精子の温度ショックならびに希釈ショック現象と精子の代謝との関連について実験を行ない次の結果を得た。
(1) 精液温の急冷は精子の呼吸ならびに解糖量を著しく低下せしめ,精子活力も障害された。なお,豚精子の場合,精液温の急冷によつても温度ショックが認められない温度差は10°C以内であつた。
(2) 精液に卵ク液が添加された場合は精液温の急冷によつても精子の代謝能力の低下は少なく,卵黄が温度ショックから精子を保護する効果が認められたが,その保護効果にも限度があり温度差が大きすぎる場合には精子のショックを防止し得なかつた。
(3) 同一温度差の精液温急冷の場合でも,高温度域において行なわれた場合は低温度域におけるよりも精子の代謝障害は少なく,精子活力の低下も軽微であつた。
(4) 精液温を保存適温まで降下せしめる場合に,豚精液では1時間程度を要して徐々に行なえば温度ショックは防止され,所要時間の短縮に伴つて精子の代謝量ならびに活力に対する障害が大となつた。
(5) 精液を瞬間的に希釈した場合は,希釈倍率が大となるほど精子の代謝量ならびに活力が障害され,且つその障害度には使用した希釈液の種類による差はほとんど認められなかつた。
(6) 精度を徐々に希釈する場合に,10倍希釈の場合は1時間程度を要して行なうのが適当であつた。また徐々に希釈を行なう場合は希釈液の種類によつて差が認められ,精子の代謝を促進する効果を有する希釈液を使用した場合の方が好結果を示した。
(7) 保存適温に保存され運動静止状態にある精子は希釈ショックを受けることが少なく,優良な希釈液を使用すれば極端な高倍率希釈でないかぎり精子の代謝量はむしろ増進される結果を得た。
(8) 希釈時の精液温は高温にある方が低温にある場合よりも希釈ショックが緩和された。
(9) 温度ショックあるいは希釈ショックを受けた精子は時間の経過によつても恢復することはなく,また一方ショックの程度が時間の経過に伴なつて累進されることも見られなかつた。
(10) 以上の結果を綜合的に考察すると,精子のエネルギー支出が獲得量を超えるような条件が与えられたときに,精子はショックを受け活力を害されるに至るものであるという考え方が成立するように思われる。
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