環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
10 巻
選択された号の論文の18件中1~18を表示しています
巻頭エッセイ
特集 環境社会学の新たな展開
  • 平岡 義和
    2004 年 10 巻 p. 3-7
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー
  • 淺野 敏久
    2004 年 10 巻 p. 8-24
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    環境問題研究において問題解決を志向することが重要である。その上で,何が問題なのか,どう問題になっているのか,どのように問題が作り出されているのかを理解する必要がある。問題構造を把握しようという試みは,研究蓄積も多く,加害論・被害論など,環境社会学の主要研究領域の1つとなっている。本稿では,環境問題の場所による差異に焦点をあて,地域論的な視角からの問題構造把握の可能性について検討した。ポイントは2点で,1つは加害論・被害論とは若干異なる「場所の意味」論としての問題把握であり,もう1つは環境問題の地域間比較である。取り上げた事例は,霞ヶ浦の水ガメ化,中海干拓事業,諫早湾干拓事業,世界最大規模の干拓として現在進行中の韓国セマングム干拓事業の4つである。

  • 藤垣 裕子
    2004 年 10 巻 p. 25-41
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,環境社会学に対して科学技術社会論がどのような貢献をすることができるか検討することである。科学技術社会論の論客の一人であるSteven Yearlyは,『STSハンドブック』の環境に関する章のなかで,「科学技術社会論は,環境に関する問題を明らかにしたり,論争を解決したりすることへの科学のあいまいな役割について説明する枠組みを提供する」(Yearly, 1995)と述べている。この科学のあいまいな役割について,本稿では,フレーミング,妥当性境界,状況依存性,変数結節,という概念を使って順に解説する。環境社会学と科学技術社会論の橋渡しは,現在の日本で別々の文脈で語られている市民運動論と社会構成主義,科学と民主主義の議論を,連動した形で再度編成することによって進み,かつ両者の間に豊かな交流をもたらすだろうと考えられる。

  • 足立 重和
    2004 年 10 巻 p. 42-58
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    現在,全国各地において,民俗芸能といった伝統文化を観光資源化しようとする動きは,地域づくりの主流になった感がある。しかし,観光化された伝統文化は,観光客の期待にこたえた文化形態であるため,地元住民からすれば違和感をともなうものになってしまう。筆者が調査してきた,岐阜県郡上市八幡町の「郡上おどり」もそのような状況にあり,地元住民は自分たちの盆踊りを踊らなくなってしまった。だが現在,一部の地元住民たちは,観光化とは異なった方向で「郡上おどり」を受け継ごうとしていた。本稿は,「郡上おどり」の事例研究を通じて,観光化とは異なった伝統文化の継承とはいったいどのようなものであるのか,を明らかにするものである。

    一部の地元住民による,観光化とは異なる伝統文化の継承とは,次のようなものである。まず,住民たちは,観光化以前の“たのしみある”盆踊りの情景をなつかしむというありふれた日常的実践をくりかえす。このような主体を,本稿では「ノスタルジック・セルフ」と呼ぶ。この「ノスタルジック・セルフ」が,歓談のなかで“たのしみある昔の姿”を追求し,その“たのしみ”に向かって現にある盆踊りに様々な工夫を凝らしていくことこそ,本稿でいう伝統文化の継承にほかならない。このノスタルジックな主体性に裏づけられた伝統文化の継承は,現在の観光化と文化財保存の文脈のなかで画一化する伝統文化の乗り越えにつながっていくのである。

  • 舩橋 晴俊
    2004 年 10 巻 p. 59-74
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    環境制御システム論は,環境問題・環境運動・環境政策の歴史と現状を包括的に把握するために,環境制御システムの形成とその経済システムに対する介入の段階的深化という視点を提示する。環境制御システム論の見地に立てば,環境問題の歴史は,「産業化以前の社会と環境との共存」「産業化による経済システムの出現と環境制御システムの欠如による汚染の放置」「環境制御システムの形成とそれによる経済システムに対する制約条件の設定」「副次的経営課題としての,環境配慮の経済システムへの内部化」「中枢的経営課題としての,環境配慮の経済システムへの内部化」という5段階の移行として把握することができる。環境制御システム論は,さまざまな環境問題,環境運動,環境政策,環境社会学の諸理論が,それぞれどのような相互関係にあり,どのような社会的状況を背景にして登場しているのかについて,知識社会学的解明を与える。また,それは,環境制御システムによる経済システムへの介入の深化を,そのつどの段階で促進する回路と要因が何かという実践的問題を提起し,環境社会学の研究上の戦略的課題を明確にするものである。

論文
  • 荒川 康
    2004 年 10 巻 p. 75-88
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    本稿は,自然環境の問題圏をめぐる政策プロセスをガバナンスの視点から考察する。「政府の失敗」が取りだたされる今日,それまでの政府による一元的な政策プロセス管理の限界が指摘されるようになり,多様なアクターの参画による政策形成が,自然環境政策の分野でも試みられはじめている。しかし,必ずしも期待どおりの成果はあがっていない。

    本稿では,従来「政府の失敗」としてとらえられてきた事態を,「ガバナンスの失敗」ととらえなおすことを提案している。なかでも,政策プロセスの最初の段階で,行政と地域住民を典型とする異なるアクターが,それぞれ異なる「問題」の位相に立っていることを,具体的な事例のなかから明らかにし,その位相の違いがガバナンスの中身を規定していく点に注目する。考察の結果,行政と比較して地域住民は,その解決を強く志向する「問題」を抱えているが,それは政策プロセスをガバナンスの視角からみたときはじめて見出せるものであった。

    これからの環境ガバナンスを考えるとき,そうした問題解決への強い志向性をもつことが,アクター相互の「問題」の位相を越えた実践へと結びついていくと考えられ,ガバナンスの特徴である「問題解決への志向性と実践」「結果重視の効率性・透明性」を活かした「よいガバナンス」に向けての取り組みが継続していくと考えられる。

  • 西﨑 伸子
    2004 年 10 巻 p. 89-102
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    アフリカの国立公園の周辺では,住民参加型保全を通じて,地域住民を排除する原生自然保護による失敗を克服することが試みられている。本稿では,東アフリカ,エチオピアのマゴ国立公園を事例に,住民主体の資源管理の実態を明らかにする。

    マゴ国立公園周辺に位置する一部の村落では,1994年に住民が公園自警団を結成し,密猟対策を始めた。自警団結成の背景には,従来のゾーニング手法にもとづく野生動物保護に対する住民の抵抗に加えて,住民が公園内での養蜂を強く望んでいたこと,野生動物の減少に対して危機感をもっていたことがあった。自警団活動は,狩猟を通して結ばれた既存の社会関係に支えられており,自警団メンバーを通して村落内部に「狩猟の自主規制」という新たな規範がつくられつつあった。また,公園スタッフとの対立を緩和する役割を自警団メンバーが担っており,実質的な「住民主体の資源管理のしくみ」が形成されたといえる。

    本稿の事例から,エチオピアの野生動物保護をめぐる国家と住民の硬直した対立構造を開く方策として,行政と地域住民の共同管理(Collaborative Management)の可能性が見出せる。住民が主体的に資源管理のしくみを形成し,維持していく鍵は,人と環境の多面的な関係の中に埋め込まれた,地域社会に固有の社会関係を生かしてこそ,可能になるのではないだろうか。

  • 平川 全機
    2004 年 10 巻 p. 103-116
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    環境問題の解決に向けて「公論形成の場」の設置が言われているが,場の設置やそこに参与する主体の議論だけでは解決しえない問題も指摘されている。その1つに,行政機関の専門知と住民の環境認識との構造的格差の問題がある。本稿は,行政と住民の間に専門的な知識に関する構造的格差があるなかで,住民がいかにして専門知に対抗していくのか,その方法を明らかにする。事例として,札幌市真駒内川の河川整備計画を策定する真駒内川対策協議会における住民の語りを取り上げ,専門知による理解と住民の環境認識に焦点を当てて分析した。

    真駒内川対策協議会では,落差工をめぐって,撤去を求める住民と行政が対立した。住民は,専門知を枠組みとした議論では行政に充分に対抗することができなかった。構造的格差が生まれるのは,専門知による議論の枠組みがあるためである。そこで,住民が主張を貫くために専門知とは異なる基準と根拠に基づいた主張がなされた。この主張は,記憶の中の「昔」など住民の環境認識に支えられており,専門知とは「切断」されていた。この語り方は,河川管理者の専門知による語り(ドミナント・ストーリー)に対抗して住民の意見を正当化する語り(オルタナティブ・ストーリー)と見ることができる。オルタナティブ・ストーリーは,専門知に対抗する力とこれを共有することで合意に導く可能性を有している。

  • 矢作 友行
    2004 年 10 巻 p. 117-130
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    近年,不確実性という事態に注目してこそ的確に把握しうるような環境問題が増加している。不確実性が焦点となる環境問題は,因果関係の不確実性に注目すれば,「原因の不確実性が主要な焦点となる問題」「結果の不確実性が主要な焦点となる問題」「原因の不確実性と結果の不確実性の両者が焦点となる問題」という3類型を区別できる。本稿では,原因と結果の不確実性が同時に焦点となっている杉並病問題を事例として取り上げて検討した。

    まず,準備的作業として,不確実性が焦点となる環境問題にアプローチするために「原因の不確実性/結果の不確実性」「原理的過誤/経験的過誤」「第1種の過誤/第2種の過誤」といった基礎概念枠組みを提起した。次に,杉並病問題の概要を紹介するとともに,原因と結果の不確実性の両面から杉並病問題の特徴を整理した。その上で,経験的過誤の諸類型として「基準主義の過誤」「対策時期の過誤」「問題設定の過誤」「便宜主義の過誤」を析出しつつ,杉並病問題が未解決状態にある要因連関を解明した。最後に,本稿の到達点の理論的含意と実践的意味についてまとめるとともに,今後の研究課題を示した。

  • 土屋 雄一郎
    2004 年 10 巻 p. 131-144
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    「公論形成の場」を豊富化することは,環境社会学研究における問題解決論の要とされてきた。そして固有のルールに則った討議と同意こそが合理的な基準を満たすという前提は,環境問題の文脈だけでなく開発援助の分野など,さまざま政策領域で力強い規範になりつつある。

    本稿が考察の対象とした「長野県中信地区廃棄物処理施設検討委員会」では,廃棄物処理施設の立地をめぐって,可能なかぎり科学的で客観的に判断するための合意形成ルールをつくり,不透明な意思決定プロセスを封じ込めることに成果を得た。しかし,どこかに処分場を建設するという結論は,手続き主義的な理念に則った討議にもとづくことで,「やむを得なさ」を正当化することになる。これに対し住民は,討議の過程で言語化できない生活実感や多様な解釈が成り立つような理念や責任をめぐる討議が脱政治化され均質化されることに対し違和感を表明する。すなわち,公論形成の場において,住民参加,情報公開,客観性,公平性といったキーワードによって了解された討議の帰結は社会的な拘束力をもつことになる。だからこそ,意思決定に際しある種の排除の論理が働くような問題をめぐっては,合理的な討議プロセスであっても,不公正を縮小するというよりも制度的現実を肯定するような結果が生じるのであった。

  • 西城戸 誠
    2004 年 10 巻 p. 145-160
    発行日: 2004/11/30
    公開日: 2019/01/22
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,北海道幌延町において断続的に展開した抗議活動を事例として,かつては抗議活動が盛んであったにもかかわらず,なぜ現在は活発である運動体と活発でない運動体に分かれてしまったのかを明らかにすることである。両者の運動体を比較し,抗議活動が生起する要因を理解しながら,従来の社会運動研究で看過されていた「運動文化」(運動の文化的要因)に関する議論を検討する。事例研究の結果,幌延問題に対する抗議活動の生起に影響を及ぼした要因としては,政治的要因や資源要因も存在した。だが,活発な活動を展開した運動体とそうでない運動体を分けた要因は,抗議活動が中断している際に醸成された運動文化の違いによるものであることが明らかになった。

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