環式有機化合物として最も基本的な構造をもち, その毒性についても広範に知見が積みあげられているベンゼンをとりあげて, 放射線の染色体に及ぼす影響との関連のもとに以下の実験と検討を行なった.
1) 染色体に対するペンゼン単独投与の影響を定量的に解析する(実験1). 2) ベンゼン投与と放射線照射の複合による染色体変化を, 添加ベンゼン濃度を変えて検討する(実験2). 3) 放射線により誘起された染色体切断の再結合(修復)が, ベンゼン投与により阻害されるか否かを分割照射法を用いて定量的に観察する(実験).
材料としては正常成人男子より採血した末梢血中の白血球を用い, 培養開始後第1回目の分裂中期にあるリンパ球を観察するために53時間の培養を行なった.
《実験1》 ベンゼンを4.0×10
-5M, 2.0×10
-4M, 1.0×10
-3M, 3.0×10
-3Mの各終末濃度で培養液に添加し, 末梢血白血球を培養した, その結果, chromosome-typeの異常は, ほとんど増加せず, とくにdicentric+ring (以下D+Rと略記) は, 観察されなかった. chromatid-typeの異常についてみると, breakは最高濃度の添加群(3mM)でわずかに有意な増加を示した. gapの頻度は2.0×10
-4Mまで若干の増加傾向を示し, 1.0×10
-3M群(0.157±0.031/c)と3.0×10
-3M群 (0.228±0.040/c) で有意な増加がみられた (対照 : 0.081±0.019/c).
《実験2》ベンゼンを4.0×10
-5M, 2.0×10
-4M, 1.0×10
-3Mの各濃度で培養液に添加し, 末梢血を加えたあと, 対照群も含めてすべてに100radsのγ線(
137Cs4,000Ci)を照射した. この照射直後に培養を開始し, 分裂中期における染色体を分析した結果, chromosome-typeではD+Rの頻度が添加ベンゼン濃度の上昇とともに増加し, 1.0×10
-3M群では有意な値(0.215±0.039/c)を示した(対照 : 0.100±0.022/c). 一方, breakおよびgapはベンゼン添加によりほとんど増加しなかった. chromatid breakの頻度は, ベンゼン濃度の上昇とともに増加傾向を示したが, 1.0×10
-3M群においても有意な増加とはならなかった. chromatid gapについては, 2.0×10
-4M群(0.123±0.029/c)と1.0×10
-3M群(0.153±0.033/c)でそれぞれ対照群(0.052±0.016/c)に比し有意な増加が観察された.
実験1, 2の結果から, ベンゼンと放射線の複合効果が相加的であるのか, 相乗的であるのかをそれぞれの染色体異常ごとに定量的に検討するため, 相乗効果係数を定義した. その計算結果より, 比較的高濃度のベンゼンと放射線を複合させた場合, D+Rの頻度が相乗的に増加し, その他の異常については相加的な増加となることが示された.
《実験3》 培養開始後16時間目と21時間目にそれぞれ100radsを照射し, この照射間の5時間のみにベンゼンを, 4.0×10
-5M, 2.0×10
-4M, 1.0×10
-3Mの濃度で添加した. また, 予備実験により, この照射間に放射線誘発染色体切断の完全な修復がある場合, D+Rの頻度は0.247±0.040/cに, 修復が完全に阻害された場合には, 0.467±0.056/cになることが示された. 本実験の結果, 2.0×10
-4M群(0.340±0.048/c)と1.0×10
-3M群(0.447±0.055/c)で対照(0.227±0.039/c)に比し, D+Rの頻度は有意に増加した. したがって, 比較的高濃度のベンゼン添加により放射線誘発染色体切断の修復阻害が生じているものと思われる.
以上の結果を, 化学物質により誘起されたgapの意義, ベンゼンに暴露した産業労働者の末梢血白血球における染色体異常, 放射線誘発DNA鎖切断の修復とその阻害などの観点から考察した.
ヒト培養白血球染色体に対するペンゼンおよび放射線の複合影響を,
in vitroにおける三つの実験により検討した結果, ベンゼンによりchromatid-typeの異常(とくにgap)が誘発されること, 放射線との複合によりdicentricとringが相乗的に増加すること, および放射線誘発染色体切断の修復が比較的高濃度のベンゼン投与により阻害されることが示された.
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