本研究は,歴史的な彫刻形態からその造形傾向である「作風」を解明し,先人たちが生み出した造形に関するアイデアの言語化を試みると同時に,現代の造形教育,地域資源としての活用に資することを最終的な目標としている。
本報告では,江戸時代後期に千葉県を中心に活躍した彫物大工である武志伊八と後藤義光による代表的な社寺彫刻とされる「波」と「龍」の彫り物の特徴的な形態に注目し,3D 形状スキャンニングから得られるポリゴンモデルに対する形態分析を実施し,形態構成要素への分解を試みた。伊八の「波」の特徴は,層状に立体構成された「ラミネート層」的な造形傾向を示し,義光の「龍」は,骨格をイメージさせる「連続する球体」で構成される造形傾向を示していることを確認した。
形態構成要素によって「波」と「龍」の両形態を再構成し,彫物大工の作風を可視化するモデルの制作を試み,企画展で展示した。そのモデルによって両者の作風の相違が,鑑賞者に分かりやすく伝達されることの可能性を示唆することができた。
本研究は、子どもの健やかな成長を促す教育効果のある木製玩具を創出する手法を提案し、デザイン初学者にとっても的確に、かつ容易にデザインを創出できる手法として一般化することを目的とした。方法は、木製玩具の開発に向けて、人間中心設計(HCD)によるデザイン開発手法を応用したデザイン手法を提案した。本研究では、子どもの遊びの観察調査や、筆者の先行研究による木製玩具の教育効果体系の指標より、ユーザである子どもの発育、発達を目標とした教育上のニーズである価値を抽出し、ユーザシナリオに基づいたデザイン仮説を構築した後、それを満足させる玩具のプロトタイプを創作した。デザイン手法の有効性検証は、大学生が参画したデザインプロジェクトにおいて、上記のプロセスにより制作されたプロトタイプ作品の評価により行った。その結果、子どもの成長を促す効果が確認でき、大学生のデザイン初学者でも、教育効果を考えた玩具の提案が的確にできるようになることが分かった。
本研究では、建築家アルヴァ・アアルト(1898-1976 年) がデザインした曲げ木によるキャンチレバーチェア(1932 年)及びパイミオチェア(1932 年)の造形特徴の一端を浮き彫りにすることを目的とし、相互に影響関係が指摘されるマルセル・ブロイヤー(1902-1981 年)の椅子とアアルトの椅子の比較分析を、主として支持フレーム及び座・背面の形態に着目して行った。
まず支持フレームとその材料に着目して、両者の椅子の通時的な分析を行い、アアルトの両椅子がデザインされるまでの過程を、先行してデザインされたブロイヤーのスチールパイプ椅子との類似点を捉えながら示した。一方、ブロイヤーの木製椅子に関しては、先行するアアルトの木製椅子との類似点を示した。次に、アアルトとブロイヤーの椅子の座・背面の形態に関する比較分析をおこなった。そして、両分析より得たアアルトの椅子の支持フレーム及び座・背面の形態特徴を、その他の類似する椅子などを示しながら考察を行い、アアルトの椅子の独自性のある部分などを示した。
新しい技術を起用する場合,それに伴いデザインが変化することは多い.その際,デザインに関する議論が不足すると,技術が不発に終わってしまう懸念がある.現在,自動車業界では,安全性に優れるミラーレス技術が注目されている.しかし,技術的な優位性は多数示されているものの,デザインに関する研究が非常に少ない.本研究では,ミラーレス技術のデザインに対する嗜好を,購入意向の観点から評価した.その結果,負の影響が確認された.しかし,デザインという感性的な対象では,多様な価値観を持つ消費者を1 つの集団として捉えることは難しい.そこで,ミラーレス技術に購入意向を有する消費者特性を評価すると,年齢が40 代以下で,自動車の情報を定期的に収集しており,購入時にデザインを重要視することが判明した.ラフ集合によって,効果的なデザイン属性を評価した結果,「バンパーが長方形かつミラーレス」等の組み合わせが抽出された.技術を生かすためにも,本研究で示した示唆は重要である.
米国・中国のシットコム番組の「笑い」がデザインされる際の表現においてどのような差異があるのかを、言語的特性の視点から分析した。米中で代表的なシットコム6 番組を分析対象とし、ラフ・トラックの性質について、「未熟性とのギャップ」「実在と虚構の混在」「エネルギーの移行」「表意と推意のズレ」「音声的要因」「先天的差異、属性差異の再認識」という大分類と、さらにシーン内容に即し詳細に作成した小分類を使用し、ラフ・トラックの数のデータ分析とテキスト分析を行った。テキスト分析では、発音されるべきところと違う発音のされ方や声真似など、言語や音声を契機として笑いが起こされたと考えられる箇所を、各番組の初めに出てくるシーンから、無作為に取り上げた。分析の結果、音声的要因により発生する笑いのポイントの割合は、両国とも3%-4%程度であり、差異として、米国シットコムでは「音の高低」による比率が高く、中国では、「同音異義語、似た音での聞き間違い」での比率が高いことが示された。
リハビリテーション動作に連動してVR 画像が変化し,運動量における達成度をアート画像の完成度としてフィードバックする「立ち上がって空に描こう!」のプログラムを開発して,回復期リハビリテーション病院および地域包括ケアの通所介護事業所における立ち座りのリハビリテーションに活用する臨床研究を実施した。回復期リハビリテーション病院では,プログラムを用いた患者はプログラムを用いない患者に比べて,運動後のリハビリテーションに対する「楽しさ」の評価が有意に大きく,また,プログラムを用いた患者は運動前に比べて運動後に,リハビリテーションをより楽しいと感じていることを確認した。加えて,長期間継続することで運動回数が有意に増加することを確認した。地域包括ケアの通所介護事業所では,プログラムを用いたリハビリテーションを実施した通所者は,運動の前後で「活性度」が大きくなる傾向が示され,また,長期間継続することでリハビリテーションに対する「頑張り」「満足度」が大きくなってモチベーションに繋がる可能性が示された。
街の雰囲気のちがいとは何か。雰囲気を感じるのは人であり,見ている対象は街である。街の雰囲気のちがいとは何かという探求から始めた本研究は,場の固有性の論理を解明することを主な目的とする。街の雰囲気は,場の個性や特徴といったその場に固有な性質,すなわち場の固有性のことと定義できるように思う。本報告では「街の雰囲気のちがい」を形成する「要素」を解明することを目的として「場の固有性」の理論に基づいた構造化された概念を手掛かりに,二つの街でのそこに住む人の「街(の雰囲気)に対する認識」を明らかにすることを目的としたアンケートを実施し,分析を行っている。二つの街でのアンケート結果に「場の固有性」の考え方を適応し,そこから見出される「街の雰囲気のちがい」の構成要素を解明しようとしている。その結果「シゼン」が,その「ちがい」を形成する「要因(構成要素)」であることを示唆している。
デバイスや認識技術の発展により,利用者の行動認識を利用した体験型展示が増加しつつある。しかし展示環境で利用者にどのような動作をして欲しいのかを伝えるのは難しい。本稿では,メディアアートや博物館の体験型展示で入力のための行動を伝えることを目的としたピクトグラムを使った行動伝達手段を提案する。行動のみを伝える造形や構図の工夫を行うとともに,静止画と動画のピクトグラムを制作して,20 代から70 代までの利用者に対して正答率と行動を達成する平均時間について比較した。20 代を対象にした評価実験では,静止画については正答率のばらつきがあったが,動画については全ての行動を88.5%以上の利用者が理解できた。また中高年層にも行動を伝えることができたが,時間がかかる傾向があることが分かった。これらの成果を神社や風呂敷などの日常的な日本無形文化を伝える体験型展示に適用した。
全国には、自治体や団体などの地域コミュニティのために生成されたキャラクターが多数存在する。これらは「ご当地キャラクター」と呼ばれ、地域を象徴するコンテンツとなっている。ご当地キャラクターの人気が高まった2010 年前後には各地で活発に生成されたが、その状況が落ち着いた現在では、地域における継続的な活用が課題となっている。
本研究は、地域コミュニティにおいて有効に活用される象徴的造形の生成過程を明らかにするべく、ご当地キャラクターの事例から考察をおこなうものである。ご当地キャラクターの運営団体を対象としたアンケート調査の結果からご当地キャラクターの生成過程を類型化し、「生成目的に対する効果」と「生成過程」の関連について分析をおこなった。