本號に於ては本邦産ムチゴケ屬 (
Bazzania) 中未だ圖示せられず, 又その記載も原記相交の外殆ど見るべきものゝない種若干を報告する。本研究に使用した標本は總て吉永虎馬氏 (高知市) の所藏せられるものである。今囘筆者の乞ひに應じて貴重なる標本全部を貸與された同氏に深く謝意を表する。
22)
ムカデゴケの原記相文は極端な形に基いて與へられたがその後種としての範圍を擴げられたものである。相當に變化に富む種であつて中部以南の山麓地帶に普通に分布する。
23)
フタバムチゴケは亞高山地帶の樹皮に普通である。莖上部の葉は屡ゞ脱落して腹葉のみを殘す。小形の明瞭な種である。
24)
サケバムチゴケの原記載は部分的に見られる特徴が一般的なものとして而も幾分誇張されてゐるやうである。日本の高山乃至亞高山の岩場に稍普通に見られる種で非常に變化に富むものである。
25)
ホソムチゴケ (新稱) はSTEPHANI未發表の1種であるが, 筆者は之を前述サケバムチゴケの細長なる一變種とした。本邦の高山に於て同種を多量に採集研究したが, 基準種と本變種間には種々の中間的な形が存在するやうである。
26)
モエギムチゴケの原標本はSTEPHANIの原記載文末尾にInouë 59とある通り本研究に使用したものゝ一半であるが, STEPHANIは之を
Bazzania semiconnata STEPH. と同定してゐる。多分初め該種に含め, 後之を新種と認めたものであらう。この事實は吉永虎馬氏も既に氣附いてをられ筆者に綿密なる書簡を賜はつた。茲に厚くその好意を謝する。
27)
ヤマトムチゴケは本邦の中部以南に普通なる一種である。本號に扱つたムチゴケ中既に圖のある唯一の種であるが, SANDE LACOSTEの原記相文及び同圖共に極めて不滿足のものであつてその正體を確實にする事は困難である。よつて本研究に於ては主としてSTEPHANIの記相文に頼つた次第である。
28)
ヒメムチゴケは主に山麓地帶に生育する小形の苔である。一體ムチゴケ屬の分類には腹葉の構造並びに形状が大いに手掛りとなるものであるが、本種及びシロムチゴケは腹葉の細胞が薄膜透明なる一群に屬し, 腹葉の細胞が葉細胞同樣に葉緑粒を含み不透明にして角隅の肥厚せる他の一群に對するものである。
尚本種は一方ではシロムチゴケ, 他方では
B. ceylanica (MITT.) NICHOLS. なる2個の大きな種の中間を占める小さい種と考へられる。
29)
ヨシナガムチゴケは本邦の深山に生ずる強大なるムチゴケである。STEPHANIの原記相文に於て本種及びサケバムチゴケは吉永氏採集となつてゐるが, 實は田村氏が採集して吉永氏に送附し, 吉永氏が之をSTEPHANIに送つたものである。
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