環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
18 巻
選択された号の論文の17件中1~17を表示しています
巻頭エッセイ
特集 環境社会学にとって「被害」とは何か
  • 浜本 篤史
    2012 年 18 巻 p. 4
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー
  • 堀川 三郎
    2012 年 18 巻 p. 5-26
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    2011年3月11日に日本を襲った大震災,すなわち「3.11」は,複合苛酷災害である。だからこそ,「3.11」をめぐって無数の問いが提起されてきたが,それらは集約的に「3.11までの体制でよかったのか」と表現しうる。今,問われているのは,ある原発再稼働の是非だけではなく,「『3.11体制』を再稼働すること」の是非である。では,環境社会学はこの問いにどう答えるのか。本稿では,解答のための一戦略として,「3.11までの体制でよかったのか」という問いを,「環境社会学にとって『被害』とは何か」と再定義して考察する。なぜなら,被害把握こそがもっとも急がれるべき課題であるからだ。被害を矮小化しようとしたり,そもそも被害などないのだとする動きが出てきているなか,あらためてわれわれ環境社会学者が積み重ねてきた被害の実態を語る方法とその成果を示すことが必要である。他の学問分野が語る「被害」が,われわれのフィールドでの感触と大きく異なると感じられる今だからなおのこと,環境社会学にとっての被害を語ることは,学問的にも社会的にも大きな意味をもつ。いまだ明らかにされていない被害を明らかにし,語られていない被害を語るためにも,あらためて被害について再考することが求められている。この作業は,他の社会諸科学との協働をも可能にしてくれるにちがいない。本稿は,そうした協働に向けた粗描の試みの1つである。

  • 友澤 悠季
    2012 年 18 巻 p. 27-44
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    本稿は,特集「環境社会学にとって『被害』とは何か」という問いかけに対して,日本における公害・環境問題研究の草分けの1人である飯島伸子(1938~2001)の学問形成史をたどることで応えようと試みたものである。飯島が研究を始めたころ,「被害」に着目するという方法論は社会学界において決して一般的ではなかった。そこから飯島はどのように「被害」という研究課題を見出し,いかにしてその内実を説明しようとしたのか。本稿はその過程を,(1)大学院社会学研究科と「現代技術史研究会」という2つの場の往還,(2)医学界や厚生行政,そして法廷を意識しながら行われた薬害スモン患者調査,(3)「環境社会学」の制度化以降の1990年代の理論展開という3局面に区分して述べた。

    これまで,「環境社会学」の初期の理論的成果とされる飯島の「被害構造論」の適用範囲は,すでに起きてしまった公害・環境問題の「被害」の解明に限定されがちであった。だが飯島の「被害」における不可視の部分の描写,とりわけ生活を支える家族の関係における苦痛の描写からは,「加害」と「被害」の交錯が見て取れる。その視座には,身体被害が顕在化しておらず,また地域的限定ももたない未発の公害・環境問題をとらえうる普遍性が見出せるのではないか。

  • 藤川 賢
    2012 年 18 巻 p. 45-59
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    本稿では,公害に関する被害構造論の知見をいかして,福島第一原子力発電所の事故をめぐる今後の被害拡大とその予防の可能性を考察する。被害構造論では,加害構造ともむすびついた被害の潜在化を指摘しているが,福島原発事故においても,健康被害と派生的被害の両方で潜在化の恐れがある。それについて,被害構造に関する先行研究と,福島県内でのヒアリング結果を照らしながら,被害と加害の関係を論じている。

    そのなかで,とくに社会的な視点から重要なのは,福島原発事故をめぐる避難がさまざまな関係性を分断していると同時に,それが自分自身の選択の結果として受け止められる傾向である。それによって,苦渋の選択を迫られてジレンマにおちいる人もいれば,物理的な分断に関連して地域の信頼関係が崩れる場合もある。

    こうした点は,原子力施設の立地や存廃問題が,地域内での対立をもたらしながら,立地地域が施設の存続を希望するかのような状況をつくりだしてきたことと深くかかわっている。原発事故の被害地域や原発立地地域の人たちは,ベックが個人化論に関して指摘したのと似た不本意な選択を強いられている。今後,被害者の孤立や問題の風化を防ぐためには,選択の強要を受けること自体が被害であることを社会全体が認識して,加害側の構造を見直し,それを是正するための社会的責任を明確にする必要がある。

  • 植田 今日子
    2012 年 18 巻 p. 60-81
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,2011年3月11日の津波で甚大な被害をうけた三陸地方沿岸の集落の人びとが,なぜ海がすぐそばに迫る災禍のあった地へふたたび帰ろうとするのかを明らかにすることである。事例としてたどるのは,津波常習地である三陸地方,宮城県気仙沼市唐桑町に位置する被災集落である。この集落では52世帯中44世帯の家屋が津波で流失したが,津波被災からわずか1ヵ月あまりで防災集団移転のための組織をつくり,2011(平成23)年度末には県内でももっとも早く集団移転の予算をとりつけるにいたった。舞根の人びとが集団移転をするうえで条件としたのは,移転先が家屋流失を免れた8世帯の人びとの待つ舞根の土地であること,そして海が見える場所であることであった。本稿は津波被災直後から一貫して海岸へ帰ろうとする一集落の海との関わりから,彼らが災禍をもたらした海に近づこうとする合理性を明らかにするものである。

    海で食べてきた一集落の人びとの実践から明らかになったのは,慣れ親しんだ多様な性格をもつ海は,どうすればそれぞれの場所で食わせてくれるのかをよく知り,長い海難史のなかで培われた“死と向き合う技法”と“海で食っていく技法”の双方が効力を発揮する海であった。すなわち,舞根の人びとにとって被災後なお海のもとへ帰ろうとすることが“合理的”であるのは,海がもたらしてきた大小の災禍を受容することなしに,海がもたらしてくれる豊穣にあずかることはできないという態度に裏打ちされている。

  • 山室 敦嗣
    2012 年 18 巻 p. 82-95
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    原子力利用にともない生じた事故等の事態によって日本各地の立地点住民は,程度の差はあれ生活を揺るがされ続けている。こうした現実をふまえるならば,立地点住民の生活保全はいかにして可能かという問題設定の考察が求められているのではないか。

    この問題設定を考察する視角の1つとして本稿は,立地点住民にみられる自省的な態度とその態度にもとづく活動に着目し,それと生活保全との関係を分析する枠組みの構成を試みた。枠組構成にあたっては,生活環境主義の経験論から着想をえた。ただし,立地点住民の経験を把握するさいに住民間にみられる立場性の差異から出発するのではなく,住民に通底しうる経験を対象化し,それを基底に分析枠組みを試論的に構成した。その枠組みのもとで立地点住民の生活保全の可能性を指摘した。また本稿が依拠した経験論的アプローチの立場から被害論とのかかわりについて言及した。

  • 大矢根 淳
    2012 年 18 巻 p. 96-111
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    東日本大震災に災害社会学はいかに対峙しうるのか。災害社会学の半世紀の蓄積に沿って,被災へのまなざしの叢生の過程(天災論,人災論から,間接被災・事前復興・復興災害へのまなざしの獲得を経て,復興ガバナンス論へと展開する過程)を振り返りつつ,その延長において実施される筆者の宮城県石巻市小渕浜での現地調査の緒を例示する。そこでは,被災地復興における既定復興(復興都市計画事業の竣工を復興と同定する視角)を批判的に検討しつつ,現況ではその枠組みに収斂させられつつある諸被災地においても,しかしながら,その履歴・個性に応じた復興ガバナンスがありうることを先例から示したうえで,小渕浜の被災対応,生活再建・コミュニティ再興の一側面を,とくにそこでは,浜のローカルな記憶・言葉(生業やそこにおける諸社会関係など)で紡ぎ出される復興ビジョンをもとに,ボランティアを含むマルチステークホルダー参画型で模索されつつある浜再興の事例として紹介する。

論文
  • 清水 万由子
    2012 年 18 巻 p. 112-125
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    本稿は持続可能な地域発展の分析枠組みを検討するために,地域に蓄積された環境ストックの変容過程という視点から,兵庫県豊岡市のコウノトリと共生する地域づくりの事例分析を行った。本稿では,持続可能な地域発展を,ストックへの投資と利用が再投資をもたらし,自律的に変容していく過程として捉える。豊岡市では,コウノトリの野生復帰をめざしたさまざまな活動が取り組まれている。事例研究では,自然-人工ストックへの投資として生態系保全型圃場整備と湿地環境の創出に,人材-文化ストックへの投資としてコウノトリ育む農法の確立・普及過程に着目した。その結果,素材的な自然-人工ストックと,主体的な人材-文化ストックの間では,相互作用による相互変容が生じていることが明らかになった。相互変容を可能にする要因として,相互作用からの学習による順応性,革新的な取り組みを生み出す文脈が重要な役割を果たしていると考えられる。

  • 黒田 暁, 西城戸 誠, 舩戸 修一
    2012 年 18 巻 p. 126-140
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    高度経済成長期以来の都市化によって,水田地帯であった東京都日野市は水田が現存している地区とほぼ皆無となった地区とが混在している。都市農業の後退に伴い,農業用水路の総延長や機能は縮減した。その一方,地域住民有志による用水の価値を見直す試みが早くから展開され,市行政も多様な価値づけに基づく“環境用水”化による存続を図ってきた。用水の清掃を自発的に担う「用水守」の制度化は,市民参画の点からも注目される。だが現状は市行政による“環境用水”の議論がやや先行し,農業用水路の中心的な管理主体である農家(用水組合)の意向と用水をめぐる有志の活動の歯車は噛み合っていない。つまり,用水の管理主体の再編が急務でありながら,実効性のある制度や仕組みづくりが不十分であり,多様なアクターを相互に結び付ける論理と手段が未構築となっている。本稿では,日野市における農業用水路の歴史的変遷と地域社会の変動との関連から現状を把握し,用水路をめぐる多様な価値づけや実践が,いかにして用水と都市農業を再リンクしうるのか,用水路の維持管理の方向性を具体的に,日野市の水辺の環境政策に位置づけた。そして,“環境用水”のガバナンスの構築に向けて,日野市民の現在の生活実態を軸とした水辺空間の再編・創出を図ることの重要性を指摘した。

  • 牛島 佳代, 成 元哲, 丸山 定巳
    2012 年 18 巻 p. 141-154
    発行日: 2012/11/20
    公開日: 2018/11/20
    ジャーナル フリー

    本稿の目的は,住民の健康を地域特性との関連で解明することにある。水俣病を経験した不知火海沿岸地域において地域特性として着目したのは水俣病補償者割合である。水俣病補償者割合とは大字単位での水俣病認定患者数と医療手帳受給者数の合計を,その大字の総人口で除したものである。水俣病補償者割合が低い大字において,水俣病の補償を受給する住民はスティグマを貼られ,孤立しやすく,その結果,心身の健康が低下する可能性がある。他方,水俣病補償者割合が高い大字で,補償を受給する住民は周囲から承認を得て,医療サービスや経済的なメリットもあって,健康度が向上する傾向がある。住民の健康は,水俣病補償者割合が高い地域/低い地域という脈絡によって左右され,またそれぞれの地域においてよりストレスがかかる住民集団も変化する。こうした知見から,不知火海沿岸地域において水俣病補償者割合という地域特性は,住民の健康度と関連する主要な社会的要因の1つであることが明らかになった。

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