農展・商工展は,工芸品とその意匠図案の改善を目的に開催された展覧会である。初期の農展の図案部門には,より新奇な様式や多様な表現法による各種の工芸品図案が出品された。しかし,工芸品図案は徐々に減少し,第14回展以降にはポスターなど広告図案が主流となる。また,国産奨励優先の方針のもとで図案部門が縮小され,第6回展以降には,入賞数全体に占める図案の割合は低下し,図案部門は衰退していった。工芸の経済的側面のみならず美術的側面をも重視する農商務省の方針のあいまいさに対して図案家や工芸作家たちが反発して農展を離れていったことが,図案部門衰退の原因であった。また,その背景には,工業技術の定着や資本主義の発達など当時の社会的状況変化のなかで,大規模な展覧会による工芸図案奨励という方法が意味を失ったという事情もあった。しかし,全国的公募制であった農展・商工展は,図案奨励策の全国的普及とこれに伴う図案家の社会的確立に大きな役割を果たしたと考えられる。大正から昭和戦前のデザインの史的展開のなかで,農展・商工展の図案部門は重要な役割を担っていた。
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