初期定着菌であるStreptococcus gordoniiは菌体表層に発現しているSspA/Bを介し,ペリクルへと付着する。SspA/BはStreptococcus mutansの付着因子PAcと高い配列類似性を示しており,S.gordoniiとS.mutansはペリクルへの付着に対して競合関係にある。本研究ではこの関係性に着目し,SspA/B由来ペプチドSsp(A4KA11K)がS.mutansの初期付着およびバイオフィルム形成に与える影響を解析した。Ssp(A4K A11K)はヒト唾液に高い結合能を示し,ペリクルへのS.mutansの付着を抑制した。また,Ssp(A4KA11 K)処理群ではS.mutansのバイオフィルム抑制が認められた。口腔レンサ球菌4菌種間の比較において,これらの抑制効果はS.mutansへの選択性が高く,常在細菌への影響という懸念事項を解消した。更にSsp(A4KA11K)処理群の培養液は,対照群と比較して有意に高いpHを示し,臨界pHへの低下を遅延させた。以上よりSsp(A4KA11K)を用いた本研究は,齲蝕原性バイオフィルムの新規制御法として有用である可能性を示した。
ヒト齲蝕の主要な病原細菌であるStreptococcus mutans は,口腔内においてバイオフィルムを形成し,その病原性を発揮する。S. mutans の菌体表層に存在するグルカン結合タンパク(Gbp)において,これまでのところGbp には,GbpA, GbpB, GbpC および,GbpD の4 種類が報告されており,そのうちGbpA は,バイオフィルム形成に最も深く関与していると考えられている。 分子シャペロンGroEL およびDnaK はストレス応答タンパクともいわれ,新たなタンパクの生成や発現量の変化を誘発することよってさまざまな生命現象において重要な役割を果たしている。本研究では,S. mutans のバイオフィルム形成に関与する表層タンパクおよびストレス応答タンパクの発現について分子生物学的手法を用いて検討した。 GbpA 欠失変異株(AD1)を作製しバイオフィルム形成能を検討した。親株およびAD1 によって形成されたバイオフィルムの構造を共焦点レーザー顕微鏡による画像にて比較したところ,親株と比較してAD1 では,菌体外多糖の産生が顕著に増加しており,これによりバイオフィルムの厚みは上昇していたが,密度は低下していることがわかった。そこで菌株間の結合度を調べるため超音波粉砕試験を行ったところ,親株と比較して,菌体間結合力は弱いことが明らかとなった。DnaK およびGroEL をコードするdnaK, groEL の発現は親株と比較してAD1 で上昇していた。以上より,GbpA は種々のタンパク発現に影響を与えるとともに,均一で強固なバイオフィルムを形成するために極めて重要なタンパクであると示唆された。
齲蝕の主要な病原細菌であるStreptococcus mutans は,グラム陽性の通性嫌気性レンサ球菌であり,感染性心内膜炎の起炎菌でもあることが知られている。これまでにS. mutans の菌体表層に,分子量約120 kDa のコラーゲン結合タンパク(Collagenbinding proteins ;CBP)を発現している菌の存在が確認されている。また,S. mutans 株陽性の感染性心内膜炎患者における摘出心臓弁からは,CBP をコードする遺伝子が高頻度で検出されている。CBP 陽性S. mutans 株の多くは,分子量約190 kDa のPA タンパクの発現を欠いており,血管内皮細胞への付着能および侵入能を増加させることに関与していることが示されている。病原細菌と血液成分との反応は様々な全身疾患において重要な病原因子とされていることから,S. mutans 株の菌体表層タンパクに着目して血液成分との反応を詳細に分析したところ,CBP 陽性PA 陰性のS. mutans 株は他の菌体表層構造をもつS. mutans 株と比較して血清に対して高い凝集能を有していることが明らかになり,特に血清中の主要な細胞外マトリックスであるIV 型コラーゲンに対して高い凝集能を有することが示された。また,血清の補体成分を不活化させることによりCBP 陽性PA 陰性のS. mutans 株の凝集反応が有意に低下することが確認された。さらに,ex-vivo 分析およびラット感染性心内膜炎モデルにおいて,CBP 陽性PA 陰性のS. mutans 株を感染させた心臓弁では顕著な細菌塊の形成を認めたことから,CBP 陽性PA 陰性のS. mutans 株は血清との反応により感染性心内膜炎の病原性に大きく関与している可能性が示唆された。
肢体不自由児の歯科受診行動と齲蝕経験との関係を明らかにすることを目的として,平成28 年度に 3 校の特別支援学校(肢体不自由)に在籍する児童・生徒の保護者334 人を対象にアンケート調査を行い,同年度の学校歯科健康診断結果とともに209 人の結果を有効とし,分析を行った。
1 .かかりつけ歯科ありと回答した者は87.1%であり,年1 回以上定期的に受診する者は72.7%であった。
2 .かかりつけ歯科医療機関の種類は大学病院歯科(68 人),一般歯科・小児歯科(55 人),施設に併設された歯科(23 人),病院歯科(15 人),障害者歯科センター(12 人)の順であった。
3 .かかりつけ歯科をもつ者の永久歯未処置歯・処置歯保有者率(DF 者率)を受診歯科医療機関別に比較したところ,かかりつけ歯科が一次医療機関である群と高次医療機関である群との間に有意差は認められなかった。
4 .定期受診開始年齢が6 歳未満の群は,それ以外の群に比べてDF 者率,一人平均未処置歯・処置歯数(DF 歯数)とも有意に少なかった。
以上より,永久歯の齲蝕抑制という観点からは,永久歯萌出前の6 歳未満から,一次,高次を問わずかかりつけ歯科を定期受診することが有効であることがわかった。
本研究では,小児期のデンタルフロス(以下フロス)使用率の向上を検討することを目的とし,学童期における口腔清掃環境とフロスの使用状況について質問紙調査を行い,以下の結果を得た。
1 .児童の日常の歯磨き状況はすべて児童本人が磨いている割合が,学年が上がるに従い増加傾向を示した。保護者が仕上げ磨きをしている割合は,1 年生から6 年生へと減少傾向を示した。
2 .全学年で日常的にフロスを使用している者は18.4%であった。学年間での使用率の有意差は認められなかった。
3 .フロスの使用状況は,低学年では保護者が関与している者が半数以上を示し,高学年では自立して使用する傾向がみられた。
4 .フロス使用のきっかけは,歯科医療関係者からのすすめによるものや,保護者あるいは家族の使用の有無に関連していた。
5 .児童の歯科医療機関との関わりは,全学年で65%以上が定期的に歯科医院を受診しているものの,高学年になるに従って齲蝕の発生を機に歯科医院を受診する割合が高くなる傾向がみられた。
以上より,学童期は今後の口腔衛生習慣に対する意識の構築時期として重要な時期であり,保護者が管理する幼少期から低学年ごろまでにフロス使用の習慣が定着できることが望ましく,指導の対象を保護者および家族に対しても行うことが子どもの使用の契機になると考えられた。
唇顎(口蓋裂)患児において,手術前鼻歯槽形態誘導(PNAM)治療は,鼻歯槽口蓋形態の成長誘導と哺乳に重要な役割を果たす。本治療において,親の協力は不可欠であり,患児とその親のストレスを配慮すべきである。PNAM 治療における保護者の評価を調査することを目的として,当センター歯科にて2011 年4 月から2017 年12 月の間にPNAM 治療が終了し,裂閉鎖手術が行われた患児の親に対してPNAM 治療に関するアンケート調査を行ない,以下の結果を得た。
1 .PNAM 治療は口唇形成術までの比較的長期間において,患児と親の生活に導入することができた。
2 .親の中には(43.3%),治療を中断したいと思ったことがあると回答した場合があったが,PNAM 治療中のトラブルとの明らかな関連は見られなかった。
3 .多くの親(89.0%)は,医療用テープによる皮膚トラブル(71.7%)を含む,PNAM 装置使用によるトラブルを経験した。
4 .PNAM 治療の結果に関して,ほとんどの親(96.7%)は,「よかった」または「どちらかといえばよかった」と回答しており,高い評価を得た。
以上の結果より,PNAM 治療は唇顎(口蓋)裂患児の親に概ね受け入れられていたことが示された。一方,PNAM 治療によりトラブルが生じ,その予防法に関して改善の余地があることも示された。我々はこれらのトラブルに対する援助法を改良していくつもりである。
日本人乳歯の萌出時期および萌出順序を明らかにし,乳歯の萌出に変化が生じているか否かを検討する目的で,全国的に3 か月から3 歳11 か月の小児8,724 名を調査し,以下の結果を得た。
1 .男児の乳歯萌出は,A が5 か月-9 か月,A が7 か月-11 か月,B が9 か月-1 歳2 か月,B が9 か月-1 歳3 か月,D が1 歳1 か月-1 歳6 か月,D が1 歳1 か月-1 歳7 か月,C が1 歳2 か月-1 歳8 か月,C が1 歳2 か月-1 歳9 か月,E が1 歳11 か月-2 歳7 か月,E が2 歳0 か月-2 歳11 か月の順だったが,BB 間とD, D, C およびC の間には有意な差は認められなかった。
2 .女児の乳歯萌出は,A が6 か月-9 か月,A が7 か月-11 か月,B が9 か月-1 歳1 か月,B が9 か月-1 歳2 か月,D が1 歳1 か月-1 歳7 か月,D が1 歳1 か月-1 歳7 か月,C が1 歳3 か月-1 歳9 か月,C が1 歳4 か月-1 歳9 か月,E が1 歳11 か月-2 歳7 か月,E が2 歳1 か月-2 歳10 か月の順だったが,AA 間,AB 間,BB 間,DD 間,CC 間には有意な差は認められなかった。
3 .性差は大部分の歯で認めず,C とC の萌出時期にのみ有意な差を認め,いずれも男児が1 か月早く萌出していた。
4 .前回報告(1988 年)に比べて,男児はA, A, C, D の,女児はA とD の,萌出時期が有意に早くなっていることを認めた。
本研究はスプリットマウス法にてS-PRG フィラー含有のビューティシーラントと従来型のレジン系フッ素徐放性シーラントであるティースメイトF1 の保持率および齲蝕抑制効果を比較することを目的に行った。平均38.4 か月の長期間にわたる観察の結果,以下の知見が得られた。
1 .すべての観察期間(6 か月,1 年,2 年,3 年)においてシーラント完全保持率は,ビューティシーラントに比較しティースメイトF1 が有意に高い値を示した。更に,歯種別では,各シーラントともにすべての観察期間で,第一大臼歯に比較し小臼歯群(第一小臼歯および第二小臼歯)で高い値を示した。
2 .齲蝕感受性の違いによるシーラント完全保持率は,ローリスク群において,全ての観察期間(6 か月, 1 年,2 年,3 年)でビューティシーラントに比較しティースメイトF1 が有意に高い値を示した。一方,ハイリスク群では,全ての観察期間において,ビューティシーラントとティースメイトF1 の間に有意差は認めなかった。
3 .小窩裂溝の状態によるシーラント完全保持率は,CO 群およびC1 群においてビューティシーラントとティースメイトF1 の間に有意差は認めなかった。また,填塞時と3 年後の齲蝕罹患状態の観察では,ビューティシーラントがティースメイトF1 に比べ齲蝕抑制効果が高い可能性が示唆された。
第三大臼歯は,大臼歯のうち最も後方に位置する歯で臨床的問題がしばしば出現することから,それらに対する対応が求められる。しかしながら,第三大臼歯に対する治療の明確なガイドラインが存在しないため,対症療法であったり,個々の歯科医師の経験に基づく判断で治療介入が行なわれているのが現状である。そこで,今回われわれは,当院の患者のパノラマエックス線写真を用いて第三大臼歯のエックス線学的形成時期の調査と治療介入時期に関する検討調査を行った。 本調査から,パノラマエックス線写真で第三大臼歯の骨包の形成が確認できる目安は9.4 歳であり,歯冠は13~15 歳で形成が完了し,歯根は16~17 歳頃形成が開始し,18~23 歳頃に形成が完了することがわかった。18 歳以降の調査から第三大臼歯を1 歯以上有する者は94.8%であり,そのうち60.7%の者に4 歯全て存在することがわかった。第三大臼歯の97.3%は顎骨から歯冠が萌出しており,口腔内に萌出しない場合でも多くの第三大臼歯は粘膜下での埋伏であることがわかった。また,患者の意識調査から,第三大臼歯に対する認識は約80%にあり,そのうち「要らない歯」と認識する者が約60%と多かった。抜歯に対しても「早く抜くべきであれば抜いてほしい」と考える者も多く,抜歯時期については「すすめられたら」や抜歯時期については「定期検診時に情報提供を求める」とする者も多かった。 本調査を通し,第三大臼歯は全ての人に存在することを前提に,骨包の出現が始まる9 歳頃より管理を開始し,周囲の歯や歯列への影響が出現すると考えられる歯根形成時期である中高生時期には特に注視しながら,保存か抜歯の検討を早期から行うことが大切だと思われた。その際には,スクリーニング法としてパノラマエックス線写真は有効であり,また,画像所見や症状に基づいたフローチャートを使用することで客観的な判断が可能となることが示唆された。
乳歯齲蝕罹患の状態を分析することを目的として,東京都内の歯科診療所に来院した3 歳の初診患者を対象に1970 年代,1980 年代,1990 年代,2000 年代,2010 年代まで,約10 年ごとに齲蝕有病状況の経年推移を調査した。
1 .齲蝕有病者率ならびに1 人平均齲歯数は,1970 年代から2010 年代にかけて減少傾向を示し,特に1990 年代から2000 年代にかけての減少が大きかった。
2 .歯面別齲蝕有病者率は,1970 年群から1990 年群までは下顎第二乳臼歯咬合面または下顎第一乳臼歯遠心面が最も高かったのに対し,2000 年群,2010 年群では上顎乳中切歯近心面の方が高い数値を示した。 このことから,齲蝕の好発部位は2000 年群以降,下顎乳臼歯咬合面・隣接面から上顎乳中切歯近心面に変化したことが明らかとなった。
3 .下顎乳切歯の齲蝕有病者率は,1970 年群から他の歯種に比べて低く,2000 年以降は齲蝕が見られなかった。
4 .1990 年代から2000 年代にかけての大幅な齲蝕減少については,各自治体での低年齢からの歯科健診の導入や定期的にフッ化物歯面塗布を受けられる体制が普及したことによるものと考えられた。
5 .上顎乳中切歯近心面の齲蝕予防については,低年齢からのデンタルフロスの使用など個々の口腔内状況に応じたセルフケアと歯科診療所での定期的なプロフェッショナルケアの実施が重要であると考えられた。
近年の歯科医療情勢の変化に伴う診療実態や当科に来科する患児の実態の動向を把握することを目的に,広島大学病院小児歯科(以下当科)において,2011 年度から5 年間の初診患児の実態を調査し,以下のような結果を得た。
1 .2011 年度から2015 年度における5 年間の初診患児は2,500 人であり,どの年も500 人前後であった。
2 .初診患児の年齢分布は,「3 歳以上6 歳未満」が増加,「6 歳以上9 歳未満」が減少している傾向がみられた。
3 .初診患児の居住地は約75%が広島市内であり,調査期間中の5 年間において大きな変化は認められなかった。
4 .初診患児の主訴の割合は,「齲蝕治療」および「口腔内精査」が有意に増加しており,一方で「齲蝕予防」および「歯並び」が減少していた。
5 .紹介患児が増加し,外来診療棟が移転した2013 年度以降には,約90%の初診患児が紹介状を有して来院した。また,移転後は当院医科からの院内紹介が有意に増加した。
6 .院内医科領域からの紹介患児の全身疾患の内訳を比較すると,移転後には「固形腫瘍」,「造血器腫瘍」,「非腫瘍性血液疾患」および「神経系疾患」が増加していた。
以上のことから,三次医療機関における小児歯科としての役割を果たしていることを確認し,今後も地域医療に貢献していく必要性を再認識した。