わが国における老人医療の受診件数は,全国的実施当初の1974年には前年度比8.0%著増したが,翌1975年には4.4%増に低下し,その後漸増を続けて1982年度末までの10年間には37.3%の増加となった.逆に1件当たり日数は6.2%短縮した.この推移には,社会経済的要因による強い影響が考えられる.ことに,この後の老人保健法や医療費一部負担制の導入による受診件数減少などとも合わせてみると,制度変更の影響が短期間に現れることがわかる.他方,都市的要素や農村の状況など,生活基盤による影響には持続性が見られる. そこで受療の要因を折出するため,受診件数との関係が考えられる29項目(合成変数を含む)を各領域から選び,重回帰分析など一連の分析を実行し,次のような結果を得た. 1 まず各変数と受診件数の関係を相関分析から概観すると,受診件数に対して人口密度など都市の状況を示す指標,所得水準や社会階層を表す所得や学歴,情報との接触を示す郵便物引き受け数,さらには医療のアクセシビリティを表す医療施設や交通機関の利用しやすさが正の相関となっている.一方,持家率,乗用車保有世帯率,老人クラブ加入率など農村の指標は負の相関を示した. 2 上記の29変数の全体的把握と,老人医療の受療を規定する要因の析出に用いる変数縮約を兼ねて,クラスター分析を試みた結果,人口高齢化,過疎化など12の群が形成された.この各クラスターから受診件数との相関係数の絶対値が最高のものを選び12変数を抽出した. 3 上記12変数による因子分析の結果,適解が得られた第3因子までをみると,第1因子は都市的要素,第2因子は人口動態からみた健康状況の悪さ,第3因子は過疎化の状況,を表すものと解釈された. 4 第3因子までの因子得点を求め重回帰分析を行なった.その結果,重相関係数が0.679に達し,決定係数が0.461を示した.したがって,約半数の部分が説明されている.そして第1因子,すなわち都市の標準偏回帰係数が0.561の高い正の値を示し,受療促進に強い寄与を示した.反対に第2因子,人口動態からみた健康状況の悪さを表す因子の標準偏回帰係数が-0.327,第3因子,すなわち過疎化の状況を表す因子の標準偏回帰係数が-0.200と負の値を示しており,これらは受療の抑制に作用すると考えられた.
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