本研究では,スイスのドイツ語圏にあるベルン近郊の小学校において実践されているMINT教育の実態を現地での授業視察に基づいて解明することを目的とする.現地にて実際の授業を視察した結果,Bremgarten Unterschuleの第4学年のMINT教育実践は,数学ベースのScratchを活用したプログラミングを通したオリジナルなものづくりに取り組んでいるSTEAM教育であった.そこには,デザイン思考の5つの段階にそれぞれ価値付けることのできる児童の様態が認められた.三崎(2024b)の三次元評価指標にプロットした結果,統合度が低いが論理的思考が中程度でデザイン思考の強い特徴を有するSTEAM教育のタイプであることが明らかとなった.児童の主体性を大切にして伸ばしながら,デザイン思考を促すこのようなMINT教育実践が,今後の我が国のSTEAM教育の道標を示唆している.
教育DXを推進させるため,データ駆動型理科教育構築を視程して,近年の研究動向を踏まえ,理科教育界における生成AIの役割について考察することを目的とした.①言語表現が難しい自然事象を対象とした自然認識研究に関する有用性,②データ分析ツールとしての有用性について考察した.考察結果,①に関して,科学的真正性・科学的探究力等を含めて,自然認識研究を適正化する認知モデル(コネクショニストモデルに関して)・テクノロジーとして期待できると考えられた.②に関して,定性的・定量的双方のデータ分析の利便性・適正化の向上が期待できると考えられた.本研究の考察を基に,教育DXを推進させるため,データ駆動型理科教育構築を視程して,コネクショニストモデルの認知モデル導入,及び,生成AI活用により,理科指導法・評価法の適正化に繫げて行ける.今後,上述の研究・実践を推進させて行きたい.
本研究は,抗菌薬や金属イオンなどの化学物質が植物および藻類に与える環境影響を,教育現場で活用可能な実験教材として視覚的かつ定量的に観察可能とすることを目的とした.植物としてハツカダイコン,藻類としてムレミカヅキモを用い,各種抗菌薬および銅(Ⅱ)イオン,コリスチンを曝露させた.生長抑制の程度は,根茎の長さ測定や吸光度(438 nm)および葉緑素量(Chl a + b)により評価した.結果,ベンジルペニシリンを除く多くの抗菌薬が植物・藻類の生長および葉緑素合成を濃度依存的に抑制し,特にタンパク質合成阻害薬に顕著であった.また,銅(Ⅱ)イオンについては,低濃度で一過的な生長促進(ホルミシス効果)を示す一方,長期高濃度曝露では不可逆的抑制が確認された.コリスチンも同様に高濃度長期曝露で強い抑制を示した.これらの教材は,化学物質の作用機序や曝露時間の重要性を能動的に理解させる探究的教材として有用であることが示唆された.
本研究では,2022年に改訂された韓国の小学校科学教育課程における内容領域の変化,提示様式の変化,および内容要素などに着目し,関連文献の調査を通じてその特徴を明らかにした.特に,新設された「科学と社会」という内容領域の設置背景などを見出すことができた.また,改訂小学校科学教育課程に示された化学領域の学習内容(学習要素)について,教員養成大学生を対象に認識を調査した結果,今回の改訂で新たに移行された学習内容に関しては1年生および4年生のいずれにおいても正答率が低い傾向が見られた.
背伸びせず実行可能な食育を組み入れた教科学習の日常化に向けた現職教員研修の在り方の検討材料とすべく,現職栄養教諭が防災教育と食育を組み入れた中学校理科授業実践を評価した研修を報告する.運営上の課題もあったが,研修は栄養教諭の専門性を高め,学校における食育の推進に貢献する上で新たな視点や実践方法を学ぶ貴重な機会となった.気象単元で非常食を端緒に食育を組み入れた点や食品の腐敗や乾燥,加工技術が理科とつながる点から授業実践は肯定的に評価された.しかし,栄養バランス,食物アレルギー対応,ローリングストック等の重要性と家庭科,給食,地域との連携の必要性や学習課題が示す状況に生徒が現実性や迫真性を感じていない旨が指摘された.また,食育を実践すべき教科・単元や内容への認識に個人差が確認された.
本研究では,エチレンの実験室における製法として教科書の記述に着目し,エタノールと濃硫酸の混合物を加熱する方法と,加熱した濃硫酸にエタノールを滴下する方法の実験条件がエチレン生成に及ぼす影響を検討した.その結果,前者では160℃付近からエチレンが生成した.また,後者ではエタノールを加えた直後から枝付きフラスコが激しく突沸した状態になった.さらに,爆発的に反応が進行してエチレンと水蒸気が生成し,反応の制御が極めて困難であった.このことから,安全面の観点からエタノールと濃硫酸の混合物を加熱する方法が教師の演示実験として適切であると考えられる.以上の研究成果は,エチレンの生成を扱う化学実験において,安全かつ簡易的な教師の演示実験の設計に資するものであり,高等学校における化学教育の教材開発と実験指導の改善に貢献する.
明日を拓く科学教育において、新しい科目「情報」が注目し始めた。道具としてだれもが使えることを目指した情報機器の使用は、コロナによって社会が激変した。しかし、数学教育においては全く変化が見られない。数学教育では電卓すら使わないので、情報機器には全く触れられていない。この状況の中で、「情報」が科学教育に使われるようになったときに、「数学」と「情報」は共存できるかが問われるであろう。「数学」と「情報」の考え方の違いから、この2つを学ぶときにどちらを取るであろうか。同じ教育の場で『異なる考え方』はどちらが選ばれるか、またAIによるTechnologyの発展はどのよう日影響をするか、明日の科学教育にとって大きな問題が提起されている。AIによる志向の変化がどのように起こるかわからない。自然科学により物質的には世界は原子力によって滅びを迎えているが、AIの発展は精神的世界を滅ぼすであろう。科学教育の在り方を問う必要性は以前よりも増している。
ユニセフなどの調査により日本の生徒の幸福度は低いとされている.生徒に与える幸福感には,いじめや人間関係など,様々な要因が考えられるが,本稿では,数学・理科の成績と主観的幸福感の関係に焦点を当てた.本研究の目的は,高校生における数学・理科に対する意識(好意度)および成績と,主観的幸福感との関連を明らかにし,その性差の有無を検討することである.特に,成績や教科への意識が幸福感とどのように関係しているかに着目し,教育的支援の方向性を探ることを本研究の目的とした.その結果.数学・理科ともに男子の方が好意度・成績ともに高い傾向を示した.また,成績が高い生徒ほど主観的幸福感も高いという関連が,性別を問わず観察された.以上より,教科指導とともに主観的幸福感を含めた包括的な教育支援の必要性が示唆された.
数学教育における「説明」から「証明」への移行などの小中接続場面を円滑に進めるためには数学的な態度の醸成が必要であろう.本実践では中学校図形分野の初学者を対象として毎時間授業後に振り返り課題を実施し,それに対してフィードバックを与える授業を設計した.授業実践を2024年9月から2025年2月末まで行い,年度末に学習者の認識を調査した.調査の結果学習者が振り返り課題に向かう動機についての記述には成績に関するものが多く見られたものの,振り返りを行う意義については振り返りにより知識や理解についての効果を感じたものが多く見られた.振り返りに対する教師のフィードバックについての記述は限定的であったが,授業者の手ごたえとしては感じるところがあった.
本研究では,中学3年生および高校1年生を対象に,解剖を含む生理学実験および探究活動を通じた科学的関心・進路意識・倫理観の変化を調査した.ブタの眼球や脳の解剖,血液凝固や抗菌作用などの実験に加え,グループによる探究学習を実施し,活動前後の意識調査により教育的効果を検証した.結果,関心が薄かった生徒の約4割が実験後に生理学への興味を持つようになり,3割以上が医療系進路に関心を示した.さらに,生徒の多くが模型より実物の解剖を望み,解剖の教育的意義を肯定的に評価した.一方,生命倫理への葛藤を示す声もあり,適切な指導の必要性が示唆された.以上より,体験的な生理学学習は生徒の科学的関心や将来の進路形成に有効であり,倫理的配慮を踏まえつつ教育現場で積極的に導入すべきである.
新しい学習指導要領では探究的な学びが一層重視される一方, 「何を探究するか」というテーマの設定は多くの生徒たちにとって非常に難しい. 本研究では, 高校における探究活動において, 生徒がオリジナリティのあるテーマを設定するためにはどんな支援が必要なのかを明らかにすることを目的とした. 理数探究の授業において, 探究初期にリフレクションなど内省的な活動を重視したカリキュラムを受講した生徒と, 各種実験など実践的な活動を重視したカリキュラムを受講した生徒を対象にアンケート調査を行い, 活動とテーマ設定の関係を比較した. その結果, 内省的な活動を重視したカリキュラムでは独自のテーマを構築できた生徒は少なく, またリフレクションなどはテーマ設定において直接的な助けにならなかったと答える生徒が多かった. 一方, 「先生との話し合い」が独自テーマの選択において最も高い支援効果を示し, 生徒は先輩の研究を実際に見聞きする経験や他者との対話を通じて, 自らの関心を深め, 独自の問いを見出していったことが示唆された.
本稿では「遺伝子」の異種混交的な概念理解モデル(CPモデル)を教室談話の分析ツールとして適用し,高校「生物」科目の遺伝学の授業を通じて「遺伝子」の意味が如何に移り変わっていくのかを吟味した.その結果,分析対象の教授場面では「遺伝子座」の概念を通じて「遺伝子」を「染色体上に局在し,形質の形成において本質的な役割を果たす実体」と見做す考え方が導入されており,この考え方によって,メンデル遺伝学では記号にすぎなかった「遺伝子」をDNAの塩基配列上に位置づける過程が橋渡しされていることを明らかにした.
本研究は,地学教育において「システム概念」と他の科学的概念(パターン,エネルギーと物質,機能と構造等)を同時に育成する授業実践の効果を明らかにすることを目的とした。中学校1クラス28名を対象に,学習方略尺度によるクラスタ分析と自由記述の質的分析を組み合わせて検証したところ,生徒は思考傾向の違いに基づき,「因果・構造志向型」(因果関係や構造的なつながりを重視),「システム統合型」(地球全体のつながりや循環,相互作用を明確に記述),「現象・プロセス観察型」(個々の現象や動き・変化を中心に記述),「現象列挙型」(出来事の羅列にとどまる)の4つのグループに分類された。特にシステム統合型はSTEM的な複眼的視点を示したが,サブシステムの区別や相互作用の理解は限定的で,全体像を捉えた記述ができた生徒は一部にとどまった。以上より,地学教育において「システム概念」と他の科学的概念の同時育成が可能であることを実証し,その指導法の有効性と限界を明らかにした。