネスモデルの構築と刷新を行っていくのかについて考察する。そして、異質な価値への段階的・逐次的な対応とビジネスモデルの変化を説明し、資源としてのビジネスモデル、価値主導的なビジネスモデルの組み替えという視点を提示する。最後に、今後のサステナブルな企業家活動研究の課題を示唆する。

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