近年,小学校において肥満児が増加傾向にあることから,肥満問題は学校保健上の視点になってきた.肥満児対策は,それを早期に発見し成人肥満への移行を防止することであるが,その前提条件である学童肥満の判定に対する適切なる検出法が確立しているとはいえない.肥満は体脂肪の異常蓄積の結果であるから,体脂肪を直接的に測定することが理論的に最も好ましく,体密度法,放射性K40測定法,超音波法などがあるが,然しいづれの方法も集団における肥満判定法としては応用できぬ.この目的にかなう方法として,身長別標準体重増加率,各種体格指数,軟部組織X線撮影法,Wetzel grid法,あるいは皮脂厚(皮下脂肪厚)測定法などが考えられている.ことに身長別体重増減率が広く利用されているが,年々変化する学童体位に対応するdesirable weightの数値を求めることが困難である.また同様にRohrer指数160以上も広く用いられ,文部省はLivi指数を採用した成績を発表しているが,これらの指数には多くの問題があり,最近は皮脂厚値に注目が集まっている.WHO(1955)においても採用されている.著者らは従来の研究より学童肥満の集団Screeningには皮脂厚測定方法が最も適当であると考え,静岡県沼津市の小学校児童を対象に栄研式皮脂厚測定器を用い,身体計測と皮脂厚の測定(上腕部・背部および腹部)を実施してきた.1968年より1971年までの皮脂厚の測定数は,合計男子10,630名,女子10,132名である.皮脂厚測定による肥満判定につき各方面から検討した成績の結論をまとめると次のごとくである. 1.現在多く使用されている栄研式とKeys式の2種の皮脂厚計にて,上腕部を比較測定した結果,両者の相関係数は+0.978の正相関で,その回帰直線はy=1.014x+0.82が求められ,栄研式にやや高い値が得られた. 2.皮脂厚平均値の男女差は明らかに男く女で示され,また年令とともに増加した.年次推移をみると,この4年間に一定の傾向は認められなかったが,以前に発表された成績との比較では各年令とも明らかに増加していた.性別・年令別(或いは学年別)の皮脂厚値の平均値または度数分布の現状を把握することができたと考えられる.その度数分布は非対称分布(歪み+)を示す. 3.3部位(上腕・背部・腹部)の皮脂厚値を比較すると,その相関値は性別・学年別によって差があるが,上腕・背部では男子0.785~0.877,女子0.716~0.947,上腕・腹部では男子0.717~0 .893,女子0.680~0.883,背部・腹部では男子0.872~0.940,女子0.797~0.914であった.三部位の平均値は低学年男子を除き上腕> 腹部> 背部という順である.上腕皮脂厚が腹部より大であるのは6年男子83.7%,女子76.6%であるのに対し,背部> 腹部の比率では男子39.4%,女子18.7%であった.著者は上腕+背部の値をもって,肥満の検出をしてきたが,これらの検討から上腕+腹部の皮脂厚値がより脂肪沈着の状況を示すものと考える.今後の研究にまつ. 4.皮脂厚値と各種体格指数および体重増加率との相関についても吟味したが,Rohrer指数では男子0.320~0.726,女子0.516~0.754でことに低学年で相関が低かった.体格指数としては,Rohrer指数よりBrugsh指数,Livi指数,Ponderal指数などを検討する方がよいという結果を得た. 5.皮脂厚値を用いて肥満児を検出する場合は,身長別標準体重20%増加を一つの基準線としておき,長嶺の皮脂厚の基準を原則的に採用して判定をおこなっているが,視診も重要であるという認識を得た.同一対象について数種の方法で肥満判定を行い,その成績を比較したところ,かなりの不一致を認めた.そして,各種体格指数よりも皮脂厚と身長別体重増加率がもっとも好ましいという結果を得た. 6.著者は皮脂厚値(上腕+背部)× 標準体重増加率の数値が,肥満判定に好ましいと考え,その基準値として,500~1,000を肥満傾向(1年男子では400~1,000),1,000以上を肥満とすることを提案した.この指数を森指数(Mori-lndex)と名付けた. 肥満児検診にあたり,高度肥満の者はその判定が容易であるが,軽度の場合は困難を伴なう.標準体重増加率や各種体格指数による基準では,over weightのみで肥満の判定がなされる危険性がある.また皮脂厚値が基準より大であっても,発育良好な学童であって肥満ではない場合がある.発育と脂肪沈着との関係から考察すると,森指数の応用はこの問題点の解明に役立つものと思われる.皮脂厚値に関する系統的な研究はこれ迄少なかったが,この研究で小学校児童の皮脂厚値の実態とその意義の一部を明らかにし得たと考える.
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