中国の台頭は,この10年ほど,広く世界の社会科学者の注目を浴びている.国際政治学者は,中国の安全保障政策や外交戦略,覇権の移行,一帯一路など新たな地域協力枠組みなどを問題にし,国際経済学者は新しい貿易体制のあり方や対中進出事業のリストラクチャリングなどを問題にする.ところが,これらの領域は密接に結びついており,政治経済的アプローチに還元できない社会心理の領域が存在する.
実際,中国の台頭をめぐる最大のアポリアは,中国と周辺国との間に大きな認識ギャップがあるものの,これを十全に理解しようとする知的営為が少ない点にある.
筆者は,こうした知的懸隔を埋めるため,アジアの有力大学で学ぶ学生を対象に,その対中認識を調べてきた.その結果,(1)中国の台頭をめぐっては異なるフレームが競合しており,これが各国の対中認識を複雑なものにしている,(2)中国との関係ばかりか,アジア各地の置かれた国内的・国際的環境によって対中認識が異なる,(3)アジア域内でも日本の対中認識は特に厳しい,といった諸点が明らかになっている.
言論NPOが2005 年から毎年行っている「日中共同世論調査」の結果をみても,中国側の日中関係に対する評価が2013 年以降改善しているのに対して,日本の場合,2018年時点でもこれが改善する兆候はみられない.日本人にとって「リアルな」台頭中国のイメージを,一歩下がって捉え直すことの重要性は強調してしすぎることはない.
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