人口学研究
Online ISSN : 2424-2489
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20 巻
選択された号の論文の46件中1~46を表示しています
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表紙・目次
会長講演
論文
  • リャウ カオ・リー, 早瀬 保子
    原稿種別: 本文
    20 巻 (1997) p. 3-21
    公開日: 2017/09/12
    ジャーナル フリー
    本稿は,1992年ジンバブエ人口センサスの個票データを基に,1980年独立後の1982〜92年の農村/都市間の男女別,出生地別,教育水準別の移動の選択1生に焦点をあて分析を行ったものである。また,本分析では,植民地期の都市政策をはじめとする植民地政策,文化的規模や最近の社会経済情勢との関連において移動の選択性の解明を試みた。主要結果:第一に,都市から農村への成人男女の流出率は,労働年齢を通して高い水準を保ち,年を経ても低下する傾向が認められなかった。これは,植民地期の都市政策が少なからぬ影響を与えていると考えられる。すなわち,大部分のアフリカ人都市労働者は,都市に資産を形成し,生涯定住することを妨げられたためである。第二に,男性と比較し,女性は農村から都市への移動率がより低い一方,都市かち農村への移動率はより高い。これは,伝統的に,女性に農業労働の重圧が課されているばかりか,都市では女性の雇用機会は相対的に少ないためである。第三に,男性,特に農村生まれで未就学の男性に限り,都市から農村への移動が高齢期に急増する傾向が見られた。これは,以下の社会経済的状況が移動性向に反映したものと考えられる:(1)男性高齢者が,特定の地域に資産を形成する最も重要な方法は農地を維持すること,(2)農村社会では,高齢の男性は,一族の中で長老者として特権的な地位が与えられること,(3)有配偶の男性移動者の多くは,農村における耕作権の保持などのために,妻を農村に残していること。第四に,未就学者は,農村から都市への移動が困難で,一方,容易に都市から農村にはじき出される。彼等は,経済不況が長期化する中で,教育水準の低い階層における「反都市化」現象に貢献している。
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  • 加藤 久和
    原稿種別: 本文
    20 巻 (1997) p. 23-35
    公開日: 2017/09/12
    ジャーナル フリー
    本論文は,戦後わが国の出生率変動の時系列推移の特徴を明らかにするとともに,その構造変化について分析を行ったものである。近年,低下しつづけるマクロ出生率指標が単位根を有するか否かについて,様々な検定を行った結果,単位根を有するという帰無仮説は棄却できないという結論に至った。すなわち,出生率の低下は「確定的な」トレンドに沿った推移ではなく,長期的な確率的要素に大きく影響を受けていることが判明した。また,丙午以降,わが国の出生率の時系列構造に変化が生じていることをステップワイズ・チョウ検定により明らかにするとともに,こうした構造変化を考慮しても以上の結論は維持されることを示した。マクロの出生率推移,とりわけ合計特殊出生率に単位根が存在するという前提の上で,これを長期的な成分と短期的な変動に分解したところ,丙午において,いわゆる「出生届出の回避」が数パーセントあったことを示した。さらに,以上の帰結の応用として,わが国におけるButz-Wardモデルの適用可能性を検討したところ,家計所得や女子賃金といった経済変数と出生率の間に共和分の関係がないことから,これを否定する結論を得た。時系列分析による分析は,構造解析という点では限界があるものの,出生率の時系列特性を明らかにするという点では有用であり,本論文はその意味において,人口学的分析に新たな視点を提供したものである。
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  • 河野 稠果
    原稿種別: 本文
    20 巻 (1997) p. 37-47
    公開日: 2017/09/12
    ジャーナル フリー
    1994年9月に開催されたカイロ会議からすでに2年半が経過したが,それ以前の国連会議とは異なり,その記憶は常に新しい。フェミニズムを直正面に押し出したカイロ人口行動プログラムの当否をめぐり,現在でも盛んな論争が続いている。それは,カイロ会議がこれまでとは違った新しい人口問題解決のためのパラダイムを示したからである。カイロ会議の中心テーマは女性のエンパワーメントであり,そのキーワードはリプロ・ヘルスである。行動プログラムは,女性のエンパワーメントなくしては,世界人口安定化も人口問題の解決もないというスタンスに立ち,人口のあらゆる分野においてこのモティーフの実現を試みている。これに対して,これまで伝統的に人口政策に関係してきた人口学者は,カイロの新鮮かつ大胆な考え方に圧倒され,眩惑されながらも,多くは徐々にそれに対する複雑な反応を表現し始めているように見える。本稿は,特にアメリカの人口学者たちが最近議論している懸念・批判を紹介し,カイロ会議の意味をもう一度考えてみた。女性のエンパワーメントによって,地球人口の安定化は達せられるかどうか。カイロ文書は,女性の地位向上・役割の拡大そのものが目的で,人口は二の次になってはいないだろうか。リプロ・ヘルスはレッセ・フェールであり,それだけで人口安定化が達せられるのであろうか。リプロ・ヘルスはこれまでの家族計画活動の勢いをそぐ結果にならないだろうか,等々の疑問が生ずる。しかし,いくたの批判があるとはいえ,フェミニズム的行動計画が昔の方向へ後戻りすることはあり得ない。今後の課題はその不備・欠陥を補い,その発想を実際の問題解決のために具体的に翻訳することである。
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  • 高橋 眞一
    原稿種別: 本文
    20 巻 (1997) p. 49-63
    公開日: 2017/09/12
    ジャーナル フリー
    最近,多くの開発途上国で出生力の低下が生じているが,人口転換によるその説明はいまだ明確でない。従来の人口転換論を検討し,その問題点を明らかにした上で,資源利用と関連する二つの人口レジームのモデルを設定した。それらは,第一に更新資源を主に利用する生産力の低い段階で,人口と経済の不均衡を様々な要素の調節によって解決しようとする人口調節レジーム,および第二に非更新資源利用と市場経済化による圧倒的な生産力上昇の結果,調節から解放された,人口の諸要素の質的ともいえる変化をもたらす人口転換レジームである。このモデルを利用して,いまだ貧困で農業の比率の高いタイ東北部コーンケン周辺の農村の実態調査によって,その出生力低下の説明を試みた。この地域では,第二次大戦前の死亡率低下によって,家族の労働力供給の過剰があったが,1950年代まで新しい農地の開墾やそれと関連した移動がその不均衡を解消していた。その後開墾する森林の減少,やせた土壌や不安定な気象条件によって土地生産性を上昇することの困難性,結婚率を変える環境の欠如,都市への移動の困難性等によって,1960年代には家族人口の過剰が強く意識されだした。1970年に政府の家族計画政策の実施とともに,農民は出生抑制を行いはじめた。この出生力低下は人口調節レジームによってもたらされたといえる。1970年代以降,所有農地の細分化とともに,都市への移動者は,高学歴者を除いて,臨時的雇用やインフォーマルセクターに主に雇用されたために,農業と臨時的農外就業による兼業化によって過剰人口が引き続き吸収された。さらにこれ以降,農業生産の機械化,ゆい労働力の賃労働化,米と野菜以外の市場購入,高学歴化に向かう子供の教育費用の増大,電化による耐久消費財の導入など,市場経済化および非更新資源利用の増大がみられ,子供の量から質への変化による出生力転換が進み,人口調節レジームとともに人口転換レジームによる出生力低下もみられるようになった。このような二つのレジームの作用による人口転換は,それらレジームの過程は異なるものの多くの開発途上国で経験されつつあると考えられる。
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