生物は生育環境の急変(ストレス)に当たり,影響を最小限にくいとめ,引き続いて起こる類似のストレスに対する防御機構(ストレス応答)を進化の過程で獲得してきた。病原体が感染宿主内で遭遇する最も過酷なストレスはマクロファージ内にあると考え,マクロファージ殺菌機構に抵抗して増殖するいわゆる細胞内寄生性細菌は食細胞内でストレス応答を発動し,産生されたストレス蛋白質が細菌の病原因子となるであろうと推論した。この仮説の実証から始まってストレス蛋白質による細菌病原性制御機構の研究を続け,ストレス蛋白質のLon,ClpXP,DnaK/DnaJがサルモネラの病原性に必須な役割を果たしていることを見出した。特にこれらのストレス蛋白質による
Salmonella Pathogenicity Island1(SPI1)とFlagellar regulonの発現制御の分子機構を明らかにした。さらに,マクロファージ細胞死と炎症性サイトカイン誘導におけるSPI1の役割について研究を進め,感染初期におけるSPI1遺伝子発現制御の意義を明らかにした。又,サルモネラ感染マクロファージでCaspase-8が誘導されることを見出し,この誘導に関わる新規エフェクターを同定した。さらに,バイオインフォマティクスを導入してサルモネラエフェクターの網羅的探索研究を進めた。細菌の病原戦略にストレス応答を組み込むことは新たな概念であり,研究の背景,仮説の実証,その後のサルモネラ病原性研究の展開等,筆者の研究の歴史を追ってまとめた。
抄録全体を表示