環境社会学研究
Online ISSN : 2434-0618
3 巻
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巻頭エッセイ
特集 コモンズとしての森・ 川・ 海
  • 古川 彰
    1997 年 3 巻 p. 4
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー
  • 鳥越 皓之
    1997 年 3 巻 p. 5-14
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    かつての共有地研究や入会研究と異なり、コモンズという概念は自然と人間とのあいだの関係の持ち方を考えさせる契機を与えてくれる。つまり、よりよい自然環境・生活環境構築への模索の機会である。したがって、本稿でもコモンズという用語を使う限り、具体的な「環境戦略」を示したいと考えたが、それは戦略といえるほどのところにはたどり着いていないかも知れない。

    本稿においては、ムラの所有論を分析することを通じて日本のコモンズには伝統的に「弱者生活権」という権利が存在しつづけたことを指摘した。より具体的には、その権利はいままで思われていたような温情ではなく、所有論からみた権利として存在するのである。すなわちコモンズの存在理由としてそのようなものがあったわけだから、われわれがコモンズ分析を通じて将来へ向かっての環境論を再構築しようとするときには、単なる「共同の利用権」という理解を越えてこの点への配慮が必要だろう。また、コモンズを前近代的な消え行くものとは理解しないで、農業にたずさわるその生産の構造がコモンズの存在と有機的にからんでいることをも指摘した。ムラ内部での生活と労働のあり方を検討しないで、ムラの周辺に広がる森や山や川や海の分析をしてもその研究の成果には限りがあると思われる。

  • 井上 真
    1997 年 3 巻 p. 15-32
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    コモンズには様々な定義・類型がある。ここではオープン・アクセスと共的財産の双方を含む広義のコモンズを、資源にアクセスできる権利が一定の集団に限定されない「グローバル・コモンズ」と、一定の集団に限定される「ローカル・コモンズ」に分類する。さらに後者のうち、管理・利用について集団内である規律が定められ利用に当たって種々の権利・義務関係が伴っているものを「タイトなコモンズ」、利用規制が存在せず集団のメンバーならば自由に利用できるものを「ルースなコモンズ」と定義する。

    今では、私有化と国有化のほころびが明確になるにつれて、「タイトなコモンズ」の重要性が認められるようになってきた。そこで、次にカリマンタンの焼畑民族(ケニァ人)の森林システム(焼畑システム、共有林システム、その他のシステム)を対象とした実証的コモンズ論が展開される。

    ローカル・コモンズには、持続的利用を達成する「生態学的機能」と、社会の秩序を維持するなどの「社会文化的機能」とがある。ここでは、前者を検討する視点として、「偶発的な持続的利用」、「副産物としての持続的利用」、「意図的な持続的利用」という持続的利用の3類型が定義される。検討の結果、焼畑システムと共有林システムは「ルースなローカル・コモンズ」、その他のシステムは「グローバル・コモンズ」であることが結論づけられた。だからこそ、ケニァ人の森林システムは急速に変容しているのである。

    これらの変容は、何世紀かにわたって徐々に進行した市場経済化を基礎にして、1970年代以降の「不完全な産業化」によって引き起こされている。したがって、論理的なオルターナティブは、ケニァ人の社会が産業化への適応力を持つような条件を有した私的財産制度を基本とする「完全な産業化」戦略と、共的財産制度を基本とする社会システムを構築する「コモンズの再構築」戦略である。現在の政策下で後者の戦略は不利であるが、林業基本法第2条を改訂すれば部分的導入の可能性が高まる。そのとき、森林居住者たちが政府やNGOからの支援を得ながら「タイトなローカル・コモンズ」を構築できるか否かが、きわめて重要となるのである。

  • 三井 昭二
    1997 年 3 巻 p. 33-46
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    世界の森林利用・所有の展開は、工業化以前の段階の多様な利用とコモンズ的所有から、工業化段階の木材生産への特化と無規制の私有を経て、木材生産以外の機能の重視と規制された私有の方向をたどるとされる。また、産業社会の行きづまりによって、工業化以前の段階にみられたエコシステムや相互扶助を重んじるコモンズの経済が見直されはじめている。

    このような点をふまえて、日本における森林利用・所有と流域、コモンズの関係について縄文時代からの歴史をたどるなかで、つぎのような点が明らかになった。

    (1)中世後期から近世初期にかけてオープンアクセスの状態からコミュナルな入会林野が成立し、近世中期以降の商品経済の浸透と近代の入会林野解体政策によって、木材生産中心の利用と近代的な所有に置き換えられていった。とくに、高度経済成長によって、入会林野の多様な利用とコミュナルな社会は衰退して、その形骸化を招いている。

    (2)近世にはコモンズに支えられた「流域社会」によって、河川は多様な形で利用されていた。近代以降は国家の主導によって河川の利用は単純化するとともに、高度経済成長によって「流域社会」は解体した。

    (3)1970年頃からは自然保護運動の影響によって森林政策が転換し始めた。さらに、1980年代後半からは地球環境と地域活動が注目され始めるなかで、自然と人間との関係を重視するような考え方が台頭してきた。そのような現状のなかで、森林を舞台としてコモンズや流域を見直そうとする地域の動きがいくつかの地域でみられるようになっている。

  • 在間 正史
    1997 年 3 巻 p. 47-57
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    開発事業は事業による便益が、そのための費用や、事業による損失を上回っていてはじめて合理的といえる。そのためには、費用便益分析などの事業評価が必要である。多目的の河川開発事業についての各目的への費用割り振りの方法として、「分離費用身替わり妥当支出法」が定められている。これは費用便益分析の一種である。

    長良川河口堰は水資源開発特定施設である。水資源開発特定施設の治水用途は、(1)洪水調節、(2)高潮防禦、(3)流水の正常な機能の維持と増進であり、河道流過能力増大の機能および目的はない。同堰は、洪水時には堰ゲートを開放するので洪水調節の目的はなく、潮止めの機能があるので、その治水用途=目的は流水の正常な機能の維持・増進のみである。

    治水用途が何であるかによって、分離費用身替わり妥当支出法での妥当投資額算定において用いるべき効用(被害軽減の便益)の内容と資本還元率が決定される。長良川河口堰において用いるべきは塩害被害軽減の便益であり資本還元率である。建設省は、浚渫・堰一体論によって、浚渫による洪水被害軽減の便益も河口堰の便益にした説明をしている。しかしこれは、公団法令に違反しており、また、浚渫・堰一体論によったとしても長良川河口堰の機能=目的は潮止め、塩害の防止である。

    長良川河口堰の事業実施計画では、妥当投資額の算定がなされておらず、専ら、身替わり建設費のみによって治水用途の負担が算定されている。そのため、治水用途の費用負担額(87.89億円)は、塩害防止の妥当投資額に比較して過大であり、費用便益的に不合理である。これは分離費用身替わり妥当支出法によっておらず、公団法令に違反している。

  • 田中 滋
    1997 年 3 巻 p. 58-71
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    ドイツやスイスにおいては、1970年代後半から、水質問題を下水処理施設によって解決することを入り口として、河川に水を取り戻し、さらには河川をコンクリート漬けの川から豊かな生態系をもった「川らしい川」へと蘇らせる「近自然河川工法」が盛んに行われている。人間中心主義にもとづく近代技術主義からの脱皮が図られているのである。

    一方、1990年代の日本においても、建設省がこの「近自然河川改修法」を「多自然型川づくり」と呼び、率先して導入しようとしている。しかしこの「多自然型川づくり」は、近代技術主義的な「機械論的河川観」のいわば極致とも言える「大規模放水路」や「地下河川」あるいは「地下貯水池」等の建設といった大規模施設型の治水構想と同時並行的に進められている。

    ところで、1980年代初頭には、従来の「機械論的河川観」による治水方式に対する反省にもとづいて、狭い「河道」やそこに設置される「施設」に依存するのではなく「流域全体」を視野に収める形で治水を進めることを目的として、脱近代志向の「総合治水対策」が策定されていた。上記の大規模施設型治水構想はこれに全く逆行するものである。

    こういった意味において、日本における「多自然型川づくり」は、近代技術主義の克服を目指した「総合治水対策」の延長線上にあるものではなく、河川環境事業という名の文化事業、言い換えれば「親水公園」的なものの建設の段階にとどまっているにすぎないと言えよう。

  • 嘉田 由紀子
    1997 年 3 巻 p. 72-85
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    所有関係は、かつて人と人の関係としてとらえられてきたが、環境問題が社会問題化されるにつれて、人と自然のかかわりの中でアプローチする立場があらわれてきた。本稿は、これまで所有関係へのアプローチが観念的、制度的であった限界を越えて、人と自然のかかわりが埋め込まれている地域社会での日常的な生活実践の中から、所有意識とその実態を探る。方法は、写真による「資料提示型インタビュー」であり、余呉湖周辺を事例としてとりあげる。ここは、ひとつの村落が、湖、水田、河川から森林まで一括管理しているミニ盆地ともいえる複合生態系を有しており、生態的場の多様性にあわせた所有観をたどるのに格好の地域である。ここで明らかにされた所有関係の基本は、対象資源の生態的特性と空間、時間という組み合わせのなかで関係論的にきまってくる“重層的所有観”であり、「一物一権主義」という近代法の原則と大きく異なる。そこには〈総有〉ともいうべき基本原理が働いており、背景には、“労働”(働きかけ)と“資源の循環的利用”のなかで村落生活を維持しようとする生活保全の原理がはたらいている。

  • 秋道 智彌
    1997 年 3 巻 p. 86-99
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    日本の山野河海は、明治期以降の近代化のなかでさまざまな変化をとげてきた。なかでも、発展のための環境利用はかならずしも生活によい影響をもたらさなかったことが指摘され、開発の功罪が問われている。発展か保護かという二項対立的な発想による問題解決の方法をいかにして超えることができるだろうか。川が山と海をむすぶ生態学的な媒介となっている点に注目して、なわばりという観点から川の問題をとりあげ、近代の意義を考えた。

    近代化が開始された時期に、環境がどのようにみなされていたかを明らかにするため、資料として明治25(1892)年に農商務省により実施された『水産事項特別調査』の結果をとりあげ、そのなかの河川湖池における漁獲物の増減にかんする理由の記述内容を検討した。とくにサケとアユのような河川を溯上する魚類に着目した。漁獲の減少した要因には、鉱山開発や森林伐採、農業用の肥料である石灰の河川への流入、漁業者自体の増加などが大きな要因とされている。また漁獲の増加した要因には、人工孵化と漁具・漁法の制限や規制があげられている。増加ないし減少ではなく、漁獲が変動するわけについては、雨量、温度、出水の有無などの自然的な要因が関与するとみなされている。

    漁具・漁法の制限と養殖をもとにした資源の管理と増産をもくろむ発想は、現代にも通じる資源観といえる。しかし漁獲の減少を進歩に伴う害と位置づけた点は負の意味で注目しなければならない。すなわち、川を犠牲にし山と海を結ぶ生態系の役割を軽視する産業偏重の近代化がすすめられたことを意味するからである。

小特集 流域の環境保全
特別寄稿
  • Jeffrey Broadbent
    1997 年 3 巻 p. 121-128
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    This paper investigates the causes for the start of the cycle of environmental protest in Japan in the mid-1960s. Some argue that a broad cycle of protest starts when stimulated by sudden short-term openings in the political opportunity structure (POS). Alternately, others argue that a closed POS is more likely to generate a cycle of protest. In studying the Japanese case, this paper finds that while short term openings in the POS stimulated the broader cycle, they were not necessary for the later cycle of environmental protest. Rather, when the POS rejected their formal complaints, communities mobilized unruly protest throughout the nation. The findings support a two-stage model: initial POS openness, but later POS rejection of political demands based on this new frame.

論文
  • 田窪 祐子
    1997 年 3 巻 p. 131-148
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    1996年8月に新潟県巻町で行われた、日本で初めての条令に基づく「原発住民投票」は高い投票率を得て町の原発政策を決定した。住民投票の実施には、2年前に発足した巻町民の会「住民投票を実行する会」が決定的な役割を演じている。この会は「住民投票による町民の原発についての意志の確認と町政への反映」を目標とした社会運動組織で、「自主管理住民投票」から始まる多様な戦略を展開し、運動目標を達成した。本稿では、政治的機会、資源動員、フレーミングの3要素を手がかりとして、この組織の誕生・発展と成功の理由を明らかにし、「結果指向型」運動の分析における総合的な視点の重要性を指摘する。

  • 丸山 康司
    1997 年 3 巻 p. 149-164
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    環境問題に対する認識が深まるにつれて、自然との共存という概念が注目されてきている。だが、共存の対象となる自然についての認識は必ずしも深まってはいない。自然保護に関する意識を見ると、観念的な自然保護に規定されている傾向が認められ、人間の介入を規制することによって自然が保護されると理解されている。しかし、実際に自然と接触のある地域においては状況が異なり、より具体的なレベルで自然保護を理解している。ここで、注目されるのが生活と環境という領域における諸研究であるが、人間-自然関係のうち親和的ではない関係の持つ意味について、十分検討する必要がある。

    青森県脇野沢村では、天然記念物である北限のサルによる食害問題が深刻化しており、サルの保護と地域社会の両立が大きな問題となっている。このことが問題化した原因としては、明治以降の狩猟、森林伐採、拡大造林、サルの観光資源化、不良作物の投棄などの事実が複合的に作用したことが指摘できる。自然との共存とは、これらを総合的に扱いながら問題の解決へ向けて対策をとることであると思われる。

    ここでは、サルの保護と被害という状況の中で、総合的な解決に向けた試みが行われている。その1つの理由として、サルが存在感に満ちたものとして認識されていることがあげられる。このような認識を得るに当たってサルの否定的な要素も組み入れた上での総合的な接近が重要な意味を持っていると考えられる。

  • 井上 孝夫
    1997 年 3 巻 p. 165-178
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    わが国において、環境を保全する権利として環境権は必ずしも承認されているわけではない。このような状況のもとで最近、所有論に依拠して環境保全の論拠を提示しようとする議論が見受けられる。その論点を一言でいえば、地域に居住する住民には共同占有権(都市地域)、総有権ないし入会権(農山村地域)が存在し、それが環境保全の権利根拠になり得る、というものである。しかしこういった議論は次の点で問題が残る。

    (1)入会、総有は基本的に封建的所有形態であり、封建的な共同体(Gemeinde)が解体した近代以降の社会においては存続し得ない。

    (2)また住民がそこに居住していることの反射的な権利としての入会的な権利は法律の保護の対象とはならず、したがって環境保全の権利根拠とはなり得ない。

    (3)入会的な山林所有の形態はわが国の歴史的現実に照らしてみても環境保全的であるとはいい難い。

    このように所有の視点を環境保全の論拠とすることには限界がある。そこでこの限界を突破するための環境保全の戦略として、この小論では(1)環境権の中核としての人格権が差し止め請求の法的根拠として判例上認定されていることを足場として、身近な生活環境に関する保全の論拠を提示し、また(2)貴重な自然環境の保全についても、個々人の利益の集積を代表するという論理で、裁判における「訴えの利益」を主張していく、という方向性を提示した。

  • 品田 知美
    1997 年 3 巻 p. 179-195
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    経済原理としての互酬は、これまで環境との関係では市場交換や再分配に比べて優位な扱いを受けてきたにもかかわらず、その理由が明確に語られたことはなかった。はじめに本稿では、互酬に対して「2以上の対等関係にある主体が、貨幣によらずに対象を取り引きすること」という操作的定義を与える。次に、環境と互酬の接点については、森林の取り引きを具体例とした理論的考察により、主体の対等関係および取り引きに付随する内的意義という2つの要件からみて、互酬が市場交換よりも世代間や国家間の取り引きにおいて優位に立つ可能性を示す。

    その上で、“近代と両立しうる共同体”を指向する組織として共的セクターを位置づけ、ヤマギシ会、生活クラブ生協、(株)大地の3事例の検討を通して、互酬の存立要件を検証したところ、組織内部で互酬取り引きを存続させる場合、主体と対象に課すべき一定の制限が明らかになった。近年、組織内での互酬取り引きの維持はますます困難になりつつあるようだ。

    だが、主体の対等性という互酬の要件は近代社会の理念と親和的なので、組織内部に限らずとも、互酬は個人や他の民主的組織を主体とした私的領域において、十分に成立する余地がある。また、特殊な市場での交換にも、環境にとって有意義な「内的意義」を伴った取り引きが成立する余地が残されている。ここには、互酬と環境に関して共的セクターに限定しない議論の可能性が開かれていると考える。

  • 青柳 みどり
    1997 年 3 巻 p. 196-212
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    本論文では、全国の無作為に抽出された16歳以上の男女を対象にした面接調査によって得たデータにもとづいて、環境に関する知識の獲得に対するマスメディアの影響を分析した。12項目の科学的な事柄や環境問題に関する質問をし、その正答数を知識得点とし、回答者の属性やメディア接触との分析を重回帰分析で行った結果、性別(係数が男性に正)、年齢(高齢ほど負)、教育レベル(高い教育を受けているほど正)、婚姻の状況(結婚している回答者に正)、そしてメディアとの接触が有意な変数として取り上げられた。

    メディア接触との関連で有意になった項目は、テレビについては報道関係の特集、ドキュメンタリー番組の視聴、新聞では医療・健康欄、国内政治欄の購読、そして雑誌では科学雑誌の購読であった。しかし、テレビのスポーツ番組やドラマを好んで視聴している者の知識得点は低い傾向にあり、統計的に明らかなメディア効果の存在が本分析により明らかになった。

  • 原田 利恵
    1997 年 3 巻 p. 213-228
    発行日: 1997/09/20
    公開日: 2019/03/26
    ジャーナル フリー

    この論文においては、水俣病生活被害の社会的側面に焦点を当てる目的で、初期の劇症患者の子弟であるが、既往症がなく、青年期以降他出して水俣病事件の当事者にならなかった個人の生活史を見ていく。

    これまでの水俣病に関する研究蓄積から推察される通り、水俣病患者家族が経済的貧困に陥り、地域の差別の対象となっていたことが具体的に示されるとともに、ここでは、ある時点から患者家族であることを公にし、むしろ積極的に患者家族として社会と関わることを選択するようになった事例を扱うことによって、患者家族にまつわる諸困難をどのように乗り越えていったのかという過程を描いていく。

    そこで明らかになったことは、「奇病の子」というスティグマ化した自己という重荷を水俣地域から他出したことにより軽減し、他者との関わり方によって、水俣病患者の子であることにむしろ積極的な意味を見い出し、さらには社会的資源として活用していくという、今までの患者家族像とは異なる水俣病第二世代としての新しいアイデンティティであった。

研究ノート
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