日本放射線影響学会大会講演要旨集
日本放射線影響学会第50回大会
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特別講演
がん研究における放射線生物学 ー過去・現在・未来ー
  • 安藤 興一
    セッションID: SL1-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    私は、今般50回記念大会を開催するにあたり、放射線影響研究の過去を振り返り、現在を想いつつ将来を考える機会であると考えました。放射線研究は幅広い領域を扱っておりますので、生物学研究も広範囲に渡ります。人は誰しも特有の発想をしますし、それは当人の資質とそれまでの経験を生んできた環境に規定されます。私は放医研という大変ユニークな研究所にて35年もの間にわたる研究生活を送る事が出来ました。がん放射線治療の生物学的研究であります。従って、ここでは治療の基礎である生物学において今までの歴史で何が大切な発見であったかを見つめることから、今回のお話をしたいと存じます。過去において重要な発見は下記の5項目であると考えます。即ち、(1)コロニー形成法、(2)亜致死損傷および潜在的損傷とそれらの修復、(3)腫瘍低酸素、(4)細胞の再増殖と放射線治療における4R、(5)アポトーシス。次に現在における重要な発見と提唱については、(6)線量-効果における線形-二次関係および(7)陽子線治療、だと思います。最後ですが、将来は難問です。ハリウッド映画監督サミュエル・ゴールドウインの警句{“Never make forecasts, especially about the future”}は正しいでしょうが、それでも敢えて挙げれば下記の2事項が近未来に重要な発見がもたらすのではないかと想います、即ち、(8)遺伝子情報に基づいた放射線感受性予測、そして(9)細胞内・外に発現している分子をin vivoで捕らえる分子イメージング、であります。これらの予測が当たっているかどうかは20年後には明らかになるでしょう。 付記:治療以外で重要な発見には(10)分割照射によるマウス胸腺リンパ腫誘発があります。
  • 辻井 博彦
    セッションID: SL1-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    エックス線が発見されてから100余年、がん治療における放射線治療の存在感がますます強くなっている。最近は特に、病巣への線量集中と正常組織の温存を可能とした高精度照射装置が次々と開発され、治療成績の改善とともに適応疾患の拡大に貢献している。歴史的に放射線治療は、エックス線発見の僅か2ケ月後に始められ、3年半後には初めて放射線による局所治癒例が報告された。その後、放射線治療は大きな期待を担って続けられたが、当時の低エネルギーX線では、がんは思うように治らず、皮膚障害ばかりが目立つという歯がゆい状況が続いた。 1950年代初頭になって、こういった状況は大きく変わることになる。テレコバルト装置やLinacといった超高エネルギー治療装置が登場したからからであり、同時に、より有効な線量集中照射法を目指して、十字火照射、集光照射、振子照射、および回転照射などの開発も活発に試みられたからである。1960年には高橋がIMRTの原形となった原体照射法を発表したが、この時点では、これにより劇的な成績改善には至らなかった。当時のアナログ制御のもとでは限界があったからである。 1972年に発表されたCTは、診断の世界はもちろんのこと、放射線治療の可能性を飛躍的に広げてくれた。CT出現によりディジタル計算が可能になったことで、高橋の考え方も一気に花開くことになったし、革命的ともいわれる強度変調照射法も開発されたのである。陽子線や炭素線治療などイオン線治療も、CTにより体内線量分布計算が可能になったことから、その特徴を発揮できるようになった。しかし、問題がないわけではない。これまで数多くの最先端照射装置・照射法が商品化され、普及しつつあるが、これらの棲み分けは必ずしも明確でなく、いわば戦国時代が続いている。 放射線治療の歴史は一貫して、「より強く、より優しい治療法」を目指した努力の積み重ねであった。21世紀になり、本当にこれが現実のものとなるか、プラス何かが必要である。ここでは、臨床からみた放射線生物学の役割などについても触れたい。
極低線量での染色体損傷誘発
  • NAGASAWA Hatsumi, LITTLE John B.
    セッションID: SL2-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    The bystander effect for chromosomal aberrations and SCEs was examined in Chinese Hamster cell lines deficient in either non-homologous end joining or homologous recombination.
    Dose-response curve for induction of chromosomal aberrations was curvilinear for all cell lines, with a great effect occurring at low fluences owing to aberrations arising in bystander cells. These aberrations were predominately of the chromatid type.
    We are presently examining the HR repair defective cell lines in different Rad 51 paralogs, as well as a cell line deficient in BRCA-2. The frequencies of SCEs measured in three non-irradiated wild type cell lines were approximately 0.3 SCE per chromosome, whereas only 0.16 SCE per chromosome was observed in two Rad 51C -/- cell lines. SCE frequencies significantly higher than the baseline line level were induced in wild type cells. On the other hand, induction of SCE was minimal or absent after α-particle irradiation in all of the mutant cell lines. These results suggest that Rad 51 paralogs may contribute to DNA damage repair processes involved in the induction of SCEs in bystander cells by very low fluences of α-Particles.
アメリカとヨーロッパにおける宇宙科学研究
  • CUCINOTTA Francis A.
    セッションID: SL3-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    Space radiation presents significant health risks to astronauts on the International Space Station and for future missions to the Earth's moon or Mars. Risks of concern are carcinogenesis, degenerative tissue effects including early and late responses to the central nervous system, heart disease and cataracts, and acute risks. Methods used to project risks on Earth need to be modified because of the large uncertainties in projection models for space radiation risks, and thus impact safety factors and mission costs. We describe NASA's unique approach to radiation safety that applies uncertainty based criteria within the occupational health program for astronauts. The terrestrial criteria of the "point estimate" of the maximum acceptable level of risk is supplemented by a requirement that protects against risk projection uncertainties using the upper 95% confidence level (CL) in the radiation cancer projection model. NASA's 95% CL criteria links space flight safety to a vibrant ground based radiobiology program investigating the radiobiology of high-energy protons and heavy ions using the NASA Space Radiation Laboratory (NSRL) at the Brookhaven National Lab. The near-term goal of this research is new knowledge leading to the reduction of uncertainties in projection models. Long-term goals include the development of biomarkers and countermeasures of space radiation risk. Risk projections involve a product of many biological and physical factors, each of which has a differential range of uncertainty due to lack of data and knowledge. The current model for projecting space radiation cancer risk relies on the three assumptions of linearity, additivity, and scaling along with the use of population averages. We describe mechanistic research that will reduce uncertainty estimates for this model by testing these underlying assumptions.
  • DURANTE Marco
    セッションID: SL3-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    Space radiation has been long acknowledged as a potential showstopper for long duration manned interplanetary missions. Our knowledge of biological effects of cosmic radiation in deep space is almost exclusively derived from ground-based accelerator experiments with heavy ions in animal or in vitro models. In an effort to gain more information on space radiation risk and to develop countermeasures, NASA started several years ago a Space Radiation Health Program, which is currently supporting biological experiments performed at the Brookhaven National Laboratory (Upton, NY). Accelerator-based radiobiology research in the field of space radiation research is also under way in Russia and Japan.
    Space radiation research in Europe has been mostly driven by flight experiments, and remarkable results were gathered in the field of space radiation dosimetry in low-Earth orbit. The European Space Agency (ESA) has recently established an ambitious exploration program (AURORA), and within this program it has been decided to start a ground-based space radiation biology program. Europe has a wide tradition in radiobiology research at accelerators, generally focussing on charged-particle cancer therapy. This expertise can be adapted to address the issue of space radiation risk.
    To support research in this field in Europe, ESA issued in 2005 a call for tender for a preliminary study of investigations on biological effects of space radiation (IBER). This study has been completed in 2006, and the study group has recommended ESA to support a research program on biological effects of heavy ions using GSI in Darmstadt (Germany) as main facility and GANIL in Caen (France) as secondary facility. The new accelerator currently under construction at GSI, FAIR, will be able to provide beams at very high energy in the future, thus covering an energy range (2-20 GeV/n) of great importance in space but poorly explored so far. New biology research topics identified as possible targets for large integrated projects were noncancer later effects, acute effects by large solar particle events, and interaction of space radiation with other space environment stressors.
シンポジウム
【第50回大会記念】日本の放射線影響研究を顧みて
  • 菅原 努
    セッションID: S1-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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     我が国での放射線影響の研究は第五福竜丸事件(1954年)に始まった。我が国は世界で唯一の原爆被爆国であるが、その被ばく直後の調査研究は占領軍政府によって封印されてしまった。1945年以降も米・ソ連・英・仏などでは原爆の爆発実験が繰り返し行われていたが、それに我が国の科学者が注目するようになったのは、この1954年の事件以後である。そのころの大気の放射性物質での汚染は著しいもので、放置できない状況にあった。この測定には我が国の学者がすぐに対応できたが、放射線を全身に受けた場合については、我々はほとんど知識を持っていなかった。アメリカから専門家が援助に来日したが、そこでアメリカでは原爆の開発と並行して、大規模な生物学的研究を行っていたことを知った。内科医で放射線科も兼務していた私は、RadiologyをつうじてICRP(1950)の勧告をしり放射線障害に関心を持っていた。私は1955年に国立遺伝学研究所の新しい変異遺伝部に移り、研究に専念することになった。我が国ではこれをきっかけに文部省(当時)科学研究費で「放射線影響の研究」が始まった(桧山義夫編「放射線影響の研究」東京大学出版会1971)。これを受けて1959年に日本放射線影響学会が設立されたのである。また1955年には原子力基本法が制定され、我が国も原子力時代に突入した。こうして世界の状況を把握し、それに負けない研究成果をあげるべく、新しい体制が作られ、放射線の生物作用の本体を探る研究が展開されていった。そのレベルアップと国際化の努力のあとに、昭和の和魂洋才の流れを見るような気がする。
  • 市川 龍資
    セッションID: S1-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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     日本における放射線影響の研究は、1945年夏の広島、長崎の原爆被災と1954年3月のマグロ延縄漁船第五福竜丸被災事件にはじまる。ビキニ環礁の米国水爆実験による放射性物質の降下により漁船、漁獲物の放射能、乗組員の被ばくが社会に強い衝撃を与えた。放射能汚染は海と魚だけではなかった。それに続いて空からも放射性物質が降下し農作物その他にも放射能が検知された。多くの大学や研究所が協力し、研究体制をつくって大地、海洋、農畜産物、水産物、人体などについての総合的な放射線影響研究が機能的に動き出した。1957年に放医研が発足し、1959年には日本放射線影響学会が設立された。  この時代は環境、食物、人体その他の核分裂生成核種、中性子放射化核種などのくわしい濃度定量調査から始まり、これら核種、環境と食物連鎖そして人体への移行についての機構の研究(SrとCaの差別率、90Srや137Csの降下率と蓄積量との関係、核種の化学形による違いなど)がおこなわれるようになった。生態系における核種の移行率の研究結果が、環境への放射性核種の導入から、将来の状況予測、人体の線量の予測などに大きく貢献するようになった。  日本で原子力発電が始まり、核燃料再処理のパイロットプラントの操業に対し、影響評価や防護に関し有効な情報をもたらしたといえる。人体の体内被ばくに関してはICRPが職業人の防護から始まったため、主に成人についての評価が行われてきたが、核種の体内代謝には年齢差があり、とくに幼若時の核種の吸収や排出などかなりの違いがあることも研究されたことは意義深い。  また、自然放射線(能)についての調査研究に関しても大きく進歩があり、日本人の体外、体内自然放射線量の評価に大きく貢献した
【市民講座】第五福竜丸を振り返って
放射線影響における「線量」を考える
  • 星 正治
    セッションID: S3-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    広島・長崎の放射線量評価の作業は数度にわたって改訂されてきた。最初の線量評価体系は1957年に暫定1957線量(Tentative 1957 Doses(T57D))としてまとめられた。1965年には暫定1965線量(Tentative 1965 Doses(T65D))としてまとめられた。後者は日米の共同研究であり、被爆者の疫学調査と合わせて発がんなどの放射線のリスクが求められてきた。そのT65Dに、スーパーコンピュータで計算して求めた結果と測定値との間に矛盾があることがわかり、1981年に実質的な原子爆弾線量再評価が日米の共同研究として開始された。そして1987年に再評価の結果が被曝線量評価体系(Dosimetry System 1986 (DS86))としてまとめられた。この再評価で大きな変更の一つは広島の中性子線量が1/5-1/9に減少し、無視できるほど少なくなった。さらにその後、このDS86にも問題があることが分かりさらなる改訂作業でDS02が作られた。  DS86やDS02の作業では、主として日本側は花崗岩、コンクリートなどの被曝試料を収集し中性子で誘導された放射能(Co-60、Eu-152)を測定し、またガンマ線に対しては屋根瓦やレンガ、タイルを収集し、熱蛍光法により発光量を測定することにより線量を評価した。DS02の検討の際には、近距離や1.2km以遠のデータとDS86による計算が合わないことが問題であった。 最終的に、近距離ではデータが計算より小さかったが、爆発点の高さを20m引き上げることで計算を変更した、遠距離ではデータが計算より大きかったが、再測定の結果データが小さいことが分かり計算と合っていることが分かった。 アメリカ側は、放射線の発生源でのスペクトルの計算結果を基に、中性子・ガンマ線の輸送計算を行い、各臓器線量を求めた。この被曝線量の推定結果は放射線影響研究所などで疫学調査結果と合わせて、放射線影響のリスクが求められる。この放射線のリスクは国際放射線防護委員会(ICRP)で議論され認められると、日本では放射線障害防止法などの国内法に取り入れられ、放射線業務従事者や一般人に対する放射線被曝の制限などに使われる。
  • 佐々木 正夫
    セッションID: S3-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    広島・長崎における原爆放射線の健康影響に関する疫学調査の結果は放射線のリスク評価や放射線防護の枠組みの策定に当たり重要な基本情報を提供している。原爆放射線は中性子とγ線の混合放射線であり、リスクの標準化に当たっては中性子線量をその相対的生物学的効果(RBE)で補正した等価線量で表さなければならない。しかし、これまで原爆中性子のRBEに関しては信頼できる値を疫学データから直接求めることは不可能であるとされてきた。そこでこれに代わる方法として実験から求めることにし、核分裂中性子のエネルギースペクトルを中性子フィルターで加工する方法でいろいろなエネルギースペクトルが得られる核分裂中性子照射設備を構築した。そしてヒトのリンパ球に中性子を照射し染色体異常のRBEを求めた。次に実験動物における核分裂中性子による発がん実験のデータを文献で精査し、求められたRBEを原爆被爆者の疫学データでその妥当性を検討した。核分裂中性子のRBEは線量依存的に変化するが、エネルギースペクトルには影響されない。実験動物における固形がん誘発のRBEは低線量域に限定する限り、染色体異常のRBEと同じであることが分かった。ここで求められた線量依存的RBEは原爆被爆者における染色体異常頻度および発がん頻度に見られる広島と長崎の違いを消去する最適のRBE体系となることが示された。この新規RBE体系は白血病および固形がんに等しく適用でき、DS02線量体系に適用した場合、低線量域での発がんリスクの推定値および1Sv当たりの相対過剰リスクは従来のDS86線量体系をRBE=10で重み付けした場合の推定値に比べて約30_%_小さくなる。
  • 床次 眞司
    セッションID: S3-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    過去30年にわたり、ラドンは自然放射線源の中で最も線量寄与の大きいものと認識されてきた。最近の研究でも、200Bq m-3以下の低いレベルで屋内ラドン濃度と肺がんリスクに正の相関があることが示された。世界保健機構(WHO)が2005年1月に立ち上げた国際ラドンプロジェクトでは、ラドンは地球規模の疾病負荷で、喫煙に続き2番目の肺がんの原因とされており、世界的に多くの国でこの問題に取組んでいる。一般に住居内ラドンはICRP勧告に基づいてラドン濃度200-600Bq m-3の対策レベルで規制される。200Bq m-3以下の低いレベルでの肺がんリスクに関する新しい知見を受けてWHOはラドン被ばくに関する新ガイドラインの勧告を計画しており、その対策レベルは以前よりも低いレベルに改定される予定である。新しいガイドラインが制定されれば、必ず屋内ラドン濃度調査が行われることになろう。ラドン濃度の測定データはその信頼性の観点から十分に保証されなければならない。ラドン測定には、アルファトラック検出器、活性炭キャニスター、エレクトレットなど多くの測定器が用いられる。このうちアルファトラック検出器やエレクトレットは年間平均ラドン濃度を得るための大規模で長期間の調査に適しており、疫学調査にも使用されている。測定器は一般にラドンチェンバーのような良く制御された環境下で校正される。しかしながら、Tokonamiはそれらのうちの幾つかはトロンに対して感度を有すると指摘した。この知見はラドン濃度指示値を過大評価する可能性があり、その結果肺がんリスクが過小評価されることを示唆している。本研究では、幾つかの典型的な検出器におけるラドン測定時のトロンの妨害、日本、中国、韓国、ハンガリーにおけるトロン濃度の概況、また疫学的視点からそれに関連したトピックを述べる。
  • 石榑 信人
    セッションID: S3-4
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    まず、“ラドンによる被ばく線量”とは、事実上ラドン壊変生成物による被ばく線量であることを確認しておきたい。ラドンガスそのものの線量寄与は通常1%以下である。また、ラドン壊変生成物にはβ線やγ線を放出するものもあるが、α線による寄与が圧倒的に大きい。それらは、Po-218からの6.00MeV、Po-214からの7.69MeVのα線であり、これらの水中での飛程は、前者が48μm、後者が72μmである。吸い込まれたラドン壊変生成物は、気道内を往復する間に気道壁の色々な場所に沈着し、また一部はそのまま呼気と伴に吐き出される。沈着する場所は、局所の流れの状態とエアロゾルの物理的性質に依存する。前者には呼吸気道の内寸法や呼吸の仕方が関係し、後者には粒子のサイズや密度が含まれる。気道上皮は多数の繊毛をもち、分泌液により覆われている。沈着した物質のあるものは、粘液繊毛運動によって咽頭の方へ運ばれ胃へ飲み込まれる。また他のあるものは上皮組織、血管を透過して血流に入る。Po-218等が気道壁のどの場所でα線を放出するかは、沈着場所に加えこうしたクリアランスの速度にも依存する。古くより発がん感受性細胞は基底細胞であると考えられてきた。またICRPの呼吸気道モデルでは分泌細胞もその有力な候補に加えられている。α線によるエネルギー吸収割合はこうした発がん感受性細胞の種類と分布位置に強く依存する。これら沈着に始まりエネルギー吸収に至る過程をモデル化し、線量換算係数を求める方法を線量学的手法と呼んでいる。これに代わる手段として、ICRPは、エネルギー吸収を計算せず、鉱山作業者の肺がん死亡確率と、主に原爆被ばく者のデータに基づく総合損害確率とを用い、疫学的手法により線量換算規約を導いている。これら両手法による係数の一致は必ずしもよくない。講演ではそれぞれの手法の概要を述べる。線量評価の問題点が浮き彫りになることを期待したい。
  • 福田 俊
    セッションID: S3-5
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    プルトニウム(Pu)やウラン(U)などの放射性物質は、放射線作用と化学作用の相乗作用によって毒性を起こす。影響評価における不確かさの主な原因は、放射性物質の化学作用で生じる毒性である。第1に、体内摂取後のPuやUの化学形の変化がある。たとえば、イオン状のPu やUは、体内摂取後、水酸化やリン酸化形などの化学形に変化するか、タンパクと結合する。これらは、放射性物質の初期作用とその後の作用による障害の特徴や程度に相違を起こす原因となる。第2に、化学形は臓器の不均一分布を生じ、結果として親和性と障害を起こす部位に相違を起こす。Uの例では、85_%_沈着する骨に比べて、15_%_しか沈着しない腎臓に急性および重症障害が起きる。第3に、化学毒性と放射線毒性は、摂取量によって変化する。実際に、Pu摂取量が増加すると、発癌前に明らかに化学毒性による急性致死や寿命短縮が現れる。第4に、放射性物質の長期滞留や複雑な体内挙動の原因となり、臓器に障害を与え続ける。第5に、化学作用による障害は、放射線照射による障害よりも不可逆性および進行性である傾向にある。
    このように、放射線量のみによって行なわれてきた生物学影響評価において、放射性物質それ自体の化学作用や毒性が不確かさを起こしていると言われる。これらは、過小評価あるいは評価ミスを起こしているかもしれない。今後、放射性物質による毒性評価において不確かさの原因となる化学作用や毒性の寄与の考慮が必要である。
最新放射線医療技術と被ばく
  • 成田 雄一郎
    セッションID: S4-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    強度変調放射線治療(IMRT/IMXT/IMPT)は年々臨床使用頻度が増加している治療法である。米国では、がん患者の60%が放射線治療を受け、うち70%以上がIMRTであるとの報告もある。本邦で放射線治療を受ける患者は、全がん患者の20%程度、IMRTを開始した施設は30施設程度(2004年調査)でしかないのが現状である。IMRTはマルチリーフコリメータやマルチファンと呼ばれるX線遮蔽コリメータを組み合わせて、あるいは連続的にコリメータ開口部を変化させることにより、腫瘍と危険臓器に照射されるX線照射線量の強度を計画的に変調させる治療技術である。治療計画装置は、逆解法最適化により強度変調の最適解算出を支援する。これにより、従来にはない腫瘍への高い線量原体性(集中性)と均一性を実現する一方で、危険臓器の線量を究極まで低減することができる。
    米国に限らず、本邦においてもIMRTが今後の放射線治療の主流の一つになることが予想される。特に根治性治療、化学療法併用療法の場合などでは、有効な放射線照射法となるであろう。
    IMRTでしばしば問題とされるのが、照射MU値増加に伴う、漏洩線量による全身被ばく線量であり、さらに放射線起因二次発癌のリスク増加の可能性に関するものである。これに関しては議論が分かれるところであり、立場の違い、観点の違いで様々な論評がくり広げられることであろう。「ターゲット近傍ないし全身の被ばく線量を自然被ばく線量なみにおとせる放射線治療はあり得ない」あるいは「二次発癌が怖いので放射線治療を拒否します」というがん患者はいないと予想する一方で、低線量被ばく低減の技術的解決策があるならばそれにおおいに期待する。IMRTが適用となるのは、根治性が期待でき生存期間がある程度長いケースが多く、さらに小児もその一つであり、生存期間が長い場合のリスク増加は無視できない。
  • 細野 眞
    セッションID: S4-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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     フルオロデオキシグルコース(FDG)を主として用いる陽電子断層撮影(PET)は、一体型PET/CT撮影装置の普及に伴って今やがん診療に不可欠のイメージングとなり、日常多くの検査数が実施されるようになった。一方、撮影装置や設備のハードウエアも撮影法や診断のノウハウも現在進行形で目覚ましく推移している。放射線安全の正当化や最適化の立場から、検査の適応をしっかり検討し、品質管理を行い、充分な画質を実現して、患者さんの診断・治療方針の決定に役立たせることが重要である。これを踏まえて正しく用いれば、PET/CTは侵襲性が低く、一度に全身を検査することができるスマートで優れた検査である。検診としてがんの早期発見に用いることができるとともに、既にがんの診断がついていてもその広がりの評価を通じて治療方針を決めることにも威力を発揮する。PET/CTの情報を加えることでおよそ2-3割の患者さんで治療方針が変わるとされている。  また、非密封放射性同位元素による内用療法は現在新しい局面を迎えつつある。がん、特に悪性リンパ腫に対する放射免疫療法やさまざまのがんの骨転移疼痛緩和の分野において非密封放射性同位元素治療の臨床応用が確立された。これらの治療はいずれも正しい適応決定、患者さんの病態を見きわめた安全な実施、妥当な放射線安全管理を必要とするので、臨床および放射線安全に関するガイドラインの検討が国内関連機関・学会で進められ、退出基準、施設基準、教育訓練などに関する事項が示されている。新しい内用療法製剤の導入とそれを有効に使いこなす診療体制の整備により、核医学治療は今後大きな発展を遂げることが期待される。
  • 盛武 敬, 松丸 祐司, 滝川 知司, 西澤 かな枝, 松村 明, 坪井 康次
    セッションID: S4-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    【目的】IVR (interventional radiology) は、手術と比べて低侵襲であるとされているが、近年の施行症例数の増加に伴い、エックス線による放射線障害が問題となっている。そこで、頭頸部IVRにおける患者と術者の被ばく線量を測定し、併せて放射線皮膚障害発生の実態を明らかにする事を目的とした。
    【対象と方法】対象は2002年3月から2004年10月まで頭頸部IVRを施行した患者28例と診断目的の検査のみを行った4例の計32例。内訳は15才から76才(中央値61.5才)の男性11例と女性21例。線量測定は蛍光ガラス線量計(Dose Ace; 旭テクノガラス)を用い、3本を1つにまとめて患者の頭頸部と体幹部に計47か所設置した。X線管球の管電圧、全照射時間、全透視時間、DSAの全シリーズ数と全フレーム数、DAP(面積線量計)の値を記録した。
    【結果】IVR施行28例の最大ESD (皮膚透過線量)は1788±1259 mGy (mean±SD)であり、28例の平均では右側頭部が1124±1349 mGyと最も高い値を示した。最大ESDと全照射時間、DAP値、DSAシリーズ数、DSAフレーム数の相関は、それぞれr2 = 0.3622 (P < 0.001)、r2 = 0.6422 (P < 0.001)、 r2 = 0.3955 (P < 0.001)、r2 = 0.7729 (P < 0.001)となった。術者のESDは確定的影響のしきい線量値以下であった。
    【結論】IVRにおける患者のESDとその体表面上の分布を示した。この記録をもとに、同じ場所への過度な集中を避けるよう、あらかじめエックス線の当てる方向を計画することができ、また医師は患者に対して被ばくの可能性とその対処法を具体的に説明することで、より良い信頼関係を築くことが出来る。
  • 安西 和紀
    セッションID: S4-4
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    正常組織の放射線障害を防ぐ方法の一つとして、放射線防護剤の使用が考えられる。放射線防護剤は、予想される被ばくの種類に応じて必要とされる性質が異なるであろう。例えば、事故あるいはテロによる多数の人間が被ばくするような状況を想定した場合、必要とされる防護剤は、被ばく後に投与して有効であること、簡単な方法で投与できること、安価で保存性がよい物質であること等の性質を有するものになる。一方、医療における防護剤を考えた場合は、照射前に予め投与しておくことができる点が事故やテロの場合と根本的に異なるが、さらに治療と診断では要求されるものが異なってくる。放射線によるがん治療に防護剤を使用する場合は、正常組織は防護しても腫瘍組織は防護しないという性質が重要になってくる。放射線診断における防護剤では、多数の普通の人に使用すると言う点から、副作用がないという性質が重要になってくる。このように、一口に防護剤と言っても、何を対象にするかによって要求される性質が異なるのである。本シンポジウムでは、これらの点を踏まえて、現在の防護剤研究の状況について演者らの研究成果を交えて紹介したい。
RNAワールドの新たな展開
  • 中村 義一
    セッションID: S5-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    21世紀初頭の数年間は、RNA研究にとって大躍進の時代となった。2006年のノーベル生理学医学賞に決まった、RNA干渉とよばれる「小さなRNAの大きな」威力。タンパク質を合成する巨大なRNAマシーンの構造の解明。そして、ヒトゲノムの「陰のプログラム」らしい膨大な「ジャンクRNA」の発見、等々。これらの発見が、生命の誕生から脈々とその発展を演出してきたRNAを、ようやく生命科学の檜舞台に押し上げた。機能性RNAは二つに大別される。一つは、アンチセンスやRNAiに働くRNAなど、配列相補性に依存して働くもので、もう一つは、RNAアプタマー(タンパク質と同様に立体構造を作って働く分子)のように、配列相補性に依存しないで働くものである。RNAアプタマーは、抗体に代わる“次世代高分子医薬”と位置づけられるものであり、RNAi医薬に先駆けて、抗VEGFアプタマーが加齢黄斑変性症の治療薬(Macugen)として既に上市された。我々も1997年からRNAアプタマー研究を開始し、その特性について本格的なfeasibility studyを実施した。我々がこの研究を始めた動機は、翻訳因子とtRNAとが、タンパク質とリボ核酸という全く異なる生体高分子を使いながら、相互に形や機能が瓜二つともいえる「分子擬態」という現象を発見したためである。これらの成果をふまえ、「RNAは化ける」をコンセプトとするRNA医薬品の開発をスタートした。これらの研究によって、日本発・世界初のRNA新薬の実現とともに、生命の誕生と進化に果たしたRNAのポテンシャルを明らかにしたい。
  • 佐渡 敬
    セッションID: S5-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    哺乳類のメスは発生初期に2本あるX染色体の一方を不活性にすることで,X染色体を1本しか持たないオスとの間にあるX染色体連鎖遺伝子量の差を解消している.このX染色体不活性化にはX染色体連鎖非コード遺伝子 Xist が必須で,細胞分化にともなって二者択一的に一方のアリルから発現された転写産物がそのX染色体にシスに結合し不活性化を引き起こす.X染色体不活性化機構の研究はこの Xist の発見により大きく進展したものの,その詳細については依然不明な点が多い.その原因のひとつに,X染色体不活性化がメスの正常胚発生に不可欠でこの機構に異常を持つ胚は発生初期に致死となるため,突然変異を利用した遺伝学的解析が困難であっことが挙げられる.そこで我々は,Xist 遺伝子座を改変することによりX染色体不活性化機構の変異マウスを作製し,その胚発生について詳細な解析を行っている.本講演では我々のそうしたアプローチについて紹介する.
  • 落谷 孝広
    セッションID: S5-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    がんの発生と進展には多くの遺伝子が関与しているが、これまでの大規模な遺伝子発現解析によって得られた候補遺伝子のプールから、実際の創薬の標的となる遺伝子を絞り込むことは容易ではない。我々は独自に開発したアテロコラーゲンDDSをもとに、まず培養細胞レベルでがんに特徴的な形質の抑制を指標にしたRNA干渉(RNAi)による網羅的な解析法を開発した。次にこの過程で特定されたがんの生物学的な形質を抑制する合成siRNAやmicroRNAをアテロコラーゲンDDSによって局所あるいは全身性にデリバリーし,担がん動物モデルでその効果を効率よく検証することで,臨床サンプルの遺伝子発現情報から出発した創薬標的探索のプロセスを迅速化できると考えている。これらのスキームが実際に有効であるかどうかを,複数数のがん種の疾患動物モデルを用いた実証的研究を行ってきた。特に,抗がん剤であるドセタキセルに耐性を付与する新規分子を見いだし,この分子の発現をsiRNAで抑制することで,薬剤耐性となった乳がん細胞の薬剤感受性を回復させうることをin vitro, in vivoの実験で証明した。さらにこの分子を制御するmicroRNAも同定し,それが乳がんの薬剤耐性株でコピー数も減少し,発現も低下していることを明らかにした。 RNAiのがん治療への応用が期待され、世界中で様々な試みや臨床研究がなされているが,現行の抗がん剤や放射線治療を補助あるいは増感する目的での使用方法が、がん領域でのRNAi創薬・治療法開発の近道ではないかと考えている。
宇宙環境における生物影響研究
  • 井尻  憲一
    セッションID: S6-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
      多くの遺伝子の発現が微小重力(無重力)で変化することは宇宙実験で示されている。転写の上昇が認められる遺伝子があると思えば、抑制される遺伝子もある。このような遺伝子発現の変化は、細胞骨格の状態変化と結びつけて説明される。これまでに報告されたデータの紹介とともに、宇宙放射線によるDNA損傷がどうなるかについても議論したい。
  • 小林 憲正
    セッションID: S6-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    生命の誕生に必要な有機物の生成の場としては原始惑星大気や星間環境が考えられる。特に,星間で生成した有機物は隕石や彗星により原始地球に届けられたと考えられ,その役割が注目されている。われわれは原始惑星や星間を模した環境下で,高エネルギー粒子線などの放射線による有機物の生成や変成について実験を行っている。
    隕石や彗星中にみられる有機物は,元来,分子雲中の星間塵中で生成したと考えられる。そのシミュレーションには,紫外線照射が使われることが多いが,宇宙線の効果が重要であると考えられる。そこで,(1)一酸化炭素・アンモニア・水(気相・固相)への陽子線照射,(2)メタノール・アンモニア・水(液相・固相)への重粒子線照射を行った。いずれの実験においても分子量数千の複雑な有機物が生成するが,その酸加水分解により種々のアミノ酸等を生じることがわかった。これは,宇宙線により高分子状の複雑な構造を有するアミノ酸前駆体がすでに生成していることが強く示唆される。この複雑有機物態のアミノ酸は,遊離アミノ酸と比べて放射線や熱に対して安定である。これらは,星間で紫外線や熱などによる変成を受けたと考えられる。模擬実験で生成した有機物の変成実験を行い,隕石中にみられる有機物との相関を調べる実験を計画中である。
    星間での有機物の生成や変成を調べるためには,実際の宇宙環境下での実験が有効と考えられる。現在,宇宙ステーション曝露部を用いた宇宙線や極端紫外光を用いた有機物の生成・変成実験や,惑星間塵の捕捉実験を計画中である。
  • HADA Megumi, GEORGE Kerry, CUCINOTTA Francis A., WU Honglu
    セッションID: S6-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    Energetic heavy ions pose a great health risk to astronauts in extended ISS and future Lunar and Mars missions. High-LET heavy ions are particularly effective in causing various biological effects, including cell inactivation, genetic mutations, cataracts and cancer induction. Most of these biological endpoints are closely related to chromosomal damage, which can be utilized as a biomarker for radiation insults. Over the years, we have studied chromosomal damage in human fibroblast, epithelial, and lymphocyte cells exposed in vitro to energetic charged particles generated at several international accelerator facilities. We have also studied chromosome aberrations in astronaut's peripheral blood lymphocytes before and after space flight. Various fluorescence in situ hybridization techniques have been used to identify chromosome regions ranging from the telomere region to whole chromosome painting of all chromosomes simultaneously in one cell. We will summarize the results of the investigations, and discuss the unique radiation signatures and biomarkers for space radiation exposure.
  • 大西 武雄, 高橋 昭久
    セッションID: S6-4
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    宇宙研究は大きな転換期を迎えようとしている。「月へ、火星へ、その向こうへ」をテーマに。今後展開されていく2010年からのISSでは半年に渡る長期間の宇宙実験も対象になるであろう。しかし、生物学・医学からの提案ではその研究材料のメンテナンスが同時に要求されるので実験がしやすくなるともいいがたい。長期間の実験がいかに適しているかの目標が要求されることとなる。地上研究では宇宙を見立てた放射線照射装置が開発されて、宇宙研究に大いに利用できる。宇宙実験が曝される環境は宇宙放射線と微小重力である。宇宙実験で得られた実験結果は常に、その2つの環境を念頭に入れなければならない。月への長期宇宙滞在を念頭に入れた宇宙放射線研究のアプローチをまとめてみる。
    (1)宇宙放射線による生体影響研究として、1.ISSを利用した長期低線量率宇宙放射線被ばくの生物影響研究、2.セントリフュージを利用した微小重力と放射線の相互作用による生物影響研究、3.曝露部を利用した太陽紫外線を含む放射線による生物影響研究
    (2)地上における研究として、1.重粒子線照射装置を利用した高LET放射線の生物影響研究、2.低線量率放射線照射装置を利用した線量率効果の生物影響研究、3.マイクロビーム照射装置を利用したバイスタンダー効果などの生物影響研究
    (3) 宇宙放射線生物影響として、1.分子レベルからのアプローチ、2.細胞レベルからのアプローチ、3.組織・器官・個体レベルからのアプローチ、4.集団レベルからのアプローチ
    (4)宇宙放射線防護研究として、1.被ばく線量の計測生物学的効果比、2.線質係数に関する研究、3.宇宙放射線被ばく予報システムの開発、4.放射線防護法の開発
    これらの状況の中での宇宙実験に注目される最新の日本における宇宙実験計画とともに、来年に計画されている我々の宇宙放射線研究の実験計画を示す。
粒子線の医学利用ー基礎から臨床まで
  • 松藤 成弘, 金井 達明, 加瀬 優紀, 宮本 忠昭, 馬場 雅行, 鎌田 正, 加藤 博敏, 山田 滋, 溝江 純悦, 辻井 博彦
    セッションID: S7-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    炭素線をはじめとする重粒子線は、Bragg peakに特徴づけられる飛程終端近傍での線量の局所集中性と、それを修飾する生物学的効果によって、優れた腫瘍制御効果が期待される。米国LBLで先駆的に試みられた重粒子線治療は、以降放医研や兵庫県立粒子線治療センター、またドイツGSIにおける炭素線による治療照射へと拡大し、その期待が現実のものとなりつつある。 周知の通り、X線や陽子線では生物・臨床効果は吸収線量に対して線形に比例するとみなされる一方、重粒子線では線エネルギー付与(LET)や吸収線量の多寡等に伴ってその効果は大きく変化する。治療では標的に含まれる腫瘍細胞を一様に制御することが求められることから、重粒子線治療の実施に際してはその効果を臨床上十分な精度で管理できるモデルの確立が不可欠となる。  一般には、重粒子線の吸収線量(Gy)に、特有の非線形な生物効果の度合いを示す生物学的効果比(RBE)を乗じて、X線で同等の効果が得られると想定される臨床線量(GyE)に変換、管理される。しかし、重粒子線の作用機序には未だ解明されていない部分も少なくなく、RBEについても統一されたモデルは存在しない。放医研では、ヒト耳下腺がん由来の培養細胞(HSG)の応答特性と、重粒子線と同様高LET放射線である速中性子線の臨床効果とを組み合わせたモデルを用いている。一方ドイツでは、X線に対する腫瘍の応答特性を、重粒子線の形成する微視的な線量分布(トラック構造)で修飾するLEM(Local Effect Model)が用いられている。これらモデルやエンドポイントの違いに基づき、同じGyEで示される臨床線量が直接比較できない現状にある。本講演では、これらモデルの特徴及び臨床線量分布の相互比較の試みを示すと共に、臨床結果の解析を通じてRBEモデルの検証を行い、重粒子線治療の特徴についても述べる。
  • 丸橋  晃
    セッションID: S7-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
     2001年12月NCTに転機が訪れた。それは世界で始めての耳下腺がんのBNCTである。この治療結果は放射線治療効果上特筆するに相応しい特異性をもった素晴らしいものであった。それまでの硼素NCT(BNCT)の対象は日本では比較的症例数の少ない神経膠芽腫(開頭照射)と悪性黒色腫であった。これ以降劣悪ともいえる京大原子炉実験所の照射施設ではあるが、照射症例数は毎年倍々的に増加し三年間で150を越えることとなった。原子炉を使用するという特殊性のためか、NCTの治療対象症例は他の治療法で治る見込みのあるものは対象としない的な不文律が存在している。にもかかわらずNCTのがん治療法としての優秀性と重要性は関係者の中で極めて強固なものとなっている。この成果は社会的意識への影響とも相まって京大原子炉(KUR)の存続(燃料交換のための休止期間を経ての)に最も重要なImpactとして作用した。
    しかしながら、NCTは現状においても残念ながら「知る人ぞ知る」状態が基本的である。これを打破する上で決定的に不足しているのは効果について科学的評価治を可能にする十分な治療症例数である。これに対する1つの答が何時でも使えるコンパクトで簡便な医療利用に適した相対的に安価な加速器中性子源・中性子場の開発である。
    本報告ではKURを利用する京大共同利用BNCTグループ(KURBNCTG)ので得られた臨床的成果を紹介し、その中で得られた今後の課題それに答えるための中性子場についての考察と現在建設中あるいは検討中のNCT目的加速器の現状について概説する。
  • 坪井 康次
    セッションID: S7-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
     現在の筑波大学陽子線医学利用研究センターは2001年より治療を開始した。旧センターでの治療症例数を含めると現在までに約1800例の治療を行ってきたが、今回は悪性神経膠腫を対象とした生物学的および臨床研究につき解説する。
    膠芽腫は放射線感受性が低く極めて予後不良な悪性髄内腫瘍である。生物学的には半数以上でp53の変異を認め、放射線抵抗性を示すことが知られている。In vitroでの検討では、膠芽腫細胞は照射後に特にG2ブロックが著明となり、アポトーシスは起きにくい。また、DNA-PKの活性が高く、膠芽腫細胞株による検討ではその活性は放射線抵抗性と相関している。
    我々はそのような膠芽腫に対して200MeVの陽子線とX線を併用してGTVに96.4GyEの高線量照射を行う臨床プロトコールスタディーを行っている。現在までに病理診断された膠芽腫17例に本治療を行ってきたが、現時点での生存期間の中央値は20.4ヶ月であり、これはほぼ同期間に行われた64Gyエックス線治療群と比較すると4ヶ月以上延長している。 さらに、照射後に何らかの再手術が行われた症例を対象として、96.4GyE照射後の病理組織学的検討を行ってきた。これまでに7例の病理組織で、HE染色とともに、MIB-1、p53、アポトーシス、VEGF、LP3 の発現を免疫組織化学的に検討したが、96.4GyEの照射野内では細胞密度は低く、viableな腫瘍の再増殖所見は乏しくなっており、アポトーシスやオーとファジーの出現を認めた。 本治療法により膠芽腫患者の生存期間は従来と比較し延長しつつあるが、約70Gyの辺縁領域からの再発を認めており、陽子線による高線量照射に加え、他のモダリティーによる周辺のコントロールが今後の重要な課題である。
  • 中野 隆史
    セッションID: S7-4
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
     高LET放射線である炭素イオンなどの重イオン線は、粒子の飛跡に沿って起こる高密度の電離によりDNAの2重螺旋を高率に直接切断することができる。また、DNAのダメージが強いため、DNA障害の修復も起こりにくい。このため、重イオン線は細胞を殺傷する効果がX線に比べて2-3倍高く、放射線による細胞障害が回復しにくく、酸素効果が小さいため、X線などの低LET放射線に抵抗性の低酸素細胞でも比較的よく効く特徴があると言われている。そのため、分割回数を少なくした照射法が効果的で、1週間4回法や1日4回照射法などにより、患者の物理的負担の軽減や短期間で多数の患者の治療ができる。また、線量分布の集中性が優れることから、周囲の正常組織の副作用を最小限に抑えることが可能で、生活機能の温存が図れることが期待される。現在、重粒子線治療は先進国の中で我国が最も進んでおり、国内では、千葉市の放射線医学総合研究所で医療専用の重粒子加速器(HIMAC)で炭素イオンを用いて、がん治療の臨床試験が進められ、2006年2月までに2.622名が治療され、肺癌、前立腺癌、肝癌、悪性黒色腫、骨軟部腫瘍では目覚しい治療成績が得られている。
    高LET放射線である炭素イオンで期待される生物学的な効果が実際の重粒子線治療の臨床データで実証されるかどうかについて、放医研の臨床データを基に、生物学的な側面を考察する。(1)子宮頚癌の臨床データでは、低酸素腫瘍においても、酸素化腫瘍と同等な局所制御率が得られた、(2)頭頚部腫瘍では、腺癌や腺様嚢胞癌、悪性黒色腫などの放射線抵抗性腫瘍の局所制御率が扁平上皮癌のそれを上回った、(3)肺癌については4回分割照射法、1回照射法など低分割照射法で良好な局所制御率が得られたなど、高LET放射線の生物効果が臨床データで実証されつつある。
ワークショップ / 関連演題
放射線発がんの”非標的仮説”について
  • 鈴木 啓司, 児玉 靖司, 渡邉 正己
    セッションID: W1-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    放射線によるシ-リアン/ゴ-ルデンハムスタ-胎児由来(SHE)細胞の試験管内発がん初期過程には、無限増殖能の獲得と細胞形態変化(morphological transformation)の2つのプロセスが存在する。近年、DNA損傷チェックポイント因子のフォーカスにより細胞核内でのDNA二重鎖切断を可視化することが可能になったが、この方法により培養SHE細胞(継代期2)で細胞あたり平均3.6個のDNA二重鎖切断が存在することが明らかになった。無限増殖化したげっ歯類細胞では共通してp53機能の変異が見られるが、これには、培養環境からのストレス(culture stress)に起因するジェネティックな変化が考えられる。また、このプロセスに対する放射線の影響は明確ではなく、放射線照射による影響はむしろ細胞形態変化の誘導に関与する。細胞増殖の接着依存性の消失と密接に関連する細胞形態変化は、すべての形態変化クロ-ンに共通した変化として、細胞接着蛋白質のティネイシンと予想される分子量240 kDaの蛋白質(p240)の消失や細胞接着能の減弱が観察されたことから、ヒト癌細胞のファイブロネクチン消失と同様の細胞外基質関連因子の変化により引き起こされたと考えられる。このプロセスには、遺伝子発現抑制や分解活性の亢進が関与していることが多く、形態変化には細胞接着関連因子のエピジェネティックな遺伝子発現抑制が関与する可能性が高い。細胞に導入した外来性遺伝子発現の検討からも、放射線照射によるエピジェネティックな遺伝子発現抑制が観察され、DNA二重鎖切断に伴う大規模なクロマチン再構成によるエピジェネティックな遺伝子発現抑制機構が示唆される。以上の結果から、放射線発がんの初期過程には培養ストレスによるジェネティックな変化と、放射線照射に依存したエピジェネティックな変化が関与すると考えられる。
  • 今井 勝, 山本 歩, 布柴 達男, 小村 潤一郎, 小野 哲也, 山本 和生
    セッションID: W1-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    非変異原性発がん物質であるo-phenylphenol (OPP) 輸入柑橘類の防かび剤として使用されており,その代謝物であるphenylhydroquinone (PHQ)と共に,突然変異を誘発しない事が知られている。我々は酵母及びヒト細胞におけるPHQの作用機構を調べる事で,突然変異を介さないがん化の機構を解明しようとしている。PHQは酵母及びヒト細胞で染色体異数化を誘発する。従来,PHQはtubulinの解離阻害作用を示す事,細胞周期をG2/Mで止めるという結果より,M期での異常が染色体異数化を誘発していると考えていた。本研究では,PHQ処理により,酵母で異常なbudの形態が観察された(morphogenesis checkpoint活性化)。この時,この過程に関わるSwe1 (ヒトWee1ホモログ)が安定化しており,Swe1の上流にあるHog1 (ヒトp38 MAPKホモログ)のリン酸化も観察された事から,G2/M境界で細胞周期が停止している事がわかった(Swe1の安定化によりCdc2/CyclinB1が不活性化し,G2/Mで停止する)。また,酵母Swe1欠損株ではPHQ処理によって異数化が観察されなくなった。ヒト培養細胞でもPHQはp38をリン酸化し,DNA損傷に依存しないATM/ATR経由でp53を安定化した。また,p53欠損により,PHQによって異数化が観察されなくなった(p53の下流にCdc2/CyclinB1の活性を制御する系が存在する)。これらの事より,PHQはMAPK経路,p53経路を活性化する事で,細胞周期をG2/M境界で止め,異数化を誘発すると考えられる。PHQのG2/M境界での作用が異数化を引き起こす機構はまだ不明である。
  • 吉居 華子, 清田 恭平, 大津山 彰, 法村 俊之, 渡邉 喜美子, 渡邉 正己
    セッションID: W1-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    放射線の遺伝的影響を考慮する上で、放射線の非標的影響への配慮が重要視されるようになった。これは、放射線の遺伝的影響の標的がDNAだけではなく、非DNAであるという新しい仮説である。これは、放射線の影響が、放射線の直接影響として現れるのではなく、バイスタンダー効果や遅延的影響のように空間的、あるいは時間的に離れて発現する現象で、“遺伝的不安定性”と総称される形で現れる知見が得られてきたことによる。しかし、それぞれの発現機構は明確にされていない。本研究は、遺伝的不安定性誘導にp53遺伝子機能がどのように関与するかを明らかにするために計画した。
    本研究では、p53遺伝子正常(+/+)およびノックアウト(-/-)のC57BLマウスの13日齡胎児から分離した初代培養細胞を使用した。106個の細胞を、T75培養フラスコに10%牛胎児血清を添加したイーグルスMEM培養液で植え込み、5日毎に継代培養(5T10培養)し、培養に伴うがん化形質の発現動態を観察した。その結果、p53正常細胞は、継代5-7代目で、一旦、増殖率が1以下に低下するものの、その後再び増殖能を回復し順調に増殖するようになった。一方、p53ノックアウト細胞は、一時的な増殖低下を経ることなく正常細胞より活発に増殖し続けることが判った。さらに、p53遺伝子の有無にかかわらず、いずれの細胞においても染色体異数化が観察されたが、p53遺伝子正常細胞では4倍体が、p53ノックアウト細胞では3倍体が主であり、ノックアウト細胞は造腫瘍性を持っていた。また、染色体核型変化を解析すると、正常細胞では見られない構造異常がノックアウト細胞において観察された。造腫瘍性の獲得とp53機能、倍数性の違い、染色体安定性維持機構がどのように関与するのか考察する。
  • 小嶋 光明, 伴 信彦, 甲斐 倫明
    セッションID: W1-4
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    放射線を被ばくした細胞ががん化する初期の段階で、細胞形態変化を生じる事が知られている。これまでの研究では、細胞形態変化は放射線が細胞内に存在する複数のガン関連遺伝子に突然変異を引き起こす事で生じると考えられていた(突然変異説)。しかし、近年、細胞形態変化の発生頻度と突然変異の発生頻度との間にはギャップが大きいことが報告され、この説には矛盾がある可能性が考えられた。そこで我々は放射線を照射した細胞が細胞形態変化を起こすまでの間に細胞生物学上どのような変化が生じているのかを検討した。その結果、放射線照射後1日目に染色体異数化を生じている細胞が増加することが観察された。また、この染色体異数化は子孫細胞にも生じ続けることが分かった。これまでに、がん化した細胞の染色体数は正常な細胞と比較して増加している傾向がよく観察されている。従って、本研究結果で見られた染色体異数化が細胞のガン化につながるための細胞形態変化に関与している可能性が考えられた。次に我々は染色体異数化のメカニズムを明らかにする為に中心体にも異数化が生じているのではないかと考え検討した。その結果、放射線照射直後から、中心体を3つ以上持つ細胞が増加することが観察された。また、細胞分裂毎に不均等な数の中心体が娘細胞に分配されていく傾向も見られた。以上の本研究結果より、放射線誘発細胞形態変化の発生機構の仮説を提唱する。放射線が中心体に過剰複製を誘導し、その後の細胞分裂で娘細胞に不均等な数の染色体が分配される。その際、中心体数の不均等分配も生じるので、細胞分裂が生じる度に染色体数の不均等分配が子孫細胞に繰り返される。これにより、ガン化に関わる遺伝子をコードしている染色体が増加するチャンスが生まれるので、ガン関連遺伝子に変異が起きる確率も増加する。そして、これらの遺伝子に変異が生じた時に細胞形態変化が生じるのではないかと考えられた。
  • 渡邉 正己, 吉居 華子, 鈴木 啓司, 児玉 靖司
    セッションID: W1R-311
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    放射線による細胞がん化の第一標的はDNAであり、その損傷が起源となって生ずる複数の突然変異が段階的に発生しがん化過程を促進する(がんの多段階突然変異説)と信じられてきた。しかし、そのことを直接的に証明する結果はない。我々は、これまでシリアンハムスター(SHE)細胞を用いた細胞がん化実験系を用いて放射線による細胞がん化誘導機構を追跡し、細胞がん化は、突然変異を介する経路より数千倍の高い頻度の別経路が存在する可能性を指摘し、その主計路が何かを調べている。 我々は、発がんの主計路を明らかにするためにSHE細胞を用いて細胞がん化に関連する細胞内標的を探索した。その結果、高密度培養や放射線被ばくによって細胞内酸化度が昂進し、それに伴って中心体およびテロメアの構造異常を生じることがわかった。それらの細胞集団では、まだ染色体構造異常を起こらないが染色体異数化を高頻度起こしており、単独の体細胞突然変異頻度の1,000倍以上の頻度で細胞がん化が誘導されることが判った。放射線照射は、一過性でミトコンドリア膜機能を亢進し細胞内酸化ストレス量を5-6倍に増加させるが、がん化変化が終わった細胞では、ミトコンドリア膜機能および細胞内酸化ストレス量がSHE細胞の元株の1/4~1/5に著しく低下することが判った。 これらの結果は、放射線による細胞がん化の主たる標的はDNAではなく、染色体分配機構で重要な役割を果たすセントロゾームおよびその構成タンパク質であり、放射線によるミトコンドリア機能の一時的撹乱が細胞内酸化ラジカル量を亢進し、重要分裂装置を攻撃するためと思われる。この経路による細胞がん化は、通常の細胞の生理活動によっても高い頻度で起きており、放射線被ばくは、僅かにその頻度を高めることに寄与しているにすぎず、自然発がんの機序を理解することが発がん危険度を軽減するために極めて重要であることを意味する。
  • 小橋川 新子, 菓子野 元郎, 渡邉 正己
    セッションID: W1R-312
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    【背景・目的】 我々は、これまでに放射線発がんの機構として染色体異数化が密接に関わっていることを報告してきた。この染色体異数化がどのように誘導されるのかについては未だ明らかではない。最近、放射線は、細胞内酸化制御機構の撹乱を起こし、それによって細胞内酸化ストレスが亢進し様々な遅延性遺伝的変化の原因になると予想されるようになった。そこで、本研究では、染色体異数化に直接つながる細胞内標的として中心体に焦点を絞り、放射線被ばくした細胞のがん化変化に伴う細胞内酸化ストレスの変動と中心体の機能異常との関係を詳細に調べた。 【方法】本研究には、シリアンハムスター胎児 (SHE) 細胞を用いた。細胞内酸化度は、DCFH試薬を用いて細胞内H2O2濃度をフローサイトメーターで定量的解析を行った。また、中心体の数と構造は、抗γチューブリン抗体を用いた蛍光免疫染色法で観察した。 【結果】SHE細胞にX線を照射すると照射3日後をピークに一過性に細胞内酸化度が上昇した。この細胞内酸化度の上昇時期は、中心体の数の異常が観察される時期と一致した。継代培養を続けると継代22代あたりで細胞増殖停止する群と増殖停止を乗り越える群の二つの細胞群が出現した。前者では、細胞内酸化度の急激な上昇が見られ、それに伴い中心体数の増加が観察された。 そして、酸化度の値がピークを迎えたとき細胞増殖が完全に停止した。一方、後者では、一時的な細胞内酸化度の上昇が観察されるものの、その後、酸化度は、非照射細胞群のレベルまで戻り増殖能が維持され、最終的に無限増殖能を獲得した。 【考察】 これらの結果は、細胞老化は酸化ストレス量の増加による中心体数の異常と密接に関わる現象であり、この現象は、放射線被ばくで助長されることを示唆する。そのことが細胞分裂機構の不調を起こし細胞が増殖能をなくす要因であると推測される。
  • 吉居 華子, 渡邉 正己
    セッションID: W1R-313
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    放射線の生体影響は、放射線によって誘導された活性酸素種が原因となると考えられている。しかし、活性酸素種は、エネルギー生産、異物攻撃、シグナル伝達など、通常の生理活動で多量に生産される。そして、生体に備わる酸化ストレス消去系で消去しきれない過剰な酸化ストレスが、細胞の構造や機能を担う脂質、蛋白質、DNA等を酸化し、様々な疾病(生活習慣病、癌、老化)を誘導する原因となると考えられている。一方,生物が一生で消費する酸素量(エネルギー代謝量)は生物種によらず一定であることが知られている。これらの事実は、細胞レベルの酸素代謝制御能が動物種によって大きく異なり、その能力の違いが動物の発がん感受性と密接に関連する可能性を予想させる。
    そこで、本研究は、酸素ストレスに対する応答能力をヒト細胞(HE23)、マウス細胞(RRI1)およびシリアンハムスター細胞(SHE)で比較した。各細胞を、通常酸素培養条件(20%酸素圧)および低酸素培養条件(2%、0.5%酸素圧)で培養し、細胞増殖能、細胞内酸素ストレス量、活性酸素種を産生するミトコンドリアの数・機能、活性酸素種の消去能を比較検討した。
    その結果、ヒト細胞は、培養時の酸素圧が低い程、分裂寿命が延長する傾向があるものの、いずれの酸素圧でも細胞増殖を停止し不死化することはなかった。一方、マウス細胞やハムスター細胞は、低酸素で培養されると細胞増殖能が低下したが、いずれの酸素圧による培養でもすべて不死化した。細胞内酸化度は、すべての細胞で分裂回数が増すにつれ上昇する傾向がみられるが、マウスとハムスター細胞では、培養酸素圧が低いほど細胞内酸化度が大きくなることが判った。特に、マウス細胞は、低酸素圧で培養されるとミトコンドリア機能が活発化されることがわかった。ヒト細胞とげっ歯類細胞とで、酸素ストレスに対するコントロールが明確に異なることを示唆しておりその結果を報告する。
  • 大津山 彰, 岡崎 龍史, 法村 俊之
    セッションID: W1R-314
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    p53遺伝子野生マウスでは、p53依存ならびに非依存性修復能により損傷DNAの修復が行われ、修復不能損傷はp53依存アポトーシスによって細胞ごと排除され、放射線催奇形の実験では低線量放射線(LDR)域でほぼ完全に奇形発生が抑えられる。一方p53遺伝子KOマウスではp53非依存性の修復しか働かず、LDR照射であっても奇形発生は完全に押さえられない。このp53による生体防御機構の一端は放射線での奇形発生のみならず、発がんにも関与すると考えられる。もし野生マウスで、LDR照射でがんが発生せず、KOマウスで高率に生じるとすれば、放射線発がんで常に問題となるしきい値存在の有無がこの機構によって解釈できる。
    p53遺伝子が野生、ヘテロ、KOマウスの背部皮膚を円盤型β線線源(15Gy/min.)で週3回反復照射をマウスの生涯に渡り行った。実験群は各マウス1 回当り照射線量2.5Gy群と5.0Gy群とした。発生した腫瘍は組織学検査ならびに、DNA抽出後p53遺伝子についてSSCPによる突然変異とLOHの解析を行った。
    KOマウスでは生存期間内に腫瘍の発生はなかった。ヘテロマウスでは2.5Gy群で8/21、5.0Gy群で25/45の腫瘍発生がみられ、野生マウスでは2.5Gy群で8/22、5.0Gy群で6/33の腫瘍発生がみられ発がん開始時期もヘテロマウスより約150日遅れた。ヘテロマウスの腫瘍のうち14/23例でLOHがみられたが、突然変異はなかった。野生マウスでは7/9例に突然変異がみられ、LOHは3/9例にみられた。
    p53遺伝子の存在状態は明らかに放射線による発がん率と発生時期に影響し、放射線で生じる変異の型がp53遺伝子の存在状態によって異なることが理由であると考えられた。
  • 清田 恭平, 吉居 華子, 田野 恵三, 大津山 彰, 法村 俊之, 渡邉 正己
    セッションID: W1R-315
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    p53遺伝子の機能は、ゲノム守護神として、DNA損傷時の細胞周期進行制御やアポトーシス誘導を制御し細胞ががん化する過程を抑制すると考えられているががん化への関与は明確でない。そこで、p53遺伝子欠失と細胞がん化の過程における様々ながん形質の発現動態を調べた。本研究では、p53遺伝子正常(p53+/+)及びノックアウト(p53-/-)のC57B系マウス胎児由来細胞を用いた。T75フラスコに106細胞を植え込み5日毎に継代培養すると、p53遺伝子機能やX線照射の有無に関わらず、すべての細胞が自然に無限増殖能を獲得し不死化するが、p53-/-細胞だけが造腫瘍性を示すことが判った。このことは、p53機能が細胞の腫瘍化に密接に関連していることを示唆する。そこで、X線照射したp53-/-細胞におけるがん形質の発現動態を調べた。その結果、p53+/+細胞では、被ばくの有無にかかわらず継代初期から染色体の四倍体化が生じ、非照射細胞では40~41継代培養(P40~41)時に60%に達し安定して維持された。照射されたp53+/+細胞では四倍体化ののち三倍体化が起こり、その頻度は、P40~41に30%に達した。一方、p53-/-細胞では、照射の有無にかかわらず三倍体化が顕著で照射の有無に関わらず50~60%に達した。そこで、30継代時及び90継代時の細胞をヌードマウスに移植すると、p53-/-細胞は、すべて造腫瘍性を獲得したが、p53+/+細胞は、全く腫瘍を形成しなかった。生じた腫瘍由来細胞も移植前の細胞と同様に三倍体であることが分かった。これらの結果から、(1)染色体の三倍体化が細胞の腫瘍化に密接に関係し、p53機能は、(2)染色体の三倍体化を抑制することによって細胞の腫瘍化を抑制することが示唆された。
  • 田ノ岡  宏, 野田 攸子, 巽 紘一, 辻 秀雄, 大津山 彰, 竹下 文隆, 落谷 孝広
    セッションID: W1R-316
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    [目的] p53突然変異は発がんの原因であるか、もしそうならこの発現を抑制することによってがんが治るかを証明する。
    前大会では、放射線誘発皮膚がんで約1/3の頻度でみられる変異p53のうち、exon 6 に9 bpの欠失を有する変異p53 のcDNAを発現ベクターにつないだpTE50を導入したトランスジェニックマウスについて、メチルコラントレン皮下注入による線維肉腫誘発率の増加、およびこの腫瘍に対するsiRNAの増殖抑制効果について予備結果を報告した。今回は、発がん結果のまとめ、実験治療効果の機構として、アポトーシスが関与することを報告する。
    [結果] 変異p53導入マウス(93匹)の、そけい部皮下にオリーブ油に溶解したメチルコラントレン0.02 mgを注入し、Kaplan-Meyer解析で発がん率を算定すると、野生型マウス(159匹)に比べて1.7倍の発がん率の増加がみられた(p<0.01)。すなわち全体の42%が変異p53によるものとみられる。雄雌を比較すると雄マウスの発がん率が高い傾向を示し、ヒト男性Li-Fraumeni症候群にみられる性差との類似がみられた。さらに発生した腫瘍の周辺に、変異p53発現ベクタープロモータ部に設定したsiRNA#220をアテロコラーゲンと混和して注入すると、増殖抑制効果が26% (6/23)の自家発生がんでみられ、完全消失は4例であった。移植腫瘍では抑制33% (7/21)、完全消失4例であった。野生型マウス腫瘍25例にはsiRNA#220の効果はなかった。さらに、siRNA#220感受性移植線維肉腫TT15をsiRNA#220投与後TUNEL法で染色すると、未投与、あるいはnon-sense siRNA投与の場合に比べて顕著なアポトーシスがみられた。
    [結論] 変異p53に依存する腫瘍ではsiRNAにより変異p53の発現が抑制され、その結果、内在性正常p53の作用が回復すると考えられるが、腫瘍の治癒にはこの内在性p53によるアポトーシスが関与していると考えられる。
  • 朴 晶淑, 磯田 拓郎, 松尾 知子, 中津 可道, 中別府 雄作, 續 輝久
    セッションID: W1R-317
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    活性酸素は生体内での通常の代謝活動によって常に生じており、また環境中に存在する電離放射線や化学物質等によって生体内で生成される。細胞内で生じた活性酸素はDNAやその前駆体を攻撃し、ゲノムに様々な酸化的DNA損傷を与える。これらの傷は突然変異を引き起こし発癌の原因となる。DNA修復機構の中で、ミスマッチ修復系は複製エラーばかりでなくある種のDNA損傷を認識し排除することでゲノム安定性に寄与していることが知られている。近年、ミスマッチ修復系が酸化的DNA損傷による突然変異抑制に関与していることを示唆する実験結果が得られている。最近、我々は酸化ストレスを負荷することによりマウスの消化管に腫瘍を誘発する実験系を樹立した。酸化ストレスによる消化管癌発生の抑制におけるミスマッチ修復系の働きを調べるために、今回我々はMsh2欠損マウスを用いてKBrO3誘発発癌実験をおこなった。KBrO3を投与されたMsh2欠損マウスの小腸では腫瘍形成頻度が野生型に比べて劇的に高くなっていた。これらの結果は、ミスマッチ修復系が酸化ストレスによるマウス小腸腫瘍形成を抑制することを示している。この腫瘍形成のメカニズムを探るために、腫瘍関連遺伝子としてctnnb1 (β-catenin), k-rasおよびTrp53等の遺伝子における突然変異を解析したので、これらの結果も合わせて報告する。
環境変異原によるDNA二重鎖切断は細胞死の過程か防御機構か
  • 高橋 昭久, 大西 武雄
    セッションID: W2-1
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
     温熱に対する細胞の生物応答の分子機構については多くの不明な点が残されている。例えば、温熱による細胞死の原因について、再考の余地があると考えている。従来の温熱による細胞死の原因がタンパク質変性であるという概念に対して、最近我々はタンパク質変性を介したDNA二本鎖切断(DSB)こそが細胞死の原因であることを提唱している。これまでに得られた結果として、(1)中性コメットアッセイ法により、温熱処理でDSB生成することを検出した。ただし、長時間の処理ではその生成量はプラトーに達し、温熱処理時間依存的な直線関係は認められなかった。(2)γH2AXのフォーカス形成数は従来の方法ではDSB検出限界以下であった温度(41.5℃)でも、温熱処理時間依存的な直線関係を示した。(3)アレニウス解析の結果、温熱処理後の生存率およびγH2AXのフォーカス形成数はいずれも42.5℃に変極点があり、エントロピーが近似していた。(4)温熱感受性なS期にγH2AXフォーカス形成率が高いものの、G1期においても検出できた。また、細胞周期依存的な温熱感受性から算出した平均致死率とγH2AXフォーカス形成率の間に、高い相関性を示した。(5)あらかじめ温熱処理すると、その後の温熱誘導γH2AXフォーカス形成率が低くなり、そのときに温熱耐性を獲得していた。(6)DSB損傷認識タンパク質として、セリン1981リン酸化ATM、スレオニン2609リン酸化DNA-PKcs、スレオニン68リン酸化CHK2およびセリン966リン酸化SMC1の温熱処理後の挙動を調べ、γH2AXと同じ場所でフォーカス形成することを明らかにした。
     本講演において温熱によるDSBの生成メカニズムについて併せて考察する。今後の更なる研究により、温熱誘導DSBの生成機構が解明され、温熱生物学やがん温熱療法の学術的な理解がより深まることを期待している。
  • 八木 孝司
    セッションID: W2-2
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
     ヒストンH2AXのリン酸化の機構について、DNA二本鎖切断が生じた部位にMre11/Rad50/Nbs1複合体が結合すると共にATMが活性化し、H2AXをリン酸化するということが明らかになっている。免疫蛍光染色によるリン酸化H2AX(γH2AX)のフォーカス形成は、放射線などによるDNA二本鎖切断の指標として用いられている。しかし近年の研究により、直接二本鎖切断を起こすと考えられない化学物質やUVでもγH2AXのフォーカスが形成されることが明らかになってきた。UVでは、損傷のヌクレオチド除去修復機構の過程、および損傷DNAの複製阻害過程でH2AXがリン酸化を受ける。この過程には二本鎖切断の関与はないように思える。エトポシドやカンプトテシンなどのトポイソメラーゼ阻害剤は、DNA高次構造の緩和過程での一本鎖切断、二本鎖切断の固定がγH2AXを誘発すると考えられる。ベンゾピレン、ヒドロキシウレア、ドクソルビシンなど多数の化学物質でもγH2AXの誘発が報告されているが、その誘発機構は多岐にわたる。  我々は環境中に存在するどのような化学物質がγH2AXを誘発するか、それらは誘発機構に基づいて分類することが可能かどうかを検討している。大気中に含まれる多環芳香族炭化水素類では細胞毒性等価濃度においてベンゾピレン、1,8-ジニトロピレン、3-メチルコラントレンンはγH2AXを良く誘発するが、1-ニトロピレンや3-ニトロベンズアントロンはあまり誘発しない。これまでのところ、化学構造と、細胞致死効果、γH2AX誘発能などとは有意な相関は認められない。本講演ではDNA損傷の種類と細胞周期、γH2AX誘発についての関係について検討した結果をも示したい。
  • 槌田 謙, 松田 善行, 小松 賢志
    セッションID: W2-3
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    DNA鎖間架橋 (Interstrand cross-links : ICLs)はDNA二本鎖がDNA架橋剤によって架橋された構造のDNA損傷であり,転写,複製,組み換えを阻害する。ICLによって複製フォークの進行が阻害されるとMus81,XPF等のエンドヌクレアーゼによってICL部位が切断され,DNA二重鎖切断(double strand break : DSB)が生じることが報告されているがICL修復の詳細は不明である。我々は真核生物のICL修復機構の解明を目的にICLの高感度定量法(Psoralen-PEO-biotin excision assay: PPBE法)を開発した。PPBE法はDNAに結合したDNA架橋剤,ソラレンを直接検出することが可能であることからICLの除去反応を測定するのに適した手法である。PPBE法を用いた解析から正常細胞は細胞当たり2500個のICLを24, 48時間後でそれぞれ77, 93%除去することが明らかになった。この除去反応はDNA複製の阻害によって低下することからICL修復はDNA複製時に行われることが示された。また,DNA架橋剤感受性を示すナイミーヘン症候群細胞,色素性乾皮症F相補性群細胞,ファンコニ貧血細胞であるFA-G,-A相補性群細胞では正常細胞と比べICL除去速度に有意な低下が見られた。一方,FA-D2相補性群細胞ではICL除去速度は正常細胞とほぼ同じであったことからFA-D2タンパク質はICL除去には関与しないことが示された。相同組換え(HR)関連遺伝子欠損細胞はDNA架橋剤感受性を示すがICL除去速度は正常であったことからHRはICL除去後の修復に関わることが示唆された。DNA架橋剤感受性細胞は多く存在するが,ICL部位の除去の異常と,ICL除去によって生じたDSBの修復の異常に分類できることが本研究で明らかになった。
  • 松永 司
    セッションID: W2-4
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    ヒストンH2AXのC末端付近にあるSer139は、電離放射線等によって生じるDNA二重鎖切断生成に伴って、ATMやDNA-PKcsにより迅速にリン酸化される。一方、紫外線照射やヒドロキシウレア処理でもS期細胞でH2AXのリン酸化が見られ、DNA複製フォーク停止に伴う一本鎖DNA領域生成が引き金となりATRによりリン酸化されると考えられている。最近、我々は、G0期に同調したヒト線維芽細胞でも紫外線照射後にH2AXがリン酸化されることを見出し、この反応がヌクレオチド除去修復(nucleotide excision repair; NER)に依存することを明らかにした。さらに、その原因として、G0期ではNERの後期過程で働く修復合成因子の細胞内レベルが著しく低下し、一本鎖DNAギャップが蓄積する可能性を示唆した(Matsumoto et al., J. Cell Sci. 120, 1104-1112, 2007)。今回は、このNERに依存したH2AXリン酸化が生体内に存在するG0期細胞でも生じるのかを中心に検討した。
    まず、G0期に同調されたヒト線維芽細胞にNERの基質となるDNA損傷を誘起するアセチルアミノフルオレンやシスプラチンを処理したところ、NERの正常な細胞においてH2AXのリン酸化が見られることを確認した。一方、マウスの胸腺およびリンパ節よりT細胞を分離して紫外線を照射したところ、修復合成因子の細胞内レベルが著しく低下しているリンパ節由来T細胞において、H2AXのリン酸化が検出された。また、このリン酸化はxpaノックアウトマウス(大阪大・田中亀代次博士より供与)から分離した末梢T細胞では見られず、この反応もNERに依存していることが明らかになった。現在、上記の化学物質を処理したマウス内のG0期細胞でH2AXのリン酸化が生じているか検討しており、合わせて報告する予定である。
  • 塩見 尚子, 森 雅彦, 辻 秀雄, 今井 高志, 井上 弘一, 立石 智, 山泉 克, 塩見 忠博
    セッションID: W2-5
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
     ヒトRAD18遺伝子は、酵母の損傷トレランスに関わるRAD6エピスタシス遺伝子群に属するRAD18遺伝子のヒトホモログとして単離された。RAD18は、生化学的にはユビキチンリガーゼでユビキチン結合酵素のRad6と複合体を形成して働く。最近、RAD18/RAD6はDNA損傷による複製停止部位でPCNAをモノユビキチン化し、それにより複製DNAポリメラーゼから損傷乗り越えポリメラーゼへのスイッチングに関与することが明らかにされてきた。  我々は,RAD18のヒト細胞内での働きを詳細に調べるため,ヒトHCT116細胞から標的遺伝子破壊法によりRAD18遺伝子を破壊したRAD18欠損細胞株を樹立し,その性質を調べてきた。RAD18欠損細胞は電離放射線にやや高感受性(細胞の生存および染色体異常の誘発について)だが、DNA二本鎖切断修復の相同組み換え修復(HR)と非相同末端結合修(NHEJ)の主経路は機能しているので、RAD18はHRやNHEJとは別の修復経路で働くと考えられた。さらに、RAD18欠損細胞は単鎖切断を誘発するカンプトテシン(CPT)には感受性が高いが二本鎖切断を誘発するエトポシドにはそれほど感受性が高くないことからDNAの単鎖切断修復が欠損していると考えられた。また、CPTに対する高感受性は細胞周期のS期に限定されることやアルカリコメット法でS期での単鎖切断修復能が欠損していることが明らかとなったので、RAD18はS期特異的な単鎖切断修復に関与すると考えた。  これらの結果および電離放射線照射やCPT処理ではHCT116細胞においてもPCNAのモノユビキチン化は起きないことから、S期特異的な単鎖切断修復においてはポリメラーゼのスイッチングでは重要であったPCNAのモノユビキチン化は必要ないものと考えられた。
  • 長澤 正之, 中田 慎一郎, 勝木 陽子, 水谷 修紀
    セッションID: W2-6
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    発癌は多段階に遺伝子に異常(変異)が発生・蓄積し,最終的に悪性化に繋がるが,小児の悪性腫瘍については発癌発症までの期間が短く成人における発癌と背景が異なると予想される。遺伝子変異については_丸1_細胞増殖_丸2_増殖抑制_丸3_細胞周期制御に関わるものが特に重要とされる。遺伝的背景と発癌についてはp53, BRCA1, ATMといった細胞周期制御に関わる体細胞遺伝子異常で高率に発癌する事が示されている。一方,小児期に発病した白血病細胞に見られる遺伝子異常が出生数日後に採取・保存された同一患者の血液から検出されたという報告や,一卵性双生児に発生した白血病細胞が同一クローンであったとの報告などから白血病化の過程は胎生期に既にみられる,という考えに至っている。 小児白血病の中で1歳未満に発症する“いわゆる”「乳児白血病」では11q23に位置するMLL(Mixed Lineage Leukemia/Myeloid Lymphoid Leukemia)遺伝子の再構成(相互転座)を多く認める。この遺伝子再構成は2次性白血病でもよく認められ,そのbreakpointは90kbpからなるMLL遺伝子のうち8.3kbpのbreakpoint cluster region(BCR)に限定され,その領域にはtopoisomerase_II_(Topo_II_)結合部位が散在している。Topo_II_は細胞生存に必須の蛋白であり,2量体としてDNAに共有結合してDNA2本鎖を切断し,そのDNA切断端間に別の2本鎖DNAを通過させた後に切断した2本鎖DNAを再結合する。抗癌剤であるetoposideはTopo_II_阻害作用を持ち,DNA再結合の過程を阻害し,DNA2本鎖切断を安定させることによりDNA損傷を蓄積し抗腫瘍効果を発揮する。細胞周期チェックポイント機構は不可逆的DNA損傷を認識し,アポトーシスを誘導し,発癌過程を阻止する。細胞を高濃度etoposideに曝露するとMLL-BCR部位特異的切断が確認され,食物中に含まれるTopo_II_阻害活性をもつbioflavonoidを用いた場合も同様な切断が確認される。 われわれはearly G2/Mチェックポイント異常がetoposide曝露に起因する染色体転座発生のリスクになることをin vitroで示した。一方, 7例のMLL遺伝子再構成陽性乳児白血病小児の寛解期末梢血リンパ球を用いてATM蛋白の機能およびATM遺伝子異常を検索し,2例で放射線照射時にATM依存性のp53Ser15リン酸化が低下し,うち1例では一方のアレルがdominant negative効果をもつheterozygoteであることを報告した。以上のことから,胎生期でのTopo_II_阻害活性物質への暴露とそれに伴うDNA損傷と細胞周期チェックポイント機構のバランスの不均衡が小児白血病発症の背景のひとつと推測される。
  • 栗政 明弘, 富松 望, TAHIMIC Candice G. T., 大槻 明広, BURMA Sandeep, 福原 暁子, 佐藤 建三 ...
    セッションID: W2R-321
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    細胞内で生じるDNA二本鎖切断損傷は、その断端が認識され、損傷のシグナルが伝達され、細胞周期がチェックポイントにおいて停止し、断端の修復が行われる。この損傷応答反応においてATMはDNA断端付近で活性化され、直接的にあるいはATRを介して、その基質であるp53などをリン酸化することで損傷応答時におこるシグナル伝達を制御している。一方、DSB損傷断端にはKu70/80二量体(Ku)が結合し、これがDNA-PKcsを誘導し、非相同末端結合修復を導く。これまで、このATMとATRを主とするシグナル伝達とKu結合を介した非相同末端結合経路との関わりは明らかにされていない。今回、Ku欠損型細胞株を用いて、KuがATMの活性にどのような影響を与えるかをp53ser18のリン酸化を指標に検討した。野生型細胞株の放射線照射後2時間において、ATM依存性ATRが活性化していること、またこのATM依存性ATR活性がKu欠損型細胞株の放射線照射後2時間では起こっていないことから、ATM依存性ATRが活性化するためにはKuが必要であることを明らかにした。また、ATM/Ku70二重欠損型細胞株で認められるp53のリン酸化はATM非依存性ATRによって引き起こされていることを明らかにした。これらはKuとATM、ATRが密接に関与していることを示唆している。
  • 張 秋梅, 中島 恭子, 王 Lili, 蓮池 史画, 立花 章, 野村 崇治, 米倉 慎一郎, 米井 脩治
    セッションID: W2R-322
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    電離放射線の生体分子に対する作用は、対象となる分子が照射によって直接励起あるいは電離することによって損傷を受ける直接作用と、周辺のおもに水分子の放射線分解によって生成する酸素ラジカル(スーパーオキシドO2-、過酸化水素H2O2、ヒドロキシルラジカ・OH)を介して起こる反応による間接作用がある。後者の場合、これらの酸素ラジカルがDNA、タンパク質、脂質などと反応し、それらを非特異的に酸化する。DNAが酸化されると、鎖切断、塩基 酸化体(塩基損傷)や脱塩基部位を生じさせ、細胞致死や突然変異のおもな原因になる。したがって、放射線照射によって生成する酸素ラジカルを迅速かつ効率よく消去できれば、放射線による細胞の障害は軽減すると予測できる。本研究では、酸素ラジカルを消去する活性をもつ酵素、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)やカタラーゼ、あるいは酸化された細胞成分の再還元の働きをするチオレドキシンやグルタレドキシンの細胞内での過剰発現によって、細胞 の放射線感受性を軽減させる作用(すなわち防護作用)が起こされるかどうかについて調べた。方法:スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)の遺伝子をヒト細胞用のplasmid vectorにクローニングして、HeLa細胞にtransfectionし、安定した細胞株を作成した。この細胞を用いて、放射線や酸化ストレスに対する細胞の感受性と応答について調べている。本大会では得られた結果を報告する。
  • 山内 基弘, 鈴木 啓司
    セッションID: W2R-323
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    放射線照射後のG1アレストにはATM蛋白質によるp53蛋白質のリン酸化が重要であると考えられているが、個々の細胞における活性化ATMの動態とp53リン酸化の関係は未だ明らかではない。我々はこれまでに照射直後から核内に形成される活性化ATM(Ser1981リン酸化ATM)のフォーカスは時間経過とともに減少するものの、残存するフォーカスはそのサイズが大きくなる、すなわち成長することを明らかにした。そこで本研究ではリン酸化ATMのフォーカスのサイズとp53リン酸化の関係を個々の細胞を解析することにより明らかにすることを目的とした。まずS期におけるATRによるp53のリン酸化の可能性を排除するため、ヒト正常二倍体細胞を接触阻害によりG0期に同調した。次に各細胞のp53レベルを一定にするため、p53-MDM2の結合を阻害するNutlin-3を24時間処理した。その後、細胞に1 GyのX線を照射し、2, 4, 8, 24時間後に細胞を固定し、抗Ser1981リン酸化ATM抗体および抗Ser15リン酸化p53抗体を用いて蛍光免疫染色を行った。まずリン酸化ATMおよびリン酸化p53の核内蛍光強度を測定した結果、全体としては両蛋白質ともに照射後の時間依存的に蛍光強度が減少した。しかしながら、ほとんどのリン酸化ATMフォーカスが消失した照射24時間後も、一部の細胞において、照射2時間後と同程度のリン酸化ATMおよびリン酸化p53の蛍光強度が保持されていた。このような細胞においては、直径1.6 μm以上の大きなリン酸化ATMフォーカスが観察された。さらに照射24時間後の、フォーカスを1個だけ持つ細胞のみを解析した結果、リン酸化ATMフォーカスの直径とリン酸化p53の蛍光強度に高い相関が見られた(R2=0.497)。以上の結果から、X線照射後残存するリン酸化ATMフォーカスは成長することにより、p53のリン酸化レベルを維持していることが示唆された。
  • 鈴木 啓司, 山内 基弘, 児玉 靖司, 渡邉 正己
    セッションID: W2R-324
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
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    放射線により誘発されたDNA二重鎖切断は、ATM依存的DNA損傷チェックポイント経路を活性化することにより細胞死に関わる細胞応答を誘導する。これまでに、正常ヒト二倍体細胞において、放射線による細胞死の主要なモードがアポトーシスではなく老化様の不可逆的増殖停止(SLGA)であることを報告してきたが、SLGAの誘導にはp53機能が必要で、その機能を失っている大半のヒト癌細胞ではSLGAの誘導が困難であることが予想される。このような細胞では、DNA二重鎖切断を持ったまま細胞周期が進行し、細胞分裂期に細胞分裂異常を引き起こしていわゆるmitotic catastropheの状態に陥る。そこで本研究では、mitotic catastropheの状態でどのような細胞死のモードが誘導されているのかを、DNA二重鎖切断のマーカであるリン酸化ATMフォーカスを指標に検討した。 6種類のヒト癌細胞株に6 GyのX線を照射し、24時間おきに固定した細胞を抗リン酸化ATM抗体とDAPIで染色したところ、照射後24時間までに、50_%_程度の核がmitotic catastropheを誘導し微小核を多数含むことが明らかになったが、リン酸化ATMフォーカス陽性細胞はいずれの癌細胞でも検出されなかった。このとき、40 J/m2のUVCを照射した細胞では、全ての核がリン酸化ATM陽性で核全体が染色される典型的なアポトーシス像を示すことから、mitotic catastropheを誘導したヒト癌細胞では、アポトーシスが誘導されていないことが確認された。さらに照射後48時間以降では全ての細胞が微小多核細胞になるが、その中にリン酸化ATM陽性の微小核が出現することを見いだした。依然として核全体でリン酸化ATMのシグナルが検出される細胞は見いだせなかったが、微小核上ではアポトーシスが誘導されていることがわかり、断片化した染色体を積極的に分解するメカニズムが存在することが明らかになった。 以上の結果から、mitotic catastropheを起こした細胞はアポトーシスを誘導せず、不分離とDNA合成を数回繰り返して巨大化し、最終的にSA-β-gal陽性のSLGA細胞に変わっていくプロセスが明らかになった。
  • 吉川 智裕, 菓子野 元郎, 小野 公二, 渡邉 正己
    セッションID: W2R-325
    発行日: 2007年
    公開日: 2007/10/20
    会議録・要旨集 フリー
    放射線被ばくによりDNA二重鎖切断が生ずると、クロマチンタンパク質のひとつであるH2AXが活性化ATMによりリン酸化され、フォーカスを形成することが知られている。同時に、DNA損傷修復経路、細胞周期チェックポイントの活性化が起こりDNA損傷の修復が進む。このDNA損傷修復の進行に伴いフォーカスの数は減少するので、H2AXのリン酸化は、DNA損傷修復と密接に関係する事象であると予想されるがその実際は明確ではない。その際、一部のフォーカスは、サイズが大きくなり長期間残存することが観察されるが、この大きなフォーカスの生成の生物学的な意義は明らかになってはいない。本研究では、放射線照射後に長期間残存するフォーカスと細胞生存率とが相関関係を持つのかどうかを調べた。 ヒト正常二倍体細胞HE49とヒト子宮頸部ガン細胞HeLaに0−6GyのX線を照射し、その後のリン酸化H2AXフォーカスの数と大きさの変化を調べた。またRPAをS期、メチル化ヒストンH3をG2期の指標とし、細胞周期とフォーカスの関係を調べた。 その結果、未照射の細胞および照射後に再増殖を始めた細胞では、大きなフォーカスを持つものがほとんど観察されないが、細胞周期の進行が抑制されたままの細胞に多く観察されることがわかった。 このことから残存する大きなリン酸化H2AXフォーカスの存在は、細胞が増殖能の喪失したことを示しており、放射線照射後の細胞の運命を考える上でのひとつの指標として有効なものになると考えられる。
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