日本医史学雑誌
Online ISSN : 2759-0453
Print ISSN : 0549-3323
65 巻, 4 号
選択された号の論文の9件中1~9を表示しています
本号の表紙絵
原著
  • ―ビルマ戦での看護に焦点を当てて―
    川原 由佳里
    2019 年65 巻4 号 p. 407-425
    発行日: 2019/12/20
    公開日: 2026/09/05
    ジャーナル フリー
    第二次世界大戦における英国陸軍看護サービスの看護婦の経験を,東南アジア,特にビルマ戦での看護に焦点をあてて明らかにした.結果,ビルマでは急な日本軍の侵攻に,しばらく医療体制も整わず,助かる命も助からない時期があった.やがて体制が整うと,看護婦は前線にまで派遣され,多様な文化を背景とするメンバーと共に,ペニシリンなどの最新の治療法を用いて傷病者の看護を行った.この戦争についての看護婦の語りは様々で,軍の組織に所属するか,指導的立場にあるか,戦後すぐか,あるいは時間が経ってから書かれたかなどの構造的な要因が影響していた.
  • ―聖路加国際病院と橋本寛敏に注目して―
    藤本 大士
    2019 年65 巻4 号 p. 426-439
    発行日: 2019/12/20
    公開日: 2026/09/05
    ジャーナル フリー
    第二次世界大戦後の日本では,連合国軍最高司令官総司令部(GHQ/SCAP) の公衆衛生福祉部(PHW)が医療改革を推し進めていく.その医療改革は,これまでのドイツ式の医療制度から,アメリカ式の医療制度に変わることを意味していた.先行研究は,GHQ/SCAP文書などを利用し,PHWや厚生省・文部省が主導した戦後医療改革の実態をかなりの程度明らかにしている.それに対し,本論文は,民間の病院や医師が戦後医療改革にどのように対応したかを明らかにする.具体的には,聖路加国際病院と同院長の橋本寛敏に注目する.同院は,戦前からアメリカ式の医療機関として発展していたが,戦後,橋本寛敏を中心として,PHWの推し進める医療改革において模範的な役割を果たすことになったのである.
  • ―とくに初期の写本と全身麻酔薬を中心として―
    松木 明知
    2019 年65 巻4 号 p. 440-457
    発行日: 2019/12/20
    公開日: 2026/09/05
    ジャーナル フリー
    華岡青洲は非伝統的処方である奇(禁)方を治療上極めて有用であると考えて収集した.青洲の高弟本間玄調は1850年に奇(禁)方集の一つである「青嚢秘録」を再編集したが,「青嚢秘録」の書誌,成立年に関しては殆んど知られていなかった.著者は36本の写本を精査して,春林軒の門人原澤 誼が1814年に書写した一本が現存最古であることを明らかにした.原澤の識語によって初稿本は1810年頃に成立したと推定される.多くの写本は200方前後の奇(禁)方を収載している.その中の6方が全身麻酔薬の処方で,5方は中国系,1方はオランダ系であった.本稿では「青嚢秘録」の初期の写本の書名,内容などの書誌的事項について考察を加えた.
研究ノート
  • 今井 秀
    2019 年65 巻4 号 p. 458-481
    発行日: 2019/12/20
    公開日: 2026/09/05
    ジャーナル フリー
    医家有馬家は江戸末期まで続いた家系で,彼らは丹波福知山藩ならびに紀州和歌山藩の典薬となり仕えた.有馬玄哲が医家有馬家の始祖で,玄哲は曲直瀬玄朔に医学を学び法印に叙され,後水尾天皇の典薬となった英傑の医家であった.玄哲の長男・良竹は有馬家を相続し幕府医官となったが,やがて弟の凉及に家督を譲り,凉及はのちに徳川頼宣侯(諡南龍)に仕えた.その後良竹の末裔は代々福知山藩主朽木侯に仕え,また凉及の末裔は紀州藩主徳川侯に仕えた.なかでも凉及は何事にも束縛されない自由奔放な人であったが,我が国「古方派」の嚆矢と見做されるほどの傑出した医家であった.他方,福知山藩医の有馬凉築は朽木昌綱侯の計らいで養子の文仲を大槻玄沢に弟子入りさせ,文仲は西洋の文物を解説した『蘭説弁惑』を著した.このように有馬家は,秀逸な医家を多く輩出した名家であった.
  • 戸部 賢, 齋藤 繁
    2019 年65 巻4 号 p. 482-494
    発行日: 2019/12/20
    公開日: 2026/09/05
    ジャーナル フリー
    道元は本邦禅宗の開祖の一人であり,日本に曹洞宗を導入し広く普及させた.本格的な禅寺の開設と合わせ,数々の宗教書,修道僧指南書を執筆し後世に大きな影響を与えた.著作の多くは宗教哲学的なものであるが,その中に衛生,栄養,呼吸,睡眠,感覚の認知などに関する具体的な記述も散りばめられている.特に正法眼蔵や永平廣録などには衛生,呼吸,心身の相関などに関する修行上の注意点が明瞭に記されている.栄養学や呼吸生理学が成立するはるか前から,栄養管理や呼吸法が精神状態や健康管理に大きな影響を及ぼすことを禅修練者は知識として持っていたと考えられる.たとえば,丹田(臍下部)まで及ぶような深い呼吸や呼気時に気道抵抗をかけるゆっくりした呼吸が不安軽減や肺機能維持に有効であることを指摘している.道元の古典的記述と現代の科学的知見を対比することで,衛生や栄養,感覚,呼吸などに関する当時の記述の多くが現代医学の視点からも合理的であり,実用的であることが理解される.
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