社会学評論
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300号記念特集「日本社会学会の百年」
  • 上村 泰裕, 齋藤 圭介, 山口 恵子
    2025 年75 巻4 号 p. 322-334
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
    ジャーナル フリー
  • 猪原 透
    2025 年75 巻4 号 p. 335-352
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
    ジャーナル フリー

    本稿は,日本社会学会の創立(1924年)を焦点として,この時期の日本の社会学に生じた変化を論じている.日本社会学会の創立は,その前身にあたる「日本社会学院」に対する若手社会学者の不満が背景にあったと考えられている.また,社会学に対する社会からの期待も創立を後押しした.本稿ではこれらの不満や期待の具体的な内容を検討することを通して,1920年代の日本社会学史を大枠で規定した思想の流れを分析する.

    本稿の考察結果は以下の諸点である.(1)日本社会学院の運営には,社会学を西洋との戦いの場として捉える創立者・建部遯吾の思想が反映されており,高等教育を通して西洋文化を身近なものとしていた若い世代からは違和感をもたれたこと.(2)大正期の「社会の発見」の風潮のなかで社会学に対する期待が高まり,そのことが社会学の組織化・制度化を促進したこと.(3)社会学の制度化によって生じた社会からの期待とのギャップを埋めるため,「日本社会学」の模索など多様な試みがなされたこと.

  • ―ジェンダー・日本・世界・実践―
    落合 恵美子
    2025 年75 巻4 号 p. 353-372
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
    ジャーナル フリー

    日本社会学会が刊行してきた機関誌(学会誌)5誌,すなわち『社会学雑誌』『季刊社会学』『年報社会学』『社会学研究』『社会学評論』に掲載された文献のタイトルと著者名のデータベースを作成し,100年間の日本の社会学の歩みを振り返る.100年を10期に分け,それぞれの時期の対象文献数を分母として,特定の内容を含む文献の割合(出現率)を求めて主な考察対象とする.「民族」「国家」「宗教」「人口」「近代」「日本」「家族」等の出現率の趨勢から,第2次世界大戦前を第Ⅰ期,第2次世界大戦後のおよそ1950年代から1980年代までを第Ⅱ期,そしてそれ以降を第Ⅲ期とするおおまかな時期区分が見出せる.第Ⅰ期と第Ⅲ期はある意味で似ているが内実は異なる.その間に挟まれ,どちらとも異なるユニークな時代だった第Ⅱ期を「社会学の戦後体制」と名づける.その特徴は日本への関心の集中と世界的視野の後退,「家族」研究の隆盛と裏腹なジェンダー研究の減少,および社会構造の安定を反映した実践的研究の減少であった.第Ⅲ期の日本の社会学の研究動向はすでにそこから何歩も踏み出しているのだが,「社会学の戦後体制」的な性格もまだ引きずっている.この言語ゲームから外に出るには,それに代わる枠組みを見出すことが必要である.

  • ―日本社会学会の100年―
    有末 賢
    2025 年75 巻4 号 p. 373-389
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
    ジャーナル フリー

    本稿は,日本社会学会設立100年を振り返って,都市社会学と地域社会学の展開について論じる.この100年間は,近代化の100年であったが,「近代化」とは何であったのかをまずは再考する.鶴見和子らが,1974年に『思想の冒険』を出版し,「近代化論再検討」を打ち出したが,近代化の捉え方が「西欧対日本」的な一面性があった.都市社会学においても,シカゴ学派の影響と日本都市の特徴を「都市化」概念とL. ワースらの都市的生活様式に求める傾向が強かった.しかし,M. カステルらの新都市社会学によって,シカゴ学派の都市の定義や都市化概念が「近代化」の特徴と重なっていて,純粋に都市社会学による分析ではないという批判が登場してくる.

    それは,都市化の後の郊外化から,都市への人口集中という都市化の基本特性が変化してきたこととも関連していた.また,都心業務地域のドーナツ化に対して都市再開発など経済的・政治的な都市政策が介入することから,人口の都心回帰という現象が起きているメカニズムとも関連している.さらに,21世紀に日本は,人口減少期に入って,地方都市をはじめとして,地域社会の衰退が問題となってきた.

    このように都市化と近代化の概念を整理し,都市社会学,地域社会学の日本型モデルを模索する.

  • ―人口・世帯・ジェンダーと不平等―
    白波瀬 佐和子
    2025 年75 巻4 号 p. 390-405
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
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    本稿は戦後日本の社会階層研究と,これからの社会学について議論することをめざす.議論は大きく4つのテーマからなる.(1)戦後の「社会階層と社会移動の全国調査」(SSM調査)と関連する階層研究の展開,(2)ジェンダーからみる階層研究,(3)人口・世帯の変動と社会階層,(4)少子化からみる階層格差の趨勢,である.第1のテーマでは,実証的社会学研究を支えてきたSSM調査実施の背景としての諸議論を紹介し,考察する.第2のテーマでは,1980年代,90年代,活発に議論された社会階層理論におけるジェンダー的視点について,世帯/家族内の関係に着目して議論する.

    第3のテーマは,少子高齢化で代表される人口変動と社会階層との関わりに着目して,マクロレベルの社会とそれを支える個々人(ミクロ)との関係を検討する.そして第4のテーマでは,第5回から7回SSM調査の合併データを用いた出生力と学歴格差の分析を紹介する.重要な発見として,親学歴が子どもの学歴達成に及ぼす効果もさることながら,親の学歴による出生力の違いが子ども学歴達成と関連することが挙げられる.個人の出産,結婚等の人口学的要素を考慮して社会階層論を検討する重要性が高まっていることを,本稿では強調した.

  • ―日本の環境社会学の挑戦と展開―
    長谷川 公一
    2025 年75 巻4 号 p. 406-425
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
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    日本の環境社会学の特質と喫緊の課題は何か.まず創始者・飯島伸子の歩みに即して検討する.公害問題の実証研究をとおして独自に注目した加害・被害,加害者・被害者,被害構造という視点は日本の環境社会学の出発点となった.環境問題に主眼をおき,質的な現地調査にもとづいて,加害被害関係とコミュニティレベルに照準をあて,当事者の視点を重視するのは,日本の環境社会学の大きな特質である.環境問題の社会学は加害論・被害論・運動論・政策論からなるが,環境経済学や環境法学に比較して弱体な政策論の彫琢は今後の大きな課題である.

    一方,このような特質に規定されて,海外の環境社会学者は積極的に取り組んできたにもかかわらず,気候危機に対する日本の環境社会学者の対応はこれまで鈍かった.気候危機は,日本の環境社会学が蓄積してきたツールや問題意識が活用しにくい研究テーマと思われてきたからである.

    COMPON Japan の共同研究によれば,政府・企業・メディアは既得権益や履歴効果にしばられ,政策転換への動因をあまり有していない.この消極性を双方向的に規定しているのは市民の側の消極性である.局面打開の伴として,目下日本で期待しうるのは地方自治体のイニシアティブである.

    飯島の歩みは,既存の境界線の内側に安住することなく,当事者の声に耳を傾け,社会問題を発見・開示し,社会的要請に応えようとする真摯な努力の意義を教えている.日本の社会学の次の百年を考えるうえでも示唆的である.

  • 齋藤 圭介
    2025 年75 巻4 号 p. 426-446
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
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    本稿の目的は,『社会学評論』300号刊行を1つの契機として,その来し方である学会機関誌変遷の歴史を描き,同時に行く末を考えるための基礎的データを会員間で共有し,学会機関誌の役割について議論を促すことにある.2節では学会機関誌の変遷を辿る.とくに『社会学評論』に先行する機関誌『社会学研究』との関係を考察する.3節では,『社会学評論』の査読制度がいかなる経緯で導入されたのかを歴史的に跡付ける.とくに1979年に導入が決まった中央管理型編集体制の時期に着目をする.4節では,『社会学評論』の査読動向と投稿動向を網羅的に示す.とくに齋藤(2012)で行った2001~10年度の査読・投稿関連データの更新を目的に,その後の10年間(2011~20年度)のデータを用いて現在の姿を描く.以上の作業から,歴代の編集委員会を筆頭に多くの関係者の尽力により,『社会学評論』の査読制度はきわめて厳格なルールに基づいて進められており,また公平性が担保された制度となっていることをあらためて確認する.結論として,学会機関誌をさらに魅力的にするためには,会員が『社会学評論』をより身近に感じることができるように,『社会学評論』にかんする精確な情報を会員間で広く共有し,より活発な論文投稿を促すことが1つの方法であることを述べる.

投稿論文
  • ―男性中心の「料理文化」と家庭料理の「栄養」―
    巽 美奈子
    2025 年75 巻4 号 p. 447-465
    発行日: 2025年
    公開日: 2026/03/31
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    本稿の目的は,戦前の日本において栄養学が,一般家庭における食事作りに受容されていくプロセスを明らかにすることである.

    先行研究では,栄養学は近代国家体制の形成過程で権力と強固に結びつき,普及してきたことが指摘されてきた.しかしながら,どのような歴史的文脈で一般家庭に栄養学が導入されるようになったのかは明らかにされていない.本稿は,家庭料理の向上・発展をめざす上中流階層の女性たちが,いかにして栄養学を受容したのか,そのプロセスを明らかにした.

    結果は以下の通りである.大正期,女性たちは滋養に富む料理として西洋料理を称揚し,栄養学者佐伯矩が提唱した「栄養献立」に対しては,自分たちのめざす「料理文化」とは相反するものだとして反発した.だが,彼女たちは関東大震災をきっかけに病と関連づけられた栄養学の知見に関心を寄せるようになり,それにもとづく栄養料理に着手するようになった.栄養料理は当初,男性中心の「料理文化」からの介入によって病人料理の枠をでなかったが,そこで開発された食事者への「配慮」を優先する調理技術が次第に評価されるようになり,昭和初期には男性たちにも次第に受容された.

    また,そうした調理実践は家庭料理に定着し,食事者の「栄養」や嗜好を「配慮」する「家庭料理文化」が形成された.

    本研究が示したのは,栄養学をめぐる科学知が人びとの食のなかに取り込まれていく具体的なプロセスである.

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