計量形質の遺伝率や遺伝相関係数などの遺伝パラメータの推定において,従来の方法(ここでは古典的推定という)によって得られる推定量は標本誤差が大きく,しばしばその値がパラメータのもつ固有の範囲(遺伝率では[0,1],遺伝相関係数では[-1.1])を越えてしまうなどの問題点がある.これらの問題点を解消するために,事前の情報をとりいれるベイズ推定を導入した.推定すべきパラメータに関する事前情報は,その固有の範囲の上で定義される事前分布にとりこまれ,得られたデータと組み合わされパラメータの事後分布が与えられる.しかし事後分布は他のパラメータ,表現型平均や表現型分散,共分散などにも依存している.これらのパラメータに関しては,最尤法やモーメント法など従来の方法によって得られる推定量が,良い統計的性質を備えていることが知られている.よって表現型平均や表現型分散,共分散などのパラメータはそれらの古典的推定量で置き換えて事後分布を構成し,推定すべき各遺伝パラメータの事後分布にもとずく期待値を数値積分によって求め,ベイズ推定量を得ることにした.このようにして古典的推定量と組み合わせてベイズ推定量を得る方法を,我々は“ハイブリッドベイズ推定"と呼びその推定量を“ハイブリッドベイズ推定量"と名付けた.本論文ではハイブリッドベイズ推定量の統計的性質をモンテカルロシミュレーションにより半兄弟モデルについて調べ,古典的推定量,および古典的推定量でその値が固有の範囲を越えたものはその境界の値にした修正された古典的推定量との比較を行なった.遺伝率だけを推定する一形質に着目した場合と遺伝率と遺伝相関係数の推定を同時に行なう二形質に着目した場合について調べた.一形質の場合,事前分布として遺伝率が固有の範囲内にその値をとる,という事以外には利用できる事前情報がないとき[0,1]上の一様分布を,それ以外にも專前情報があるときにはそれを反映させたべー夕分布を用いた.いずれの場合もハイブリッドベイズ推定量は,その値が固有の範囲内にあり,不適当な事前分布を用いた場合を除いて,他の二つの推定量に比べ平均二乗誤差が小さいなどの望ましい性質を備えていることが示された(Table 1.2).また二形質の場合,事前分布としての遺伝率については[0,1]上の,遺伝相関係数については[-1,1]上の一様分布をそれぞれ用いた.遺伝率については一形質の場合と同様の結果がえられ,遺伝相関係数についてはハイブリッドベイズ推定量のもつ望ましい性質がより顕著に示された(Table 3,4).つまり古典的推定量は推定不能の場合があり,かつ可能な場合も著しく固有の範囲を逸脱することがあるのに対しハイブリッドベイズ推定量はつねに推定可能であり,平均二乗誤差が小さくその値は常に固有の範囲内にあった.
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