本論文では,イギリス都市部の公立中等学校の生徒を対象とした拡充型科学カリキュラムの開発プロジェクト,ASCEND(Able Scientists Collectively Experiencing New Demands)プロジェクトについて概説する.ASCENDプロジェクトの背景として,(1)ナショナル・カリキュラムと総合中等学校制度により,学校科学教育において'単一の教育モデルを一律に適用する'アプローチが試みられていたと同時に,(2)'才能豊かな'生徒のニーズに応じるという国策から,達成が非常に高い生徒に適切な方策を講じることが学校に求められていた.そこには,イギリスの教育に長年にわたって続く緊張関係が反映されている.教育の機会均等を設け,教育を社会的流動性の促進手段と考える一方で,同時に,保護者に対して特長や質の異なる学校を選択可能であるという意識を持たせることで多様な生徒集団のニーズに応じてきたのである.ASCENDプロジェクトはこの対をなす状況に応えるものであり,「科学の本質(NOS:Nature of Science)の設定」「自己調整学習(self-regulation of learning)の強調」「少人数グループによる活動の場づくり」という3つを鍵となる特徴を据えて,系統的な学習活動を開発した.「科学の本質」は,イギリスのカリキュラムにおいて開発が進行中の領域であること,そして科学学習指導において学校での取り扱いが一様に不十分であることが広く認識されている領域であることを考慮して設定した.より重要なこととして,本来,この側面からの科学学習指導は,非常に能力の高い生徒に対して挑戦的となるような学びの文脈を提供できる.「メタ認知の育成」には,すべての学習者が自分の学びを自己調整できるようになるという有用性,そして特に,通常の学校科学活動では挑戦的な部分が限られてしまう才能児に対して,彼ら/彼女らが自分で学べるようになるという有用性があった.3つ目の「グループ活動」は,多くの才能児が同じクラスに自分の思考を最大限にして挑戦できる仲間を欠いているであろうことを意識して設定した.異なる学校から選抜された生徒が集まる機会を通して,自分と似通った興味や能力を持った他校の仲間と出会い,共に学ぶことができるようにした.グループ活動は,単に生徒同士の学び合いへの足がかりを提供したり,挑戦的な課題に対するチームとしての回答を協議したり整理したりするばかりでなく,一種の対話による議論を実践する機会となった.その対話による議論こそが科学活動の中核なのである.生徒たちはASCENDプログラムへ喜んで参加した.そして,参加生徒にとって,プログラムの活動における自由度が大変新鮮であったことがわかった.ASCENDプログラムを通して,イギリスの学校科学における生徒の典型的な学習経験と,非常に能力の高い生徒の知的成長を支援するようなタイプの学習活動との不一致が浮き彫りになった.参加生徒は,自分たちが高度に構造化された学校科学の活動で教師から間近に監視され,支援されることに慣れていたが,ASCENDの活動はよりオープン・エンドであり,発展的な課題を通して自分自身の向上をモニターし,評価するよう求められ,それらは学校科学で求められるものとは全く異なっていたと答えた.本論文では,ASCENDプロジェクトが広範囲にわたって成功であったことを論じる.そして,地方の実態に即した才能児への教育方策の可能性について例を示す.ASCENDプロジェクトは,導入教材も提供しており,才能児を対象とした拡充型科学教育プログラムを設けている他のところでも導入された.
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