沈殿鉄触媒を用いて Fischer-Tropsch (F-T) 合成を行い, 触媒上への炭素の蓄積とそれによる触媒の活性および選択性の変化について検討した。反応は固定床流通反応装置を用いて350°C, 10atmにて行った。炭化水素合成反応中に触媒上に析出した炭素と水素との反応速度を過渡応答法および昇温反応法(TPR) により測定した。
触媒活性は反応時間とともに著しく減少し, それと同時にメタン生成への選択性が増加し, 生成炭化水素中のオレフィン/パラフィン比が減少した (
Fig. 1)。
所定時間合成反応を行った後, 合成ガスをH
2に切り換えたところメタンが生成した。このH
2ブラッシングによるメタンの生成速度は合成反応を長く行うほど増加した (
Fig. 3)。X線回折測定により, H
2フラッシング中生成するメタンはカーバイド炭素の水素化によるものであることが示された。
触媒中の炭素と水素との反応速度をさらにTPRにより測定した。昇温速度を10°C/minとし, 室温から550°Cまで昇温した。
Fig. 4は合成反応を1, 4あるいは19時間行った後に測定したTPRクロマトグラムである。いずれのTPRクロマトグラムも二つのピークよりなっており, 低温側のピーク(Tm, 1と表示した) は合成反応時間の増加につれ410から340°Cヘシフトした。しかし高温側のピーク (Tm, 2) はほとんど変化しなかった。X線回折測定によりTm, 1はカーバイド炭素の水素化によるものであり, Tm, 2 は遊離炭素によるものであることが示された。
最近の報告によると, F-T合成により生成した炭化水素の分布は次に示す Schulz-Flory 式に従う。
log(M
P/P)=log(ln
2α)+Plogα (3)
ここで
MPおよびαはそれぞれ炭素数
Pの炭化水素の重量分率および連鎖成長の確率である。
Pに対してlog(
MP/P) をプロットすると直線が得られ, その傾きおよび切片よりα値を求めることができる。合成反応を1.5, 7, および19時間行った時の炭化水素分布をEq. (3) に従ってFig. 8に示した。合成反応1.5時間後の炭化水素分布の切片および傾きから求めたα値はよく一致し, 反応初期に得られる炭化水素の分布はSchulz-Flory の式に従うことが示された。しかし, 合成反応時間の経過とともに生成炭化水素中のメタンの割合が増加し, 炭化水素分布は Schulz-Flory 式からはずれた。
これより, メタンの生成には少なくとも二つの経路があるように思われる。一つはC
2+炭化水素の生成と同じ経路であり, 他はカーバイドの水素化によるものである。カーバイドの水素化によるメタン生成速度は合成反応時間が長くなるにつれて増加し, 定常状態において生成するメタンはほとんどこの経路によるものと思われる。
Fig. 2に示すように, 活性劣化した触媒を350°CでH
2フラッシングすることにより, 触媒の活性と選択性は回復した。350°CでのH
2フラッシングによりはがされるのはカーバイド炭素だけであり, 触媒の活性劣化はFe活性点のカーバイド化と関係しているものと考えられる。
一方, 鉄触媒は水蒸気により容易に酸化されることが知られている。著者らは合成反応初期において触媒表面は水蒸気により酸化されており, その酸化被膜の存在によりカーバイドの水素化が妨げられるものと推測した。水蒸気の効果を検討するため, 合成ガスに0.32atmの水蒸気を添加してF-T合成を行った。水蒸気を添加しての合成反応を19時間行った後TPRクロマトグラムを測定したところ, Tm, 1は水蒸気無添加の時と比べより高温にシフトした(
Fig. 9)。またこの時のTm, 1の値は水蒸気を添加せずに合成反応を1時間行った触媒のTPRクロマトグラムにみられるTm, 1とよく一致した。水蒸気を添加しての合成反応では, 水蒸気無添加の時とは対照的に触媒の活性劣化およびそれにともなう炭化水素分布の変化は著しく抑制された (
Fig. 10)。これらの結果は著者らの推測を支持するものである。
Fig. 11は水蒸気無添加でF-T合成を1時間行い, 引き続き300°CでH
2フラッシングした後のTPRクロマトグラムを示したものである。Tm, 1はH
2フラッシングを長く行うほど低温側ヘシフトし, 触媒表面の酸化被膜はH
2フラッシングにより取り除かれカーバイド炭素本来の反応性が回復したことを示している。
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