環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
14 巻
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巻頭エッセイ
特集「野生生物」との共存を考える
  • 谷口 吉光
    2008 年 14 巻 p. 4
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー
  • 丸山 康司
    2008 年 14 巻 p. 5-20
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,「野生生物」との共存という課題について,環境問題の変化との関連を踏まえて明らかにすることである。また,そのうえで現在環境社会学が果たすべき役割を明らかにすることである。

    「野生生物」との共存という課題は複雑化している。その背景には環境問題の変化があり,問題意識が社会的に受容される一方で,その根拠は抽象化し,希薄化している。環境保全のあり方そのものも変化し,その対象と手法が多様化し,関与する主体も多様化している。「野生生物」との共存という課題についても同様の変化が存在するが,獣害問題のように生物の側の変化も認められる。

    こうした状況に対応するためには,野生という定義とその価値を問い直したうえで,生物多様性と社会の豊かさの関係を問う視点が必要となる。

    その試みとして,普遍主義としての環境主義によるパターナリズムへの批判というこれまでの環境社会学の成果を生かしつつ,生態系サービスの概念を応用して,人間と生物の動的な関係を分析する必要性を明らかにした。また今後の課題として,合意形成,自然の価値,資源化,などの重要性を指摘した。

  • 古川 彰
    2008 年 14 巻 p. 21-37
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    人工化された自然の典型である河川,清流の女王と呼ばれるアユ,そしてそれらと関わる人々との関係の変化は,人と自然との関わり方の近代そのものである。本稿ではアユと川と人の関係の変化を追うことを通して,「自然」や「野生」が,人と対象物,人と人との関係の変化のなかで不断に生成される歴史であり,文化であるということの意味をあらためて考えてみた。

    1990年代に入り,世界中が環境問題をもっとも主要な国家的な問題として取り上げることで,あらゆる事象が環境との関わりで捉えられるようになる。このような過程を,社会の環境化と捉えると,90年代半ば以降,日本も環境化のただなかにあり,これまで自然や野生とは認識されてこなかった生物やモノが,あらためて自然,野生,環境(の破壊,保全の対象)として見直され続けている。

    本稿で取り上げた河川の近自然工法による改修も,天然アユへの志向も環境化という流れのなかの歴史的な出来事である。このような流れのなかで河川もアユも環境保全という管理下に置かれることになるが,本稿が対象とした事例地では,いったん飼い慣らした自然を可能な限り放置しつつ管理するようなあり方を模索している。

  • 安田 章人
    2008 年 14 巻 p. 38-54
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,アフリカにおける娯楽のための狩猟,スポーツハンティング(sport hunting)を事例に,グローバルな価値づけがなされた野生動物の資源利用の裏側にある歴史的な権力問題を指摘することにある。

    アフリカにおけるスポーツハンティングは,植民地時代の西洋人が権力や富を象徴するためにアフリカの野生動物を狩猟したことに端を発する。現代になり,人間中心主義からの脱却を目指す環境思想からの狩猟に対する倫理的批判が隆盛したことや,スポーツハンティングを起源とする植民地主義的な政策に対する批判を一因として住民参加型保全の理念が台頭したこと,そしてエコツーリズムが勃興したことから,スポーツハンティングは影を潜めた。ところが,スポーツハンティングは現在まで消滅することなく活発におこなわれており,近年,莫大な経済的利益を生み出す管理された「持続可能性」のある狩猟として,住民参加型保全政策を支える主柱となると,一部の政府や保全論者に注目されている。

    しかし,カメルーン・ベヌエ国立公園周辺でおこなわれているスポーツハンティングは,その地域の住民に雇用機会と利益分配を付与する一方で,植民地時代を彷彿とさせる「自然資源利用権の収奪」という重層的なインパクトをもたらしていた。この背景には,「持続可能性」という環境思想が,歴史的な権力構造を背景に地域住民による狩猟を断罪し,スポーツハンティングを正統化するために,新しい植民地主義的な政治的言説によって解釈されているという現象があった。

  • 鈴木 克哉
    2008 年 14 巻 p. 55-69
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    近年,野生動物と人間活動との軋礫が世界各地で問題になっている。しかし日本では,加害動物による人間活動への影響量の軽減手法に関する技術的側面やその普及論が注目されがちであり,被害を受ける側である地域住民の「被害認識」が管理政策に取り入れられることはほとんどなかった。一方,この分野で先進的な欧米では,野生動物と人の軋礫問題において,さまざまな利害関係者間の相互関係をも調整対象とする軋礫管理(wildlife conflict management)の視点が注目されている。そこで本稿では,下北半島のニホンザルによる農作物被害問題を事例に,「被害認識」の形成要因として対人関係に着目した。その結果,被害農家は日常レベルにおいて許容を伴う複雑な「被害認識」を持っているが,被害経験を共有しない他者と対峙する場面では,サルに対する否定的価値観だけが表出されやすいこと,またそのような否定的価値観は地域社会において先鋭化され,捕獲をめぐる意見に収斂されやすいことが明らかになった。しかし,ニホンザルの農作物被害軽減に向けては,捕獲が必ずしも有効な手法ではなく,このような場合,施策をめぐって異なる価値観を持つ利害関係者間で意見の対立が生じ,獣害が社会問題化しやすい状況にある。今後,さまざまな獣害問題を解消するためには,従来の生物学的なアプローチに,それぞれの利害関係者の認識構造の把握や異なる価値観の調整手法に関する社会科学的なアプローチを融合させる方法がある。

  • 佐藤 哲
    2008 年 14 巻 p. 70-85
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    地域社会に特徴的な野生生物や生態系は,環境アイコンとして環境保全,自然再生,地域振興に活用されている。兵庫県豊岡市におけるコウノトリをアイコンとした地域再生,沖縄県石垣市白保におけるサンゴ礁をアイコンとした環境保全と地域振興,長野県佐久市における佐久鯉をアイコンとした稲田養鯉の復活を事例に,環境アイコンの生成要因と求心力の基盤,環境アイコンが象徴する多様な生態系サービス,環境アイコンの活用におけるレジデント型研究機関の役割,環境アイコンの活用を通じた人と自然とのかかわりを検討した。環境アイコンの生成には,環境改変による喪失・危機が契機となっており,地域の日常生活に密着した伝統文化や自然資源利用,および他の地域との差異化につながる環境アイコンの独自性を基盤とした人々の強い愛着と誇りが基盤となっている。環境アイコンの保全・再生が生態系サービスの改善をもたらすことが,多様なステークホルダーの合意形成と求心力の維持に貢献している。生態系サービスの現状と未来を評価する科学研究の担い手として,地域社会に常駐するレジデント型研究機関の役割が重要である。環境アイコンは地域振興に密接にかかわる生態系サービスを象徴するものととらえるのが適切であり,人と環境アイコンとのかかわりは,人が一方向的に破壊,保全,再生する対象ではなく,環境アイコンの保全と再生を行いつつ,多様な生態系サービスを創出してその恩恵をうける相互的な関係としてとらえなおされるべきである。

  • 菊地 直樹
    2008 年 14 巻 p. 86-100
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    兵庫県北部の但馬地方のコウノトリの野生復帰プロジェクトは,放鳥第2世代の誕生を受け,新たな段階に入ったといえる。野生復帰とは人が何らかの関与をしながら,あるべき自然の姿としての「野生」をめざしたさまざまな取り組みの総体であるが,目標である「野生」は曖昧で,改めて問われることがない。人がどのように関与していくのかもほとんど議論されることはない。現場レベルでは,給餌の是非など「野生」をめぐって齟齬が見られなくもない。人里を舞台とするコウノトリの野生復帰では,必然的に価値基準や現状認識が多様化してしまう。どのような価値に基づき,どのように人が関与しながら,野生復帰を推進していくのかという見取り図は必要であろう。

    本稿では,「野生」を関係的な概念としてとらえ直した。人による動物への関与の強弱という軸と動物への価値付与という軸から,人と動物のかかわりを再野生化-家畜化のプロセスとしてとらえ,図表を提示した。「野生」と「家畜」は動的な存在であり,人と動物のかかわりによって,動物はこの象限内を移動する。

    コウノトリの野生復帰の取り組みをこの図に従い再考すると,再野生化という一方向に進んでいるのではなく,再野生化と家畜化の間を「行きつ戻りつ」している。正解のない「野生」をめぐるさまざまな論理や価値や感情を試行錯誤しながらつなげ,多様な主体間での目標や地域の未来像を絶えず構築し続ける仕組みが求められる。この課題に対して,「聞く」という手法を持つ環境社会学者が果たしうる役割について指摘した。

論文
  • 立石 裕二
    2008 年 14 巻 p. 101-118
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    現代の日本ではどのような環境問題が重視されているか,それは世代ごとにどのように異なっているか,そうした違いが生じるのはなぜか。本論文ではロジスティック回帰分析を用いて,ゴミ処理・処分場の問題,原生林・湿地などの保全,原子力発電に伴う問題,遺伝子組換え食品の問題,資源・エネルギーの枯渇という5つの環境問題のいずれを重視するかが,どのような要因によって規定されるか分析した。子どものころ注目を集めていた環境問題を現在でも重視しがちであるという「子どものころの記憶」仮説について検討したところ,10歳ごろに新聞で多く報じられていた環境問題と,現時点で重視する問題との間にゆるやかな対応関係が見られた。1950年代後半の原子力への注目を経験した50~64歳世代が原子力問題を,1970年代のオイルショックを経験した30~49歳世代がエネルギー問題を,1980年代末~90年代初頭の自然保護ブームを経験した20~24歳世代が保全問題を,それぞれ重視する傾向が見られた。学歴と環境意識,行政・科学技術への信頼と環境意識との結びつきかたにも,世代ごとに違いが見られた。たとえば,65~79歳世代では高学歴の人がエネルギー問題を重視するのに対し,子どものころオイルショックを経験した49歳以下の世代では低学歴の人が重視するというねじれが見られた。

  • 七五三 泰輔
    2008 年 14 巻 p. 119-138
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本研究では,コミュニティを基盤とした環境保全プロジェクトの実践を通して,地域住民が生産資源をめぐって政治的に競合し,同時にコミュニティのあり方を構築していくプロセスを描き出す。

    本稿の事例として取り上げるバングラデシュでは,他のアジア・アフリカ諸国同様に,1990年代以来コミュニティ・ベースの環境資源管理政策が進められている。しかし,この政策モデルでは,コミュニティを構成するアクターの同質性や協働性を前提としているにもかかわらず,その実態としての村落社会のアクターは生活形態や利害において多様で,政治的に競合しているのが現実だ。複数の地域有力者を中心に,村人はパトロン-クライアント関係で結ばれており,それを基盤として地域の生産資源をめぐって政治的に競合しているのである。本研究では,コミュニティを組織化する活動が政治化する中で,政策モデルとしてのコミュニティについての理解を深め,地域社会の文脈においてコミュニティを構築しようとする試みを描き出す。地域社会における既存の関係性の再生産ではなく,新たなコミュニティのあり方を提起する事例を描き出すことで,本稿ではコミュニティ・ベースの環境保全政策の実践における人々の政治的可能性を提示する。

  • 武中 桂
    2008 年 14 巻 p. 139-154
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本稿では,行政の提示する環境問題の解決策を地域住民が受け入れ実践していく経緯を明らかにし,次第に住民自身が環境を保全する主体となっていく過程を考察する。そして,政策としての環境保全が「実践」としての環境保全となる可能性と,その意義について議論する。

    本稿で取り上げる蕪栗沼(宮城県大崎市)は日本有数のマガンの飛来地で,現在,飛来の一極集中とそれに伴う沼の環境悪化という問題を抱えている。2003年,農閑期の水田に水を張り,マガンのねぐらとして利用し,ねぐらを分散させて沼の環境保全を図る目的で,沼の南側に隣接する伸萠集落の水田での「ふゆみずたんぼ」を行政が提案した。実施に際しては体力やコスト面で負担の大きい有機農法に切り替える必要があるが,米への付加価値と,「特別枠」での圃場整備事業の採択を背景に,現在,10戸の農家が「ふゆみずたんぼ」に取り組んでいる。

    だが,農家にとってマガンは稲を食い荒らす「害鳥」である。それにもかかわらず,人々は「ふゆみずたんぼ」を実施し,2005年には自らが所有する水田のラムサール条約登録に合意した。これは一見すると,行政と地元農家の協働で円滑に蕪栗沼の環境保全が進められているように見えるが,現状に対して地元農家は「しっくり」いかず,彼らは「マガンのため」という行政の意図とは異なる次元に目的を定めることで矛盾する感情に折り合いをつけ,「ふゆみずたんぼ」に取り組んでいる。農家独自の取り組みとしての「実践」が,結果的には行政が意図する「政策」の内容と重なり合う事例は,環境保全を担う主体のあり方を問う際に有効な視座を提示できる。

  • 大門 信也
    2008 年 14 巻 p. 155-169
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は責任実践の観点から,近隣騒音の被害を訴えることの意味について考察し,この問題への適切な制度的対処のあり方を探ることにある。この目的のために「騒音被害者の会」に関する文献資料および聞き取り調査のデータを分析したところ,1970年以降,この会が個々の会員の解決へ取り組みを支援してきたことがわかった。とりわけ騒音被害者の会は,会員たちが粘り強く相手に責任を問い,応答を求め続けることを促してきた。こうした活動は,〈問責-答責関係〉を構築する努力として理解できる。このような実践において「責任」は,何か負担すべき実体や誰かへの配慮としてのみならず,責任を問いそれに答える人々の関係および過程としての特徴を色濃く有していると理解できる。このような考察にもとづき筆者は,近隣騒音問題に対処するためには,〈問責-答責関係〉を維持するという観点のもとに行政制度を再吟味する必要があると提言する。また〈問責-答責関係〉の視座が,環境社会学にとって重要な規範理論的枠組みであることを指摘する。

  • 神頭 成禎
    2008 年 14 巻 p. 170-184
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,ロンボク島(Lombok)バヤン村(Bayan)を1つの事例とし,慣習法的共同体社会が今なお活きた法として遵守する慣習法が,慣習林に代表される地域独自の自然環境を如何に維持してきたのか,またそのために使用者は何を重視してきたのかを分析し,慣習法的土地の維持と宗教性との関係について明らかにすることである。

    バヤン村は7つの慣習林を保有しており,それらは彼ら自身の手によって維持・管理されてきた。この慣習林を使用・管理するうえで規範となっているのが,「森林に関するAwiq-Awiq(慣習法)」である。Awiq-Awiqには,禁止事項や義務的行為についてだけでなく,それらを違反した際に適用される罰則規定も設けられている。それらは,時代とともに移り変わる問題に柔軟に対処すべく,その時々の構成員によって合意・了承され,追加あるいは改変されてきた。その過程において神性に関する長老が強く関与していることから,Awiq-Awiqが宗教性を帯びていることがわかる。

    そのようなAwiq-Awiqによって維持されるバヤン村の慣習林を,井上の提唱する「タイトなローカル・コモンズ」と位置づけた場合,「生態学的機能」および「社会文化的機能」という2つの機能に加え,それを可能にしている重要な要素の1つとして「宗教的機能」があることを本稿にて示唆した。宗教的機能の付加は,単に譲渡不可能性や外部者排除性を生むだけでなく,内部者,すなわち使用者のモラルを向上させるものでもあるからである。

  • 清水 万由子
    2008 年 14 巻 p. 185-201
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    本稿は,公害地域再生と持続可能な地域発展の政策と取組みの指針を導く理論的枠組みの基礎的概念として,環境ストックという概念の必要性と有用性を示すことを目的とする。公害地域再生は被害を生み出した生活空間の再構築を目標とし,それを実現する過程には人々の生活の質に影響を与えるさまざまなストックの再生と,環境被害を生み出した諸ストック間の相互連関構造の変革を必要とする。本稿ではそうした諸ストックを,生活環境を構成する「環境ストック」として,自然環境ストック,人工構造物ストック,文化的ストック,人的能力ストック,社会関係ストックの5つに分類する。環境ストックは,公害によって破壊・劣化させられる対象としての素材的側面と,公害を放置・拡大または防止する主体的側面を持ち,そのうち後者は文化的ストック,人的能力ストック,社会関係ストックの連係によって生じるものと考えられる。素材的側面と主体的側面の相互作用により環境ストックのあり方は変容し,環境制御システムの形成による制度変革がその媒介となる。したがって,公害地域再生と持続可能な地域発展には,環境ストックがその素材面において地域の生活の質を高めるように再生・創造されるとともに,公害を生み出した主体的条件と制度的条件を変容させていくことが求められる。本稿では,理論的枠組みの検討に際して,大阪市西淀川地域における道路公害と地域再生の事例を参照した。

  • 熊本 博之
    2008 年 14 巻 p. 219-233
    発行日: 2008/11/15
    公開日: 2018/12/18
    ジャーナル フリー

    普天間飛行場の代替施設の建設予定地である名護市辺野古(へのこ)区は,1959年に米軍基地キャンプ・シュワブを受け入れた。以来,辺野古の社会構造にはシュワブが深く埋め込まれていき,それゆえに現在辺野古は,新たな米軍基地の受け入れを拒絶することができずにいる。本稿では,環境正義の観点から,この辺野古においておきている問題を描出していく。

    環境正義には,環境負荷の平等な分配を要請する分配的正義としての側面と,環境政策の決定過程への地域住民の民主的な参加を要請する手続き的正義としての側面とがある。本稿では分配的不正義が手続き的不正義を地域社会にもたらし,そのことがさらなる分配的不正義を地域社会にもたらす「不正義の連鎖」が辺野古において生じていることを明らかにした。また,手続き的正義を,制度レベルと行為レベルとに区別し,行為レベルでの手続き的正義を地域社会において実現することが最優先されなければならないことを指摘した。

    なお「不正義の連鎖」の描出は,分析概念として環境正義を捉えることで可能になった。

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