社会学評論
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58 巻 , 2 号
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投稿論文
  • 小林 真生
    2007 年 58 巻 2 号 p. 116-133
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2010/04/01
    ジャーナル フリー
    現在,日本は国際化と少子高齢化が同時に進行し,その結果として外国人人口の増加や外国人の構成も多様化することが,当然であるとの認識が広まってきている.それにもかかわらず,対外国人意識は悪化しているが,国は十分な対策を立てていない.研究上でも,個々の自治体の対策は検証されているものの,国の対策に関しての記述は不十分なものが多い.そこで,本稿では対外国人意識に対する国を含めた行政の対応を検証していく.
    全国統計,および筆者が外国人集住地と短期滞在者であるロシア人船員が多く上陸する自治体を比較したアンケート調査から,日本においては外国人と地方社会との間に十分な交流がないままに,マスメディアなどの影響を受けて不安や偏見が高まっていることがわかった.その上で,国の施策と外国人との接点の多い5つの自治体の施策をインタビューと文献分析により比較検証した.そこで浮かんだ問題は,(1)自治体が異文化理解に対して基準を持っていないこと,(2)自治体では異文化理解施策を担う部署が定まっていないこと,(3)異文化理解教育に関する規定がないこと,であった.そして,これらに共通するのは国が異文化理解に関して,自治体や個人の熱意に依拠する方針を採っており,基準の設定などの基本的な関与を行っていないという問題点であった.国が統一性を持った指針を提示した上で,地域ごとの実情に対応しなければ,日本全体の対外国人意識の改善は難しいと言える.
  • 福永 真弓
    2007 年 58 巻 2 号 p. 134-151
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2010/04/01
    ジャーナル フリー
    1980年代以降,自然保護と開発の現場では「原生自然」型保全政策から住民参加型政策への転換がおこった.この転換は同時に,「誰の」「どのような」自然が守られるべきであり,「なぜ」「どうして」それが正統であると承認されるのか,という問いを当事者たちに投げかけてきた.
    本稿は,米国カリフォルニア州マトール川流域において,人々が鮭の記憶の語り合いをつうじて鮭の集合的記憶を生成し,それを根拠として地域の自然資源を管理する主体としての正統性を獲得していく過程を分析するものである.マトール川流域では,流域の保全と再生をめぐって,1970年代以降「開発者」であるランチャーと「環境主義者」である新住民との間で対立が続いていた.しかしながら,対立の中から生まれた鮭の記憶を語り合う言説空間において,鮭の記憶の集合化とともに流域住民としての集合的アイデンティティがはぐくまれ,この二項対立は乗り越えられた.さらに,この言説空間は,流域の人間‐自然関係にかんする規範倫理と,自然資源を管理する主体としての正統性もまた構築する場となってもいる.本稿では正統性の根拠として集合的記憶が構築される過程,特に記憶の語り合いという相互行為に着目し,その可能性について述べる.
  • 常松 淳
    2007 年 58 巻 2 号 p. 152-169
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2010/04/01
    ジャーナル フリー
    日本の法の世界では,「要件=効果」モデルを核心とする「法的思考」に収まる形で“ナマの”紛争を再構成することが自らの活動を法的なものにすると考えられている.民事訴訟において裁判官は,この枠組みに即して権利(不法行為責任の場合なら損害賠償請求権)の有無を判断することになるわけである.このような法的枠組みと,紛争当事者からの非‐法的な期待や意味付けとが齟齬を来すとき,社会からの自律を標榜する法は一体いかなる仕方でこれに対処しているのか? 本論文は,不法行為責任をめぐる近年の特徴的な事例――制裁的な慰謝料・懲罰的損害賠償を求めた裁判や,死亡した被害者の命日払いでの定期金(分割払い)方式による賠償請求――の分析を通じて,この問いに答えようとするものである.これらのケースは,法専門家によって広く共有された諸前提――不法行為制度が果たすべき目的に関する設定や,定期金方式を認めることの意義など――と相容れない要素を含んだ請求がなされた点で共通するが,前者は全面的に退けられ後者は(一部の訴訟に限っては)認められた.法の条件プログラム化がもたらす「(裁判官の)決定の結果に対する注意と責任からの解放」(N. Luhmann)という規範的想定と,法専門家に共有された制度目的論が,諸判決で示された法的判断の背後において特徴的な仕方で利用されている.
  • 吉澤 弥生
    2007 年 58 巻 2 号 p. 170-187
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2010/04/01
    ジャーナル フリー
    現在,芸術が日常生活や社会の中に浸透する動きをみせている.文化政策の基盤も整備されつつあり,そこでは文化芸術が人々の生活の質の向上や社会の活性化に寄与すると位置づけられ,その創造と享受への保障がうたわれている.文化芸術の社会性,公共性に注目が集まっているのだ.
    大阪市は2001年に実験的芸術の振興を通して都市の活性化をめざす画期的なプランを策定した.その現場の1つ「新世界アーツパーク事業」では,4つのアートNPOが自らの表現活動を探求する中で,市民と芸術の接点を拡大し,地域との信頼関係を深めることに成功していた.この意味で実験的芸術への支援は,人々の日常生活の見直しや地域の活性化といった,発達過程として文化の育成に関与したと言える.だが文化庁の動向と同じく,大阪市は伝統芸術と市場価値のあるものへの支援へと方針を変えようとしている.
    芸術は価値観の表現である.芸術を通した共同作業の中で人は,自己や他者,地域や社会といった問題と必然的に向き合う.こうした公共的な場を作るアートNPOの活動は,市民の自発的参加による市民社会構築の契機ともなりえている.文化政策においては支援対象の偏りや行政とNPOとの協働の仕方などの問題があるが,文化芸術の公共性をふまえ,多様な価値表現を認める寛容さと,文化の「涵養」に時間をかけて取り組めるような文化を持つことが望まれる.
  • 下村 隆之
    2007 年 58 巻 2 号 p. 188-204
    発行日: 2007/09/30
    公開日: 2010/04/01
    ジャーナル フリー
    本稿は,オーストラリア先住民の教育現状に焦点をあてた研究である.中でも,近年政府は教育プログラムを改訂するなど先住民教育には大きな変化が見られている.このような先住民教育の変化が,先住民の教育環境にいかなる影響を与えているのかさまざまな角度から分析を試みた.現地調査も実施し,改革がもたらす功罪について教育現場での課題を抽出している.
    特徴は,政府の先住民教育プログラムは学力の向上を目的としたプログラムに重点を置いていることである.かつてのような先住民の保護者やコミュニティの人々を学校教育に受け入れ,彼らの自主性を重んじるプログラムは縮小された.また,先住民の教育スタッフも先住民生徒の増加率と比較すると顕著な増加はなく,実質的に先住民を教育に取り込んでいく姿勢は後退している傾向がある.
    このような傾向から,多くの先住民が学校教育に期待している先住民としてのアイデンティティの確立と学力の向上を両立させることに関して,それを憂慮する声が導き出された.先住民の文化や自立性に十分に配慮せず,学力向上に重点的な教育の視点がおかれるならば,かつての同化教育を先住民に思い起こさせる危惧があることが示唆された.学力向上のプログラムが重視される傾向は,多文化教育に見られる変容と類似しており,先住民教育は包括的に多文化主義の変容とグローバル化の影響を受け保守化し後退している特徴がある.
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