哺乳動物の硬組織を構成するアパタイト結晶では, 炭酸イオンやHPO
42-などの異種イオンを結晶格子内に置換している。今日までのところ, 象牙質結晶の格子組成と溶解度積に関する知見に乏しいため, 本報においては, ヒト象牙質を試料として一連の検討を行った。象牙質材料は永久歯と乳歯それぞれの歯冠部より採取した。実験に先立って, 採取試料を乳鉢中で微粉砕し, 低温灰化法 (約60℃) により脱有機処理した。結晶格子組成モデルは (Ca)
5-x (Mg)
q (Na)
u (HPO
4)
v (CO
3)
w (PO
4)
3-y (OH)
1-zであり, 象牙質結晶表面に存在する不安定画分と結晶格子内部に位置する安定画分とを区別した一連の化学分析結果に基づき, 各イオンの組成を示す係数を算出した。象牙質試料は希薄リン酸溶液 (固液比は100mg/100ml), 一定の温度 (25℃) とCO
2分圧下で最長28日間にわたり平衡化した。分析結果においては, 永久歯と乳歯より採取した象牙質結晶の組成に明らかな相違が認められ, 結晶格子組成モデルに基づき求められた溶解度積 (K
DN) についても, 1.8% CO
2分圧下で4.11×10
-45 (永久歯象牙質) と1.74×10
-43 (乳歯象牙質) の値が求められた。特に, 象牙質結晶の溶解度は1.0から3.3%のCO
2分圧下でほぼ同じ結果が得られた。ただし, この特定のガス雰囲気以外の条件下では, 象牙質結晶と見かけ上, 平衡化に達した段階においても, 上記の溶解度積から大きく逸脱した溶液組成をもつことが確かめられた。
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