本稿では,現実の場所と物語情報を連携させ,場所への移入感を形成する手法として「ストーリーイマージョン」を提案した。古民家の実空間と SNS の物語情報を同時にデザインし,移入感形成につなげていくことを目的に実験調査を行った。実験の結果,古民家の全訪問者の 11%である 55 名が SNS を見て訪れた人だった。移入尺度を用いたアンケート結果から場所への移入感が醸成されたと判断した。移入を構成する尺度間の相関を分析した結果,「キャラクターへの共感による物語世界への移入」,今後古民家でどんなことをしたいかといった,「場所と自身との関係性の想像」,「物語に移入した上で再訪の思い」が生じていることが分かった。どのような物語表現が移入を誘発するかについては,建物や生活道具,歴史について説明するよりも,キャラクターの心情や行動に共感させ,現実空間で既知感を与えるような作り込みをすることで,建物や場の価値を伝えることにつながり,現実の空間に対する移入感を引き出していたことが見受けられた。
大学教育において,地域課題の解決やイノベーションの創出を目指した PBL 型の取り組みが,分野や専門性を問わず展開されるようになり,取り組みを円滑に進めるための方法が模索されている。デザイン思考の導入もその一つであり,潜在的な問題の理解につなげることが期待されている。一方で,デザイン思考を導入した PBL 型の取り組みは,デザインを学ぶ学生のように,普段から手を動かしながらアイディアを考えることに慣れている者にとっては必ずしも有効な手段であるとは限らない。
本研究では,デザイン教育に有効な PBL 型の取り組みの新たなアプローチとして,「デザインすること」を起点とした Design-Based Learning の学修サイクルについて検討し,既存の PBL 型の取り組みへの導入を試みたうえで,その取り組みに参加した学生らの振り返りから DBL の有用性について検証した。
その結果,デザイン思考に期待される教育効果に加えて,デザインを学ぶ者との親和性が示唆されるなど,デザイン教育における新たなアプローチとなり得ることが明らかになった。
本研究では,東京都墨田区のコロナワクチン接種の仮設空間用サインシステムの一例として,会場用にデザインしたサインシステムの利用者評価を行った。仮設空間のサインシステムは,一般的な空間と違い,限られた日程で空間を構成するため,空間とプロセスについて情報をサインデザインの中に適切に配置し,利用者に伝える必要がある。そのため,接種会場の利用者には,ペーパーファイル,壁のパネル,床の経路テープをサインシステムとして提供,配置した。利用者評価の結果,60代以上のような特定の利用者には,空間とプロセスの全体情報伝えるペーパーファイル(インフォメーション・サイン・システム)が接種を行うためには役立つことなどがわかった。この結果は,今後仮設空間にサインシステムを構成する際,設置方法や製作の参考になると期待される。
日本人被験者の米国と中国のシットコムに対する面白さの認識にどのような違いが生まれるのかを明らかにする。質問紙を用いて調査を行い、データ分析からどこに違いが生まれるのかについて可視化し、内容分析からなぜそのような違いが生まれたのかについて考察を行った.また,面白さを高く認識できた箇所と、面白さをほとんど認識できなかった箇所を抽出し、テキストの内容や感想から理由や背景を探った。
その結果、日本人被験者は、米国と中国シットコムを比較して、米国シットコムの方に面白さを高く認識し、また、面白さを高く認識できるラフ・トラックの挿入ポイントも米国作品の方が多かった。また、被験者は米国シットコムに対し、テンポが良い、下品、友人間の会話が多いという印象や感想を持ち、中国シットコムに対し、分かりにくい、動作が面白い、家族間の会話が多いという印象や感想を持つことが分かった。
国内においてセイヨウミツバチの飼育のために利用されている巣箱は、ラングストロス式巣箱にほぼ限定されており、新しい巣箱の提案はあまりなされていない。そこで、セイヨウミツバチの巣箱の設計要求を明らかにするために、グラフ理論を用いてその因果関係について検討した。セイヨウミツバチを飼育する際に用いられる巣箱の設計要求を経験豊富な養蜂家 5 名で協議した結果、合計 45 個の項目が設定された。ISM 法による解析の結果、45 の設計要求項目は 17 階層で構成され、それらは複雑な因果関係にあることが分かった。加えて、設計要求のなかでも特に、着脱が容易な巣板を巣箱のなかに格納可能なことやミツバチの数に応じて巣箱の内部空間を拡大・縮小できること、堅牢であることが重視すべき項目であることが判明した。また、養蜂家の属性、例えばミツバチ飼育の目的や飼育環境などの違いによって、巣箱に求められる設計要求も異なることが示唆された。
本研究の目的は, 三浦半島における事例研究を通じて, 観光まちづくりに有効なデザイン・ワークショップのモデルを提案することである. そこで, 一般的なデザインプロセスに基づいて「観光まちづくりにおけるデザイン・ワークショップの仮説モデル」を作成し,ワークショップを実施した. 一般的なデザインプロセスでは, 「ターゲット設定」が最初のステップになることが多い. しかし, 観光まちづくりの場合は,「地域の問題定義と資源の整理」というプロセスがターゲット設定に大きく影響する.観光まちづくりにデザイン・ワークショップを応用する際には, 「ターゲット設定」「地域の問題定義と資源の整理」「観光コンセプトの創造」を繰り返し, 最適な三位一体の関係を考えるという特徴的なプロセスをたどることが明らかになった. この特徴を踏まえて, 仮説モデルを一部修正し, 観光まちづくりに有効だと考えられるデザイン・ワークショップのモデルを提示した.
本研究は,市民が捉えている建築作品のファサードにおける地域らしさの要因を,ファサードの印象に潜在している因子から把握することを目的とする。そのため,SD 法による意識調査を用いた因子分析によって主要因子を把握することに加え,重回帰分析より地域らしさと主要因子の関係を明らかにした。さらに,クラスター分析によってファサードの類型化をおこなった。
意識調査より,敷地面積は 8,100 m2以上 -14,400 m2未満,建築面積は 3,600 m2以上,延床面積は 32,400 m2以上,6階以上の高層で 60m 以上の建築作品が名古屋らしいと評価されることが示された。因子分析より,名古屋らしさの要因である因子は,正の演出性と負の身体性であることを把握した。類型化より,3つのタイプが得られ,名古屋らしいファサードを含むタイプ1の「きれいな・都会っぽい・美しい」に特徴がみられた。これらの結果と意識調査の結果を踏まえ,名古屋らしさの要因である形容詞は,「きれいな・都会っぽい・革新的な・鋭い・派手な・高級な・美しい」であることがわかった。
本研究は,ビジョニングを,創造的認知研究で議論される想像の応用として捉えた上で,ビジョニングがアイデア創造性の実現に効果的であるときの説明を試みた。ビジョニングの認知プロセスとは,ビジョンの想像と製品の想像からなることを前提とした上で,225 人の経営学部生によるアイデア開発結果を分析し,次の知見を導いた。
アイデア創造性の実現に直接的に起因するのは,製品想像時に,開発対象分野から意味的に遠い関係にあるビジョンを用いたときであり得る。さらにその開発対象分野から遠い関係にあるビジョンの特定に起因するのは,①開発対象分野から遠い関係にあるものをヒントとしてビジョンを想像したとき,②具体的にビジョンを想像したときであり得る。
本調査結果から,アイデア創造性の実現を意図するビジョニングの際には,できるだけ開発対象分野から遠いものをヒントとしてビジョンを想像すること,あるいはできるだけ具体的にビジョンを想像することが推奨される。
本研究では,食塩や糖分の過剰摂取の問題に着目し,プレートによって,食品の食塩や糖分の摂取量を抑えることを試みた。そこで,単一金属製のプレートと異なる種類のフィラーを用いてテクスチャ,色などを変えた磁器製プレートを作製し,塩味や甘味の味覚評価の対応関係について検討を行った。まず異なる材料からなる15種類のプレートを作製し,それらの外観や手触りの印象評価実験を行った。そして得られた結果に基づき,8種類のプレートを選定し,塩味や甘味の強弱を比較する味覚評価実験を実施した。その結果,プレートの材質の違いによって,連想される印象や味覚が異なること,塩味や甘味の評価の強弱が異なることが確認できた。特に,2種類の金属製プレートや竹繊維,シャモットや漆喰紙を混ぜて焼成したプレートは対照としたプレートより塩味を強く感じることが明らかになった。また珪藻土を混ぜて焼成したプレートは対照プレートより甘味を強く感じることが判明した。これらにより,プレート材質の違いが塩味や甘味の評価に影響を与えることが明らかとなり,プレートによって塩分や糖分の摂取量を抑えることができる可能性が示された。
本研究の目的は,名古屋市で 1989 年から 1997 年に全5回開催された国際ビエンナーレ「アーテック」(ARTEC)の歴史的意義を明らかにすることにある。アーテックが開催されたおよそ 10 年間は、インターネット社会の到来以前の高度情報社会を背景としたアートとデザインの転換期にあたる。この展覧会の意義は,いわゆる現代芸術の一つのジャンルとしての「メディアアート」の形成にとどまらず,1980 年代から国が主導する地域産業の高度化に寄与する特定事業構想に基づいて名古屋市が推進する「デザイン都市名古屋」の文化政策に貢献したことが指摘できる。
本稿では,第1にアーテックと同時に開催された世界デザイン博覧会および世界デザイン会議 ICSID と名古屋市の地域的課題の関連を考察する。第2に,アーテック企画者の森茂樹と山口勝弘に注目し,ハイテクノロジー・アート国際展からアーテック開催までの過程における彼らの役割を明らかにする。第3に,名古屋市の都市政策,および通産省の政策とハイテクノロジー・アートの関係を考察する。最後に,アーテックは国と地域経済,都市のイメージづくりと文化創造,そして芸術の国際化が複雑に関連した文化事業であったと結論づけた。