周産期学シンポジウム抄録集
Online ISSN : 2759-033X
Print ISSN : 1342-0526
第12回
選択された号の論文の16件中1~16を表示しています
はじめに
  • 中野 仁雄
    p. 3
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     胎児治療に焦点をあててみんなで討論することにしたのが,第12回日本周産期学会であった。

     しかし,企画の段階にしてすでに,本邦の経験を持ち寄るだけでは十分でないことがわかり,これを補うために海外からの経験をも求めることにした。調査の結果,白羽の矢はUCSFのScott Adzick助教授に命中,同氏の来日。そして,同氏の講演からは,いかに多くの経験を米国では積み重ねてきているかを知り,Harrison教授グループの情熱を実感した。

     本邦研究者諸氏による討論は,基礎的背景と臨床応用の実際に分かれて行われた。これにはAdzick氏を含めたフロアからの活発な討論が錦上花を添えたのであるが。

     その集大成が本書である。

     読者のひとりひとりがどのような感想をお持ちになるのか。おそらく,論理のつめと実験の拡大を望むあたりに落ち着くのではなかろうか。

     座長はじめ各講演者の著述に触れて,あるいは隔靴掻痒の感をもたれるかもしれない。この場合,本邦にあって胎児は医療法とかひょっとすると民法などで正しく認知されているのだろうかを思っていただきたい。

     ロに出すのになんら苦痛のない「鋭意努力」は時と場所にあっては実は嗜虐的な響きをもつものである。その,まさに努力の足跡をくみ取っていただきたい。

     厚生省「これからの母子医療に関する検討会」最終答申(平成4年5月22日)にもられた事項より引用して,「新生児医療の更なる向上のために」は「(3)医療技術の進歩に伴う問題への対応」が必要で,「胎児治療」は,……,新しい医療技術を今後確立していくため,当面,倫理面に十分配慮しつつ,妊婦等に対するインフォームドコンセントを前提として,研究的な取り組みとその評価を重ねていく必要がある。

シンポジウム A:胎児治療の背景
  • 佐藤 章
    p. 8-9
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     胎児治療は胎児が子宮内でその疾患のために分娩前死亡してしまうか,出生してもその疾患のため予後が悪い場合が適応になると考えられる。現在まで胎児治療法として経母体的に胎児治療する方法,いわば内科的治療法と直接胎児に薬物や輸血,穿刺,シャント術を施行または直接胎児に対し手術をする外科的治療法とに大別される。胎児疾患と,現在まで施行されているその治療法の主なるものを内科的,外科的に分けて表1, 2に示す。

     今回のシンポジウムでは胎児治療の適応と限界がテーマであるが,シンポジウムAは「胎児治療の背景」という副題のもとに,胎児治療の問題点を中心に,数多くある胎児治療のなかから先天性横隔膜ヘルニア,腎尿路奇形,遺伝性疾患,脳疾患について,胎児治療をなぜ行うのか,またその問題点につき討論するのが目的である,次に各々の現在までの問題点とシンポジストの話の内容について記載する。

  • 加藤 哲夫, 樋口 誠一, 堤島 真人, 吉野 裕顕, 蛇口 達造, 小山 研二, 前多 治雄
    p. 11-20
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     緒言

     新生児一般呼吸管理のみならず,ECMO,HFOなどの強力な呼吸循環補助装置の開発により先天性横隔膜ヘルニアのある程度の成績向上をみたのは確かであるが,生後24時間未満発症例の救命は困難を極め,いまだ死亡率は60%前後に及ぶものと思われる1)。救命を困難とする最大の理由は重症合併奇形もさることなから,本疾患特有の肺低形成が乗り越えられない大きな障害であるためと考える。

     われわれはこれまでに31例の本症24時間未満症例を経験しているが,うち死亡は8例(26%)であり,その死因はいずれも高度の肺低形成であった。出生前診断の著しい進歩をみる現在,高度肺低形成例に対し次に考慮されるべき可能性の高い治療手段は胎内治療であろう。

     本稿ではまず24時間未満発症自験例の治療成績を紹介し,さらに家兎胎仔横隔膜ヘルニアモデルに対する胎内治療の肺低形成改善効果について報告したい。

  • 島田 憲次, 細川 尚三, 中山 雅弘, 末原 則行, 藤村 正哲
    p. 21-26
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     出生前超音波診断の普及により発見される腎尿路異常症例が増加しており,これに対する診断と治療上の問題もますます増加している。なかでも胎児治療についてはその是非や効果,対象となる症例,適応,時期などについてのヒトでの基礎的な検討がほとんどなされていないのが現状である。

     ここではまず,これまでに行われてきた腎尿路奇形に対する胎児治療の現状と,それに対する評価,批判を述べた後,ヒト胎児水腎症の組織学的検討をもとにした胎児治療に関する私たちの考えを述べてみたい。

  • 谷川原 真吾
    p. 27-32
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     はじめに

     造血幹細胞(hematopoietic stem cell:HSC)はすべての血液細胞への分化能と自己複製能力を併せ持った細胞であり(図1),移植(骨髄移植)によって血液疾患を治療することが可能である。遺伝性疾患のなかには,出生後の骨髄移植によって治療されるものが多くあり,表1に示すような造血系の異常や代謝異常に対して,骨髄移植による治療例がこれまでに報告されている。しかし出生後の骨髄移植には多くの問題が伴っており,成功率は必ずしも高くはない。まずHLAの適合したドナーの確保が困難であることが大きな問題であり,移植後のrejectionやGVHDの原因となる。また,多くの遺伝性疾患で移植時にはすでに病態が進行していることや,患者の免疫抑制の必要なことなどが移植を困難なものにしている。

     一方,胎児の免疫能は未熟で,免疫学的寛容の状態にあり,胎児はドナーとしてもレシピエントとしても移植に適し,HLAの適合なしでもrejectionやGVHDが起こりにくいと考えられている。ヒト胎児の造血幹細胞は妊娠4週に卵黄嚢で造血を開始し,その後肝臓と脾臓を経て妊娠20週ごろまでに骨髄へ移る(図1)。また,胎児免疫系の発達は妊娠14週ごろに胸腺に未熟なリンパ球が出現し始めるが,GVHDを起こす可能性のある成熟したリンパ球は妊娠18-20週以前には胎児肝臓内には見出されない1, 2)

     したがって,妊娠20週以前の胎児はレシピエントとして,胎児肝臓は造血幹細胞移植のドナーとして適すると考えられる。すでに欧米では10例ほどのヒト胎児への骨髄移植が試みられているが,成功率は高くない(表2)3, 4)。これは移植に用いた細胞の起源と移植の時期に問題があると考えられる。

     今回,胎児造血幹細胞移植の遺伝性疾患に対する胎児治療としての可能性と問題点を明らかにする目的で,ネコを用いた動物実験を行い検討を加えた。

  • 森本 一良, 若山 暁, 中村 英剛, 早川 徹
    p. 33-39
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     はじめに

     胎児治療の背景と題したシンポジウムが企画され「脳神経外科系について」の担当を受けた。周産期医療における非侵襲的診断法として超音波機器の導入はめざましく,母体腹部超音波画像により胎児頭蓋内形態異常が見出される時代となった1~4)。しかしながら,それらすべてが私たち脳神経外科医の関与する症例ではなく,1987年以来現在まで産科より受けた対診件数66症例のうち,実際外科的対応を行ったのは41症例であった。

     外科的治療の対象となる中枢神経系異常のうち,頭蓋内髄液貯留異常をきたす広義の水頭症の場合,出生前診断により治療開始時期が通常娩出例より現段階で5週前後早めることが可能となった。出生前に見出された頭蓋内髄液貯留異常に対する外科的治療は,可及的早期娩出後に行っているが,その手法としてminiature Ommaya's reservoirによるCSF volume regulated outflowにより,患児の頭蓋内圧に対応した過剰髄液の排除を行っている。本治療法の開発によりこれら患児の知的・成長発達はきわめて良好で,現況の治療体系を紹介する。しかしながら,これが将来的に胎児治療に向かうには,他臓器の形態異常と大いに異なっており,その適応と限界についても述べる5)

  • 小菅 周一
    p. 41-48
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     緒言

     近年の周産期医療の進歩に伴い,胎児貧血に対する胎児輸血や非免疫性胎児水腫(NIHF)に対するアルブミン投与などの胎児治療が行われるようになってきた。しかし,これらの胎児治療を行う前提として胎児血液の正常所見が明らかにされる必要がある。

     これまでわれわれは胎児の血液ガス値1),末梢血液検査値2),血清総蛋白値・アルブミン値3)について基準値を求め,胎児低酸素血症,貧血,血小板減少,低蛋白血症などの概念を明らかにしてきた。今回さらに症例を増やし,胎児の血液・生化学的所見の基準値を設定し,さらにこの基準値を用いて実際の胎児異常例の検討を行い,胎児の血液・生化学的異常の病態および胎児治療の適応について考察した。

  • 土田 嘉昭
    p. 50-51
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     本シンポジウムにおいては,先天性横隔膜ヘルニア(CDH),腎尿路奇形,中枢神経奇形,幹細胞移植が適応となるある種の遺伝性疾患が取り上げられ,これとは別に,胎児の血液・生化学正常値が関連演題として発表された。シンポジウムの全体を通じて,招聘講演者であるN. Scott Adzick博上(University of California, San Francisco校)が適宜質問ならびにコメントに立ち,討論の内容をより現実的なものに高めていただいたのは,大きな収穫であった。

     先天性横隔膜ヘルニア(CDH)について,まず,秋田大学第1外科の加藤哲夫氏がその実験的検討に関する発表を行った。胎児治療,特に胎児手術の第1の目標とされるのが先天性横隔膜ヘルニア(CDH)であるが,もう1つの重要な疾患は肺のCCAM(congenital cystic adenomatoid malformation)である。われわれはこのことを決して忘れてはならない。本シンポジウムにおいてはこのCCAMに特定した演題発表は企画されなかったが,これはその頻度がCDHほどには多くないためであろう。しかし,その適応の決め方について,CCAMに関してはcontroversyが少なく,本症に伴うhydrops fetalisが観察中消退しないものはまず胎児手術による治療の対象と考えてよい(J Pediatr Surg, 28 :806-812, 1993)。Hydrops fetalisを伴うCCAMは出生後,いかなる治療にもかかわらず,ほぼ100%死亡するからである。これに対し,CDHのほうは出生後の治療で十分に全治するものがあり,軽症のものは胎児治療の対象とはなりえない。一方,重症のものがすべてよい適応となるかというと決してそうではなく,胎児の肝臓が他の腹部臓器とともに胸腔内に脱出しているものは,胎児手術によるCDHのrepairを行っても臍帯静脈の屈曲のため,早期に子宮内胎児死亡に陥り,治療の成功は期しがたい(J Pediatr Surg, 28:1411, 1993を参照)。一般の医師(周産期医療と関係のない)は,たかが臍帯静脈ぐらいと思われるかもしれないが,子宮内にいる胎児に対しては臍帯静脈はその循環の100%近くを受け持っており,臍帯静脈は出生後のヒトにとっての下大静脈にも相当する。したがって,胸腔内に脱出している肝を胎児手術によって腹腔にもどせば,臍帯静脈の屈曲は避けられず,早急に循環不全が惹起される。以上のことは,加藤哲夫氏の発表のあとAdzick氏が討論を行い,明らかにされた。加藤氏は実験的検討によりCDHに伴う肺形成不全に対する胎児手術の意義を明らかにした。従来より,わが国においてもCDHに対する胎児手術の意義が検討されてきたが,同氏の今回の発表はそれらの研究のなかで最も進んだものといえる。このほかにsurfactantに関する研究も数多く進められているが,今回のシンポジウムでは特に演者となって発表の場をもっていただくということはあえてしなかった。

シンポジウム B:胎児治療の臨床
  • 千葉 喜英
    p. 54-57
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     はじめに

     このシンポジウムの最終目標は胎児を患者さんと考える思想“The Fetus as a Patient"の思想を広く世の中に理解を求め,認知されることにある。もしパイオニアとしての胎児治療をテーマにするならば,このシンポジウムは10年前に企画されたはずである。

     私が小学生の時にスプートニクという名前の人工衛星が飛んだ。1960年代の最後には,ジョンFケネディーが生前に宜言したとおりにアポロ11号は2人の人間を月面に降下させた。当時多くの人々がテレビの前に釘付けになった。しかし,このまさにパイオニア達によってなされている偉業が自分たちの生活の一部になろうとは,ほとんどの人が考えなかったはずである。

     現在,CNNニュース,国際電話,ファクシミリ,高級車には標準装備のサテライトナビゲーションなどなど,当時のパイオニア技術はきわめて日常的である。

     アポロ計画ではマイクロコンピュータの存在が報道された。もちろんマイコンという用語もまだ一般には使われていない。当時の報道によると,宇宙飛行士は箱型の小型のコンピュータのような物を月に持っていった。そして,月の裏側で地球から連絡が途絶えたときは,月の重力の不均一による軌道のずれを自分で修正した。今私の机の上にあるMacやDynaBookはこの箱のような物の子孫にあたる。余談であるが,アポロ11号は月着陸の最後の部分は手動で着陸した。コンピュータの選んだ場所が着陸に適さなかったのである。

     医療におけるパイオニアが多くの人々に与えることができる重要な役割は周辺の医療レベルすべてを向上させることにある。また,先端医療を実行に移すときには,たとえそれが不成功に終わったとしても,その患者をその時点の通常(conventional)医療の最高点に帰着させることが要求される。胎児治療を例にあげよう。胎児に対してなんらかの治療を行う場合,未熟児新生児医療の最高レベルの援護が必ず要求される。胎内で期待しない事象が発生した場合は出生後の管理に可能性を求めるからである。アポロ13号は,酸素タンクの爆発という予想もしなかった事故から帰還した。この救出には地上からの当時動員できる最大規模の技術的援護を与えたことはいうまでもない。

     胎児治療はいつまでも先端医療のみであってはならない。今要求されることは,胎児治療のうち,明らかに効果が認められる部分は一般の医療に展開させることである。ここでいう一般医療とは社会的にも,医療経済的にも認知された医療であり,技術の教育普及の方法も確立した医療のことである。

  • 前田 博敬, 永田 秀昭, 月森 清巳, 佐藤 昌司, 小柳 孝司, 中野 仁雄
    p. 59-69
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     序言

     胎児水腫は,腔水症と全身性浮腫を主徴とする胎児病である。Potter1)の報告以来,本症は母児間血液型不適合による胎児水腫(immune hydrops fetalis:IHF),およびその他の諸種の病因に基づく胎児水腫(non-immune hydrops fetalis:NIHF)の2群に大別されてきた。わが国においては,Rh式血液型陰性の妊婦が0.5%ときわめて低い頻度であること,加えて抗Dヒト免疫グロブリンの投与による感作予防法が確立したことによって,母児間血液型不適合による胎児水腫は激減し,今日,臨床的に遭遇する胎児水腫の大半はNIHFの一群である。

     超音波診断装置の応用に伴って,NIHFの出生前診断は容易になったが,本症の周産期死亡率は依然として高いままである2)。これはNIHFの発症に対する予知の困難さに起因する。このような背景に鑑み,独白に作成したプロトコール3)(図1)に沿ってNIHFの胎児および早期新生児期治療を施行した。本研究の目的は,このような治療を受けた児の経緯ならびに転帰を基礎に,NIHFに対する治療の適応および効果を明らかにすることである。

  • 小林 秀樹, 林 公弘, 高橋 俊一, 村上 典正, 村上 雅義, 川口 日出樹, 神崎 徹, 千葉 喜英
    p. 71-78
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     はじめに

     子宮内の胎児に対する治療を目的としたインターベンションの始まりはX線ガイド下の胎児腹腔穿刺による胎児輸血であった。

     Liley1)がヒト胎児への輸血を初めて報告してから30年あまりが経過した。その1993年にわが国における超音波胎児診断法のパイオニアである竹内久禰会長のもと,国際胎児病宣言がなされたことは意義深い。

     われわれは1982年の開棟以来,胎児を患者として診断治療の対象と認識し,その管理を行ってきた。

     積極的に胎児診断,胎児治療を行ってきた施設としてこれまでの臨床成績,問題点,課題点を明らかにし,今現在なすべき胎児治療的管理法を示すことが本研究の目的である。

  • 天野 完, 黒須 不二男, 庄田 隆, 西島 正博, 蒲原 孝
    p. 79-88
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     1976年,Gabbeら1)がrhesus monkeyの実験で,羊水除去により生じたvariable deceleration(VD)が生食水の注入によって消失したことを報告し,臍帯循環の保持に羊水の存在が不可欠であることを示した。

     臨床的には1983年,Miyazakiら2)が加温生食水の注入によって臍帯圧迫に起因する心拍数所見が改善し,胎児仮死による帝切を回避し得る可能性を示唆している3)。その後,人工的な代用羊水の注入(amnioinfusion)の適応は拡大し,羊水過少例での診断目的,羊水混濁例での予防的投与,さらには薬物療法のルートとしても行われている(図1, 表1)。ここでは胎児治療としての視点から,分娩前のPROMの管理,分娩時の胎児仮死対策としてのamnioinfusionの意義に関して検討を加えた。

  • 是澤 光彦
    p. 89-95
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     はじめに

     胎児治療にはさまざまな意味があり,その範囲も広いものから狭いものまでいろいろである。もともと産科自体が母児の安全を目的にしているので,すべての産科操作が胎児の治療に役立っているといえるが,あまりに範囲が広いので,ここで論議する胎児治療は,なんらかの操作を胎児に直接加えるものに限定し,経母体的に胎児に影響を及ぼす治療法は除くことにする。

     この意味において,おそらく最初に胎児治療として認められるのは,LilyがRh不適合の胎児の腹腔内に輸血を行ったことに始まるのではないであろうか。この時代には,超音波断層装置も胎児採血の技術もなかったので,羊水中のビリルビン様物質を吸光度の変化で測定し,この濃度と胎児ヘモグロビン値との相関から胎児貧血を推測し,さらにX線で胎児の位置を想像して胎児腹腔内輸血を施行した。その結果,胎児輪血の有用性が確立された。以後の進歩としては,より安全により効率的に胎児輸血が行えるように技術的発展がなされた。すなわち,超音波断層法により胎児の位置,向きがリアルタイムで把握できるようになり,フェトスコープで臍帯血管や胎盤血管を直接見ながら採血や輸血ができるようになり,さらに超音波ガイドにより,臍帯や胎児に直接アプローチすることができるようになった。これが1960年から1970年の終わりまで続いた。

     この間に胎児を直接扱うことに対する自信ができたこと,未熟児哺育の進歩,さらに超音波診断によりさまぎまな疾患が出生前診断されるようになってきたことにより,胎児の病態生理の理解が進み,子宮内で異常を発見し,正期産まで待っていては,胎児に不可逆的な変化が起こり,もはや助けることができなくなる。体外生存不可能な時期の胎児治療は子宮内で行う以外に方法がないという認識のもとに,尿道閉塞による水腎症の予防を目的として,膀胱―羊水腔シャント術が開発された。このことは,胎児への外科的なアプローチが初めてなされたことを意味し,周産期学において,あるいは胎児治療の概念において非常に大きな衝撃であった。

     その後の10年間は,どのような疾患に対して治療が可能かということの試行錯誤であり,さまざまな疾患に対して胎児治療が試みられてきた。しかし,その結果わかったことは,長期予後まで考えると,意味のある胎児治療の対象となる疾患は非常に限られたものであることが判明し,胎児治療の概念は一般に受け入れられたものの,実際に恩恵を受ける胎児は少ないという状態であった。

     この数年の動きとしては,外科的治療法の改善や対象疾患の開発とともに,遺伝子治療のような新しい方法論による胎児治療か考えられている。このような歴史的な過程と現在の理解および将来への期待を含めて,胎児治療の現状を見てみたい。

  • 特にcellulose acetate polymer(CAP)による臍帯血流遮断術について
    平松 祐司, 正岡 博, 多田 克彦, 工藤 尚文, 衣笠 和孜, 萬代 眞哉, 大本 堯史
    p. 97-106
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     無心体は1533年Benedettiにより初めて報告1)された疾患であり,一卵性双胎の約1%あるいは約35,000分娩に1例の割合で合併する2)

     無心体の場合は胎盤で両児の間に血管吻合があり,健児(pump twin)が無心体児(perfused twin)へも血液を送り,2児を養っているため,しだいに健児への心負荷が増大し心不全に陥りそのため死亡することか多く,その周産期死亡率は50-55%と報告3, 4)され,この健児をいかに救命するかが問題となっている。

     本疾患の治療法はこれまで種々報告されているが,母体へのジギタリス投与5)を除いては,いずれもなんらかの方法で無心体児への血流を遮断するものである6-8)。しかし,いずれの方法もいまだ確立された方法とはいえず,種々の問題点を残している。

     今回われわれは,無心体治療法として侵襲の少ないsteel coilを用いた血流遮断法と,新しい方法としてcellulose acetate polymer(CAP)を使用した血流遮断法を試みたので報告する。

  • 戸苅 創
    p. 108-110
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     はじめに

     シンポジウム「胎児治療の臨床」においてわが国の現状がおおむね明らかにされた。Dr. N. Scott Adzickによる“current management of fetuses as patients", さらに引き続いて行われたシンポジウム「胎児治療の背景」によって現時点で世界的に胎児治療がどのようなコンセプトのもとに行われ,どのような疾患に対してどの程度のことが可能になったかが明白にされた。今回のシンポジウムの最後を飾る「胎児治療の臨床」では,非免疫性胎児水腫,水腎症,amnioinfutionなど,種々の疾患が具体的に提示され,さらには世界的な視野に立った治療成績の総括や,実際の臨床上で注目されている無心体に対する臍帯血流遮断術の実際と,このシンポジウムの守備範囲はきわめて多岐にわたったにもかかわらず,現状を把握するうえではきわめて適切なシンポジウムであったと思われる。

     そこで,このような現状を踏まえたうえで,近い将来この胎児治療はどのような方向に発展し,どのような局面を迎える可能性があるかについて解説することで,今回このユニークなシンポジウムの醍醐味をさらに味わっていただくものとしたい。

招聘講演
  • N. Scott Adzick
    p. 112-125
    発行日: 1994年
    公開日: 2024/07/29
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     President Nakano, members of the Japanese Society of Perinatology, and guests, I am delighted to have the opportunity to visit you and share our experience with fetal diagnosis and treatment from the Fetal Treatment Center at the University of California, San Francisco.

     Here is the real star of the show. Until about the last 10 to 15 years or so, the human fetus was a very mysterious little creature who was hidden away inside the mother as a medical recluse. But recently, in large part due to advances in maternal ultrasound and a variety of other prenatal diagnostic techniques, we've learned that the human fetus can have serious problems and may need our help.

     As a pediatric surgeon, most of the babies with birth defects that I care for are now diagnosed before birth. And the fact that we can diagnose birth defects antenatally now permits other management options besides that of abortion. The foresight of knowing that there's a birth defect before birth may alter our management, whether it's the timing of delivery, the mode of delivery, or in the vast majority of cases, maternal transport, planned delivery, and care of the baby after birth. In a few rare circumstances, there is now the possibility of treatment before birth. So it's quite clear that the fetus is now a patient.

     This is a list of anatomic defects that have now been treated by fetal surgery at the University of California, San「Francisco. The basic concept is that these are simple anatomic defects that have predictable and sometimes disastrous effects on development. And it is particularly frustrating for me as a pediatric surgeon to take care of a baby with, say, urethral obstruction that's severe, and to realize in this newborn that I'm simply too late. The end organ damage, oligohydramnios-induced induced pulmonary hypoplasia and destroyed kidneys, occurred during the pregnancy. It's like so many other things that we see in medicine, if we had only treated the problem earlier. But in this case, the patient is still inside the Mom. So I'd like to review today what we've learned about the fetal management for fetuses with urinary tract obstruction, diaphragmatic hernia, congenital cystic adenomatoid malformation of the lung, and sacrococcygeal teratoma. And I'll begin with a discussion of congenital cystic adenomatoid malformation.

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