近代市民社会において人間は、理念をかかげ、理念に導かれながら現状を批判し、社会を変革してきた。K・マンハイムは、この理念のことを「ユートピア」と定義づける。彼は、近代の始まりにおいては存在を全く超越していたユートピアが、時代を下るにつれ次第に現実へ接近していく過程を分析し、「ユートピアの消失」という事態に対して警告を発した。しかしこの「ユートピアの消失」は、当時の思想状況の主たる趨勢であっただけでなく、彼の認識論的前提に由来する当然の帰結でもあったのではないだろうか。
そこで、本稿では、マンハイムの理論において、なぜ「ユートピア」が消失せざるをえなかったのかを、後に自らのユートピア論を展開していったH・マルクーゼやA・ヘラーによるマンハイム批判を手掛かりに、彼の「存在」という真理概念を検討・批判するという形で論ずることにする。そして、ユートピアが存在するには「存在」と「当為」との緊張関係が必要であり、これがマンハイムの理論には欠けていること、そのために彼においては時間も同質的にしか体験できないことを示す。最後に、彼以降のユートピア論の動向について触れる。すなわち、ユートピア主義復活の兆候としてJ・N・シュクラールを取り上げ、続いてヘラーのユートピア論を、マンハイムにおいてうまく解決されえなかった問題を彼女がいかに展開しているかという点も含めながら、紹介することにする。
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