ニホンウズラET (ear-tuft)系統は,hyomandibular furrow (HF)の閉鎖異常,および,この異常に起因する耳房と耳口異常が特徴である。これらの異常は,常染色体性の劣性遣伝子
hfdによって支配されている。ET系統は既に
hfd/
hfdの遣伝子型に固定しているが,外観的に正常な個体も出現する。前報で,孵卵5日胚におけるHFの閉鎖異常の出現頻度は91%,孵卵15日胚における耳口異常の出現頻度は42%であることを報告し,孵卵5日胚に生じた異常の約半数が,後の胚発生の過程で修復されると推測した。本研究は,HFの閉鎖異常に対する修復が存在することを確認したものである。ET系統の孵卵4~15日胚において耳口形成過程を観察し,HFの閉鎖異常およびpeduncleの出現頻度を調査した。HFの閉鎖異常は,孵卵7日以降,耳口異常と呼ぶべき形態を,また,peduncleは,孵卵11日以降,耳房と呼ぶべき形態を示した。孵卵4日胚では異常は認められなかった。孵卵5日胚におけるHFの閉鎖異常出現頻度は91%であったのに対し,6日胚では44%と減少し,ほぼ同様の頻度が孵卵15日まで持続した。孵卵5-6日の間に胚の集中的な死亡はみられなかったので,孵卵6日までにHFの不完全閉鎖の出現頻度が約半分に減少した理由として次の2つが考えられた。1つは,孵卵5日胚に生じたHFの閉鎖「異常」の約半数が修復されたとする考えであり,他の1つは,約半数の胚において閉鎖「遅延」が回復したとする考えである。
ET系統では,HF周辺に発生の起源を持つ頭部骨格に異常が出現することが既に知られている。孵卵5日におけるHFの不完全閉鎖の約半数が閉鎖遅延であり,孵卵6日に至って正常に閉鎖したとすれば,頭部骨格異常の出現頻度は45%程度(91%×1/2)になると考えられる。ところが,孵卵15日胚における頭部骨格異常の出現頻度は87%であり,孵卵5日におけるHFの不完全閉鎖の出現頻度と良く一致している。この事実は,孵卵5日胚にみられたHFの不完全閉鎖が,閉鎖「遅延」ではなくて「異常」であることを強く示唆している。孵卵5日胚のHF周辺に生じた異常は,表層の耳口レベルでは修復されやすく,内部の骨格レベルでは修復されにくいと考えられる。孵卵5日胚182例中,HFの閉鎖異常が軽度のもの93例(51%),重度のもの73例(40%)であったのに対し,6日胚178例中では,軽度のもの20例(11%),重度のもの58例(33%)であり,主に軽度の異常が修復されると考えられた。
3種類の交配,(1)外観的に正常な個体同士,(2)正常な個体と異常を有する個体,および(3)異常を有する個体同士の交配,から得られた胚におけるHFの閉鎖異常の出現頻度は,5日胚では,88, 92,および95%であったのに対し,6日胚では,16, 62, 49%であり,正常個体同士の交配に由来する胚において高率にHFの閉鎖異常の修復が起こっていると考えられ,遣伝的背景の影響が示唆された。
孵卵5日胚におけるpeduncleの出現頻度は42%であり,ほぼ一定の頻度が孵卵15日まで連続的に観察された。出現頻度が一定であったことに加え,peduncleの位置および体全体に対する相対的な大きさには,5日胚と6日胚の間で差が見られなかったことから,peduncleは,一度形成されると修復されることはほとんどないと考えられた。
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