形成期エナメル質の石灰化の場である溶液相のイオン組成は, エナメル芽細胞層を介するイオン輸送と石灰化反応によって規定されていると予測される。本研究では, 透析膜を応用した結晶沈殿モデルにおいて, Caイオン輸送と関連した溶液イオン組成の制御機構について検討した。本実験モデルでは, 異なる膜孔の透析膜で分離された上下2つの隔室を設定し, 上室には過飽和溶液を送流した。下室での沈殿反応を誘起するため, ハイドロキシアパタイトを種晶, ブタエナメルタンパクを吸着成分として使用した。この実験条件下では, Caイオンは所定の濃度勾配 (初期勾配は1mMあるいは0.5mM) に従って上室の過飽和溶液から下室の溶液相に向けて拡散していく。経時的な下室でのCa濃度変化を追跡した結果から, この反応系においては拡散過程が律速段階となるため, 結晶沈殿の場でのCa濃度は定常状態 ([Ca]
s) に至ることが確かめられた。この [Ca]
sが上室を満たす過飽和溶液の濃度よりも低いレベルに止まったことは, 透析膜を介した拡散によるCaイオンの供給速度と下室溶液相での沈殿反応のためのイオン消費速度との差に起因すると解釈できる、特に, 沈殿反応の制御因子であるエナメルタンパクあるいはフッ素イオンの共存下でCaイオンの消費速度が大きく影響され, その結果, [Ca]
sレベルも変動することを確かめている。1ppm以下の濃度域のフッ素イオンは [Ca]
sレベルに顕著な影響を与えることが注目され, この効果は沈殿速度の亢進とともに沈殿したフッ素化アパタイトの溶解度が低いことに起因すると考えられた今回の実験結果から, 形成期エナメル質での溶液組成は多種の反応過程によって規定されていることが示唆された。
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