民族衛生
Online ISSN : 1882-868X
Print ISSN : 0368-9395
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8 巻 , 2 号
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  • 木原 均, 松本 賢三
    8 巻 (1940 - 1941) 2 号 p. 121-133
    公開日: 2010/11/19
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  • 佐守 信男
    8 巻 (1940 - 1941) 2 号 p. 134-145
    公開日: 2010/11/19
    ジャーナル フリー
  • 吉益 脩夫, 喜田 正春
    8 巻 (1940 - 1941) 2 号 p. 146-158
    公開日: 2010/11/19
    ジャーナル フリー
  • 尾崎 安之助
    8 巻 (1940 - 1941) 2 号 p. 159-168
    公開日: 2010/11/19
    ジャーナル フリー
    既に1906年Vogt氏に依つて小頭症が屡々家族的に招來する事が證明せら託, 又Giaco-mini, Pfleger, Pikz氏等に依つて本症の發生原因に關する研究が成された. 其の後1912年Riva氏に依つて本症が遺傳性退化性疾患にして, 遺傳性發育抑制に歸因するものであると記載報告せられた. Weggandt (1905) は小頭症の一家系を報告し, 同胞8人中3人に於て本症を認めたと記載して居る. 更にA. Vcgt氏は三家系を報告し, 第一家系では同胞5人中3人, 第二家系では同胞7入中3人, 第三家系では同胞3入中2人に於て夫々本症患者を認あたと報告して居る. Becker氏は同胞9人中5人に於て本症患者を認め, 中1人の婦人に於て低能なる事を述べて居る. Bernstein氏 (1922) は同胞10人中5人に於て本症患者が出現した例を報告し, 低能を随俘して居る事を記載して居る. 而して本症が劣性遺傳性障碍に依つて起るものであら5と述べた. Pilcz氏は同胞10人中男性4入に於て本症を認め, 共に低能であると述べ, 吏に6人の女性は腦水腫であつたし, 内4入は精神薄弱者であつたと報告して居る. Stringaris氏 (1929) は家族性に出現せる本症, 家族を21例蒐集したと報告して居るが殘念ながら原著に接してゐない. 本邦に於ては1911年富澤錘氏に依つて小頭症の二二例が報告せられたが遺傳關係の記述が全く缺如して居る. 其の後1916年中村弘氏が本症を報告し, 更に1921年渡邊氏が同胞5人中男性2人に於て本症を認めた例を報告し, 發端者は25歳の男性にして, 頭蓋周圍長39・0cm, 頭蓋前後徑1生0cm, 頭蓋左右徑1.10cm, 身長142.0cmなる興味ある症例なるも此は圭として病理解剖學的見地より詳細に研究したものである. 1923年幅澤氏は4年10ヶ月の男兒の小頭症患者剖檢例を報告し, 頭蓋周圍長36・0cm, 胸圍46.0cm, 身長90.0cm, 體重傷kgであつたと述べて居る. 1930年石井氏が家族性に本症が出現した例を報告して居る. 1936年増永域が17歳の男性にして, 頭蓋周圍長2a4cm, 頭蓋前後周徑175cm, 頭蓋左右周徑145cmを呈し, 智能發育不良なる例を報告し, 本症の原因は恐らく胎内又は幼兒期に於て膕膜炎を經過し, 其の結果腦膜の癒着を起し, 頭蓋骨及び大腦の發育障碍を來した結果に依るものならんと述べて居る. 1937年佐野氏は8ヶ月の乳幼兒にして頭蓋周圍375cmの發育不良なる症例を記載して居る. 同年滿川氏は身體的發育制止を伴へる小顱性白癡の臨床的觀察と題し18歳の身性を報告して居る. 更に1940年原氏は小頭症三例の特に内臓諸臓器の變化に就て病理解剖學的方面より觀察して居る.
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