本研究では再石灰化反応における歯質に含まれるフッ素の役割を明らかにする目的で, 哺乳類 (ヒト, サル, ブタ, イヌ) の歯とサメの歯を材料に選び,
in vitroにおいて乳酸を含む酸性ゼラチン溶液を用いてpH4.5とpH3.5の条件下で酸脱灰を行った。また, これら哺乳類エナメル質およびサメエナメロイドの化学組成と溶解度を測定した。本研究で得られた結果として, 1) 哺乳類エナメル質においては, いずれのpH条件においても表層部に高石灰化層を伴う表層下脱灰病巣が形成されたが, サメエナメロイドにおいてはいずれのpH条件においても脱灰病巣の表層部と脱灰前線部において石灰化の高まりを示す層は形成されなかった。2) ヒトエナメル質での脱灰病巣部では顕著な元素組成の変化 (F量は増加し, Mg量は減少) が認められたが, サメエナメロイドの脱灰病巣ではF量の増加を検知することはできなかった。3) エナメル質結晶は炭酸アパタイト (CA) と類似した溶解度をもち, その溶解度はハイドロキシアパタイト (HA) や合成アパタイト (FCA, FA) の溶解度より高いこと, またサメのエナメロイド結晶はFCAに類似した溶解度をもつことがわかった。以上のことから, 歯質に含まれているフッ素は歯質の溶解性を低下させ, う蝕病変の進行を遅らせるが, 他方, 高濃度のFを含む歯質表面では脱灰に併って溶出される格子イオン濃度が低く抑えられるため, 再石灰化反応の駆動力が小さくなり, 必ずしも表層下脱灰病変の成立に結びつかないことが明らかにされた。
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