科学技術社会論研究
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15 巻
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緒言
短報
  • 後藤 邦夫
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 13-26
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     科学技術社会論を科学技術と社会の内在的な関係を扱い,社会科学の方法によって科学技術を批判するメタ的学問と規定する.その上で,古典的な社会理論の枠組み:資本,国家,市民社会=公共圏,共同体を軸として考察する.それらの変化が科学技術をめぐる活動に及ぼしてきた状況を,「総力戦体制」から「ポスト冷戦期」にかけて追跡する.特に,新しい学問である科学技術社会論が受けた変化を述べ,科学技術が国家と資本を軸に扱われ,公共圏と共同体と関連する考察が,特に日本において忘却されてきたことを指摘する.最後に,当面の課題として,社会の構成の基盤であるコミュニケーション・メデイアの疎外態としてのICT-AIの批判的考察の重要性を指摘する.

  • 戦後科学論からポスト3・11 へ
    塚原 東吾
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 27-39
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     日本のSTSは,公害問題についての宇井純や原田正純,もしくは反原発運動の高木仁三郎らの系譜を受け継ぐという想定があるが,これはある種の思い込みに終わっているのかもしれない.実際,日本のSTS は今や体制や制度への批判ではなく,科学技術と社会の界面をスムースに接合させる機能を自ら担っている.そのため本稿では,日本のSTSで“科学批判”と呼ばれる潮流の衰退が進んでいる現状について,まずはおおまかな図式を示してみる.

     またこの変容を考えるため金森修の所論を,戦後日本の科学批判の歴史にそって検討する.さらに日本でSTSの出現に至った2 つの重要な潮流,すなわち一つ目は廣重徹に濫觴を持ち中山茂が本格展開した思潮(この流れは80 年代に吉岡斉を生み出す)と同時に,村上陽一郎のパラダイムがある種の転換(「村上ターン」)を迎えたことが,戦後科学論の分岐点として,STSを制度化の背景になっていたことを論じる.

  • 吉岡 斉
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 40-46
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー
  • 「科学技術社会論」における「政治」理解の狭さについて
    木原 英逸
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 47-65
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     科学技術論STSにとって,科学/技術の民主(政治)的統治は中心的な問いであり続けてきた.しかし,この問いをどう理解し実践するかの点で,1990 年代に立ち上がった日本のSTS「科学技術社会論」は,それまでの「科学論/技術論」との違いを強調して断絶へ向かう志向が強い.まず,「社会問題/社会運動の社会構築主義」の影響で,権力理解が「フレーミング」のような観念に偏った結果,財や力が大きく働く現実が見えにくくなった.また,マクロな社会構造に説明を求めない結果,誰もがその下に置かれている構造をともに変えるために連帯する政治が見失われている.見失ったに止まらず,代わって,ネットワーク社会の民主的自己統治である「ガバナンス」政治を,そしてそのなかで科学技術の「ガバナンス」を目指した結果,連帯する政治を切り崩してさえいる.ガバナンスの技法として考案された,影響を受ける者たちのデモクラシーである「討議民主政」に順い,すべてのステイク・ホルダー,すなわち影響を受ける者の声に応える責任として,「技術者倫理」や「科学者の社会的責任」を唱えてきたからである.「科学技術社会論」に見られる,こうした政治や民主政や倫理についての理解の偏り,狭さを指摘する.

  • 美馬 達哉
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 66-77
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     ベックやギデンズのような社会理論家が提唱したリスク社会論は,1980 年代以降の現代社会を科学技術の巨大化によるグローバルなリスクの出現として特徴付けた.そして,リスク社会を統治するために専門家支配でも民主的多数決でもない専門家と市民社会との公共的な関わり方を可能とする仕組みを構想し,その点で科学技術社会論にも大きな影響を与えた.本稿では,フーコーの言うバイオポリティクス論を援用して,このタイプのリスク社会論を批判的に検討し,現代社会における個人化されたリスクのマネジメントが「方針・説明責任・監査」の三角形による自己統治であることを示した.こうした状況は,リスクそれ自身の変容の結果ではなく,よりよい未来を夢見るユートピア的な構想力の衰退の帰結と考えられる.

  • 科学技術社会論はいかに対応するか
    桑原 雅子
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 78-91
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     20世紀なかばを端緒として,1990年代の「デジタル革命」以降に急展開し,現在も進行中の科学の変貌と,それに伴って台頭しつつある新科学主義を扱う.この状況に,広義の科学論(科学史・科学社会学・科学哲学+科学技術社会論)は,いかに対応し得たか.科学論自体を批判的に問い直すべきときである.

     今世紀になり,コンピュータ容量の急速な増大とともに,計算科学,データサイエンス,ベイズ統計学の伸長が著しい.これらの数理科学を駆使する学術研究を「21世紀型科学」と名付ける.21世紀型科学の特徴と新科学主義の台頭を論じたうえで,日本のSTSが取り組むべき諸課題を提起する.最後に,これらの課題を遂行するためには,21世紀型科学を対象とするインターナル・スタディーズが必要であることを主張する.

  • 科学技術社会論学会予稿集の量的分析から
    吉永 大祐
    原稿種別: 短報
    2018 年 15 巻 p. 92-106
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     東日本大震災の後,STS研究者たちの間で,STS研究の成果が果たして現実の社会において実効性を持ち得るか,そしてそれはいかにして獲得されるべきかを問う,自己省察の機運が高まっている.それに伴い,日本におけるSTS研究の展開を回顧することで,将来あるべき日本のSTS研究の姿を探求しようという動きがはじまっている.しかしながら,それらの多くは質的検討が中心であり,数量的分析を欠いている面がある.本稿は科学技術社会論学会の年次研究大会予稿集のテキストデータを量的に分析し,これまで質的研究で主張されてきた日本におけるSTS研究動向と比較した.その結果,STSのコミュニケーション化,科学コミュニケーションの教育啓蒙化など,これまでに指摘されてきた傾向が予稿データの分析からも見いだせることが確認され,STS省察に対して量的アプローチが寄与する可能性が示唆された.

原著論文
  • 無精子症事例に焦点をあてて
    竹家 一美
    原稿種別: 原著
    2018 年 15 巻 p. 109-121
    発行日: 2018/11/20
    公開日: 2019/12/02
    ジャーナル フリー

     本稿の目的は,無精子症と診断された当事者の「男性不妊」をめぐる身体経験を明らかにすることである.なかでも,顕微鏡下精巣内精子採取術といった侵襲的な手術をめぐる身体経験に焦点をあてていく.そのため本稿では,患者だけでなく彼らに影響を与える泌尿器科医にもインタビューを行い,診療の場での相互作用も分析の対象とした.5名の医師と6組(その内の2組は夫婦同席)の患者の語りを分析した結果,①手術の対象は夫の身体だが,医師は患者を夫婦単位でみていた,②無精子症をめぐる心理社会的な衝撃は,夫のみならず妻にも影響を及ぼしていた,③結果の如何にかかわらず,手術を否定的に語る人は皆無であったということが明らかになった.さらに,たとえわずかでも精子回収の可能性さえあれば,最先端の侵襲的技術でも希望する患者は少なくなく,無精子症事例では男性身体に対する侵襲性よりもその可能性の方が,より重要であることが示唆された.

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