本稿では, 出身大学の学校歴と専攻分野が初職にもたらす影響の男女比較分析を行った. 高等教育の大衆化の中で大卒学歴内部の相対的な格差は拡大傾向にあるが, 既存研究では大卒男性の学校歴に着目した研究が蓄積されてきた一方で, 専攻分野や出身階層に着目した研究はほとんど蓄積されておらず, 大卒女性も分析対象から除外されてきた. SSM1995年調査, 2005年調査, 2015年調査の合併データを用いて専攻分野, 出身階層, 大卒女性も含めた分析を行った結果, 以下の3点が示された. 第1に, 学校歴は訓練可能性のシグナルとして初職の企業規模を左右する一方, 専攻分野もまた職場で応用可能な能力のシグナルとして専門職入職に影響していた. 第2に, 出身階層の初職への影響は, 学校歴というよりも専攻分野が大きく媒介しており, 世代間移動を説明するのに将来的な職業達成を見通した専攻分野選択とその階層差が重要な役割を果たしていた. 第3に, 専攻分野が初職にもたらす影響にはジェンダー差があり, 人文系出身者の初職での不利は男性に限定的である一方で, 同じ理工系出身でも女性は男性ほど事務販売職と比べて専門職になりやすいわけではなかった. 以上から, 学校歴が大きく影響するのは企業規模であるという限定性があるのに対して, 一見すると自由な教育選択による専攻間トラッキングもまた出身階層や男女間の差異を伴って重要な役割を果たしていることが示された.
明治期に活躍した元良勇次郎は, 東京帝国大学で初めての心理学担当教授であり, 心理学実験室の開設に尽力するなど, 一般的には日本における近代心理学の祖として知られている. しかしながら, アメリカ留学中の学位論文において, 元良は社会学に焦点を当てたことがわかっており, 帰国後も黎明期の社会学や社会心理学, 社会調査について論文を執筆するとともに, 1898年には社会学研究会の設立に発起人として加わるなど, 一貫して学術分野としての社会学の確立に貢献した.
本稿では, これまで比較的知られてこなかった元良の活動の社会学的な側面に焦点を当て, 膨大な業績のなかからその「社会の学」の構想を再構成することを目指す. 社会学史において元良が果たした役割は, アメリカ社会学を中心とする心理学的社会学, および統計を用いた実証的な研究手法の導入といえるだろう. 元良の構想において, 実験心理学と社会学, 感覚の理論と社会の理論は, ともに総合的な「社会の学」のなかに位置づけられる. こうした元良の立場は, 当時の主流派を形成していた建部遯吾らの国家主義的な社会有機体説に対し批判的な役割を果たした. 日本における最初期の社会調査の実施にも尽力し, また社会学研究会等を通じて後進の育成に努めたことも考え合わせるならば, 「日本社会学の源流の1つ」として, 元良の業績を位置づけることが可能である.
本稿で取り上げる『参照基準社会学分野』とは, 2014年9月に日本学術会議から公表された公的文書である. 日本社会学会社会学教育委員会は日本学術会議社会学委員会と協働で策定作業を行った.
この参照基準の問う「質保証」とは, 単に, 社会学的知識のレベルを引き上げ標準化をはかるものではない. 社会学を学ぶ学生たちが, その学びを通して現代社会を生き抜く素養や能力を獲得するプロセスを保障するために, 社会学は何を, どのように教えることができるのか, についての枠組みの指針であり, いわば, 視座の転換を伴った共通知である.
本参照基準は, 今日の国内外の社会情勢に対応した大学教育の改善を求める2つの社会的要請――文部科学省からの要請と日本社会学会内部からの要請――をバックにして誕生したといえる. これらが日本学術会議社会学委員会からの協力依頼を契機として重なり合い, 明文化されたのである. その結果, そこには「上からの統制のリスク」と「下からの主体的改革」というせめぎあいが内包されている.
このような特色をもつ参照基準をどのように生かすかは, 多様な教育現場で悩みながら日々学生と向き合っている社会学教育担当者に任されている. 参照基準をたたき台として, 社会学の魅力の再発見と社会学教育の新たな可能性について議論が交わされることを期待している.
本稿の目的は, そのための一助として, 参照基準策定の経過, 概要, 評価, 今後の展開について論述することである.
「参照基準 社会学分野」をめぐる論点を整理し, その評価・点検・活用としての「メンテナンス」の必要性と意義について述べる. 参照基準の本来的な機能は学士教育の質保証であるが, それ以外にもさまざまな機能がある. それらは, ①グローバル化への対応, ②学問としての存在証明, ③教育現場の孤立化への対応, などである. 社会学分野の参照基準の独自性は, 「分野に固有の能力」よりも, 「ジェネリックスキル」の内容にあらわれている. また, 社会学についての定義のコンセンサスがなくとも研究者集団の一致が成立するところに社会学の学問的性格の特色がある. そして, 対立する概念間の関係をつなごうとする思考法にも社会学の特色がある. 一般的な学問観や科学観からみてこのような特色をもつ社会学にとっては, 一般的な学問観や科学観のもとで形成されてきた「参照基準」の枠組みをつねに見直し, メンテナンスをつづける必要がある. そのための視点として「比較」と「反省」が考えられる.
本稿の目的は, 「参照基準」をめぐる, いくつかの論点を示すことである. その際に, グローバル化の流れのなかでの地方国立大学における社会学教育の標準化にむけた教材作成の事例を手がかりとした. まず, 「参照基準」に対応した社会学テキストが標準化していく可能性について指摘した. つぎに, 「質保証の国際通用性」が求められつつあるなかで, 社会学教育の教授内容に日本の社会学の伝統や遺産を位置づけることの重要性について指摘した. 最後に, 社会学教育の内容の検討のみならず, 学修方法についても検討する必要性について論じた.
本稿は, 教員養成課程における社会学の役割について, 参照基準に準拠しながら検討を加えたものである. 教員養成課程において, 社会学は, 社会学としての高度の専門性が要求される教育機関と, 一般教養のひとつとして位置づけられる教育機関の中間に位置すると考えることができ, そこには3つの役割があると考えられる. すなわち, ①一般教養を担う社会学 (教養教育としての社会学), ②「教科の専門性」から必要とされる社会学, ③教員という職業に関わる社会学である. また, 本稿では, 参照基準を基礎とした高等教育の標準化は不可避のものであり, 個別の状況に応じてどの程度の標準化が行われるべきかが問われていること, 社会学の存在意義を一般に理解させるためには初等中等教育への「介入」が必要であることを主張した.
本稿は, 「社会学分野の参照基準」という文書の意義を, その文書の作成が必要とされたそもそもの文脈であるところの, 「大学教育の質保証」との関連で, 論じることを目的とする. 日本では「大学教育の質保証」は, かつては主に「大学設置基準」等による行政制度によって行われていたが, 大学設置基準等の改正によって, 「自己点検・自己評価」等, 大学が設置後に行う「質保証の取組」によって補われるように変化した. けれどもこれまでの「自己点検・自己評価」活動に関しては, 機関単位の認証評価や法人評価に留まり, 教育プログラム単位の質の点検が十分に行われていないことが, 問題となっている. 今後は, 各大学において, 学部単位・学科単位・教育プログラム単位で「自己点検・自己評価」を行うことが求められる. そして, こうした大学教員自身による教育プログラムの「自己点検・自己評価」こそが「大学教育の質保証」の取り組みの中心になることが, 期待されている. 「社会学分野の参照基準」は, 他の分野別参照基準と同じく, 各大学で取り組むことが期待されている「教育プログラム」単位の質保証のための取組に資することを, 主な目的としているのである.