ディーゼル車は, 燃料経済性が優れているために近年増加の傾向にあるが, 粒子状物質 (黒煙) と窒素酸化物の排出量が多く, これらの有害物質による大気汚染が問題となりつつある。1)とりわけ, 粒子状物質については, 発がん性の疑いのある有機物質の存在が確認されており, その排出の実態を定量的に把握することが望まれている。5),6)中 でも, ベンゾ(a)ピレン (B(a)P) は, 発がん性を有する種々の多環芳香族炭化水素の代表的な物質で, これの定量方法や生物化学的な性質は詳しく調べられている。著者らは, ディーゼル燃料の組成, 性状と排出物質との間の詳細な関係を明らかにすることにより排出物質低減対策に寄与するディーゼル燃料の改変の方向を提示することを目的とした研究を進めてきたが2)~4), 上述の理由により, 新たに, 粒子状物質に含まれるB(a)Pを分析の対象に加え, 燃料組成とその排出量との関係を調べた。
二組の燃料を試験に供した。第一は, 3種類の単一成分炭化水素n-セタン, ヘプタメチルノナン (HMN), 1-メチルナフタレン (α-MN) とセタン価向上剤 (DII-2, Ethyl 社製) を適宜混合したもので (
Table 1), 燃料の芳香族成分およびセタン価向上剤の含有量, セタン価がB(a)Pの排出量に及ぼす影響を調べた。第二は, 軽油相当留分の油を分留および分取クロマトグラフィーにより沸点範囲別, さらに飽和成分, 芳香族成分別に分けた試料を, セタン価55に合わせたもので (
Table 2), 燃料の芳香族成分含有量および沸点がB(a)Pの排出量に及ぼす影響を調べた。B(a)Pの分析手順は
Fig. 1に示す通りで, ディーゼル機関の排出ガスを約13倍に希釈した後, 142mmφのガラス繊維円板ろ紙を通して粒子状物質を採取し, 抽出, 前処理の後, 蛍光検出器付の高速液体クロマトグラフィーで定量を行った (
Tables 3, 4)。使用した機関は, セタン価測定用CFR F-5ディーゼル機関 (ASTM D613またはJIS K2280) で, 圧縮比16.0, 燃料消費量15m
l/min (単一成分炭化水素混合燃料の場合) または空気過剰率1.35 (分割試料混合燃料の場合) 以外の条件は, セタン価測定時のものと同じとした。機関を含む装置系を
Fig. 2に示す。
Table 5に, 単一成分炭化水素混合燃料の燃焼における粒子状物質およびB(a)P排出量の結果をまとめた。
n-セタンとHMNを混合した純パラフィン系燃料H0α0~H82の場合, B(a)Pの排出量は5~12ng/minで, 2成分の混合比による変化は認められなかった。一方,
n-セタンとα-MNを混合した燃料α5~α70の場合, B(a)P排出量はα5を除くと80~210ng/minで, 純パラフィン系燃料に比べて著しく増加した。H47α5~H18α30は, セタン価を55に保ったまま
n-セタン, HMN, α-MNの混合比を変えたもので, 粒子状物質およびB(a)P排出量はα-MNを30%含むH18α30のとき, 純パラフィン系のH0α0~H82と比べて明らかな増加が認められた。H80D4~H85D15は
n-セタンとHMNの混合物にセタン価向上剤を添加した燃料で, H0α0~H82との比較からわかるように, セタン価向上剤の使用は粒子状物質, B(a)Pの排出量に何ら影響を及ぼさなかった。
Table 6に, 分割試料混合燃料の燃焼における粒子状物質およびB(a)P排出量の結果をまとめた。
F(Σ20S)25~F(Σ32S)50は, 飽和成分の分割試料, n-セタン, HMNから成る燃料で, 純パラフィン系に近い性状のものである。これらの場合, B(a)P排出量は単一成分炭化水素混合燃料における純パラフィン系のH0α0~H82と同様の小さい値となり, また, 分割試料ごとやその混合率による変化も認められなかった。一方, F(Σ20Ar)25~F(Σ32Ar)50は芳香族成分の分割試料,
n-セタン, HMNから成る燃料で, B(a)Pの排出量は, 飽和成分を混合した燃料に比べて一般に大きく, 分割試料の混合率とともに増加した。また, 分割試料ごとの変化も著しかったが, 沸点範囲と単調な関係にはなかった。
以上の結果について次のような考察を行った。まず, 燃料中に含まれるB(a)Pとその排出量の関係を調べたところ (
Fig. 3), 報告例にあるような正の相関関係9)は認められなかった。これは, 本研究における燃料中のB(a)P排出量が報告例よりも極端に低いためと思われる。次いで, 燃料の芳香族性とB(a)P排出量の関係を調べ (
Fig. 4), B(a)P排出量が芳香族成分の供給量とともに指数関数的に増大することを見出した。この際, セタン価もB(a)P排出量に影響を及ぼすことが示唆された。さらに, 芳香族成分の分割試料における試料ごとのB(a)P排出量の違い (
Fig. 5) は, 燃料中の芳香族成分の構造の違いとよく対応すること (
Table 7), などを明らかにした。
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