社会学評論
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32 巻 , 3 号
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  • 佐藤 嘉一
    1981 年 32 巻 3 号 p. 2-17
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    十九世紀末から二十世紀初めの約四〇年間は、〈実証主義に対する反逆の時代〉といわれる。この時代の社会・文化科学の思想的潮流には、文明の進歩史観に対する悲観的な見方が色濃くみられる。十九世紀の実証的経験科学の主役である〈道具的理性〉に対して、人びとは懐疑の目を向けるとともに、従来疎まれてきた人間の意思疎通の意味的世界に対して重大な関心を示した時代である。
    本稿は、A・シュッツの自然的態度の構成現象学の根本主張をこうした時代状況の中に位置づけながら、彼の理論のもつ意味と意義を明らかにしようとするものである。彼の主張は、〈自己理解〉と〈他者理解〉に関する考察において最も鮮明かつ端的に表明されている。彼の理論は方法において内省的であり、視座において〈自己論理的〉である。従って方法において帰納的であり、視座において〈宇宙論的〉である実証的社会 (科) 学とは鋭い対照を示している。
    自然的態度の構成現象学の現実構成の主張を、通常の実証的社会科学の現実分析と同一平面に並べて議論するのは不毛であろう。それぞれの方法と視座を確認しながら、両者の交流がはかられねばならない。
    シュッツの理論は、社会的世界の根本構造を内省的かつ自己論理的に解きほぐす点に特徴がある。それ故にこれは、〈もの〉のようにあらわれる社会の存立機制や、〈科学的概念構成〉の特性について、私たちが柔軟な知見を得るのに役立つであろう。
  • 山岸 健
    1981 年 32 巻 3 号 p. 18-35
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    社会学の研究領域では、まだ身体論と呼ばれるようなまとまった考察はおこなわれていないが、ヒューマニスティック・パースペクティヴで日常生活の世界と生活している人間に社会学のサーチライトが向けられてもいる現況において、私たちは、座標原点でもあれば根源的な表出空間でもある身体に注目しなければならないだろう。現象学的社会学でも身体についての若干の考察は見られるが、身体については、今日のところ、実存社会学の分野で積極的な検討が加えられている。ここでは、そのような検討をふまえて、人間と世界という軸で身体を視点として私たちが生きている世界地平に目を向けたいと思う。
    私たちにとって、現実構成は、日常的な営為なのである。現実構成とは何か、身体とは何か、ということを考えながら、人間そのものに向かっていきたいと思う。社会学的人間学にいたる一つのステップとして、現象学と社会学というコンテクストで身体について若干の考察を試みたいと思う。
    身体を考えるということは、日常生活の場面での世界経験を考えるということだ。私たちは、自分の身体によって、この世界に巻き込まれているのである。私たちが経験しつつある身体を出発点として私たちの身のまわりに目を向けるならば、私たちが生きている世界がどのように照らし出されるのだろうか。
  • 山口 節郎
    1981 年 32 巻 3 号 p. 36-53
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2010/04/23
    ジャーナル フリー
    Aシュッツの「現象学的社会学」は、社会的現実を、それを意味的に構成する諸個人の意識と結びつけて理解する最も確実な方法として、多くの支持者を見出してきている。しかし、一方で、詳しく検討してみると、彼の議論のなかにはいくつかの重大な疑問点が含まれていることがわかる。たとえば、社会的世界の理念型的構成物としての彼の「合理的行為のモデル」という考えは、はたして現象学の基本的視座と両立しうるのかどうか、あるいはそうした行為モデルと人間の自由の問題との関係はどうなるのか、そしてまた、彼のいう「適合性の公準」はそれ自体のなかに矛盾を含んではいないか、等々。こうした問題があらわれてくるのは、彼が社会科学の方法論的基礎を「自然的態度の構成的現象学」に求めようとしたことに原因があるように思われる。本稿では、シュッツの「現象学的社会学」が含むこれらの問題を、彼の主張する科学的構成物の妥当性を保証する三つの公準を中心に、考えてみたい。
  • 江原 由美子
    1981 年 32 巻 3 号 p. 54-69
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    シユッツのレリヴァンス概念は、彼の理論において重要な位置を与えられている。だがその理解は非常に困難である。おそらくその一因は、彼が文脈によって意味を変えて使用していることにあると思われる。
    この観点から本稿では第一にレリヴアンス概念の多様な文脈を整理する。
    次に、従来のシユッツのレリヴァンス概念についての解釈を手がかりに、レリヴァンスの意味が、 (1) 個人が選択された側面に帰属する属性、 (2) 個人の選択機能、又は選択する作用、 (3) 類型や知識の関連性という相異なる三様に解釈できることを示す。さらにレリヴァンス (体糸) の共有という論点においても、シユッツの記述に矛盾が見出せることを示す。
    次にレリヴァンスの問題とは何かを考察し、それが、自然的態度においてはけっして問われない、常識的思考そのものを成りたたしめている諸前提を明らかにするという問題であったことを把握する。しかしシユッツがそれを論じる視点は一様ではなく、 (1) 現象学的反省の視点、 (2) 観察者の視点という相異なる視点から考察していたのだと考えられる。
    ここから先に述べたレリヴァンス概念の三様の解釈の意義を明らかにする。すなわち、彼は、 (1) 日常生活者の視点、 (2) 現象学的反省の視点、 (3) 観察者の視点という三視点のそれぞれに応じてレリヴァンス概念を別の意味で使用したという仮説を呈示する。
    以上の考察に基づき、レリヴァンス問題の特異性を論じた上で、レリヴァンス論の継承方向を検討する。
  • 梶田 孝道
    1981 年 32 巻 3 号 p. 70-87
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
    多くの近代化論者たちは、業績主義が現実化してゆくにつれて属性主義は次第に消滅するか、たかだか例外的な形で残存するにすぎないと考えた。しかし、業績主義が社会の主要な配分原理となりほとんどのメンバーが業績主義者と化した現在、純粋な意味での業績主義はむしろ例外的な存在であり、かえって属性主義に起因する社会問題群が新たに生み出されてきたという事実に気づく。一方ではアチーヴド・アスクリプション (業績主義の属性化) が、他方ではアスクライブド・アチーヴメント (属性に支えられた業績主義) が発生している。本稿では、業績主義・属性主義についてのリントンの定義およびパーソンズの定義の問に存在する微妙なズレに固執することによって、上記の二つの問題領域を社会学的にクローズアップさせ、あわせて両領域に属する問題群の整理とそれへの対策の検討を試みる。
  • 向井 利昌
    1981 年 32 巻 3 号 p. 88-90
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 千葉 正士
    1981 年 32 巻 3 号 p. 91-95
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 山手 茂
    1981 年 32 巻 3 号 p. 95-98
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
  • 中 久郎
    1981 年 32 巻 3 号 p. 98-101
    発行日: 1981/12/31
    公開日: 2009/10/19
    ジャーナル フリー
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