本稿の目的は,Duvalの「記号論的表現」を観点にして教科書における純小数の乗法に関する記述に焦点を当ててその表現に着目した特徴を明らかにすることとする.研究の方法は,2つの教科書における純小数の乗法に関する記述を取り上げ,Duvalの枠組みから解釈を行う.一方の教科書の特徴として,取り上げる表現は,数直線図と数式だけである.数直線図は児童にとって数学的対象の理解の手段であるという前提で成り立っていると考えられる.2つの関係を同時に取り上げることで,数直線図の表現の処理の違いが理解できるように配慮されている.他方の教科書の特徴として,関係を表す表現は,線分図,関係図,関係式,数直線図,数式と多い.多くの表現を理解することで,3×0.8という数学的対象を理解するようにしていると考えられる.児童にとっての課題は,3×0.8という関係を表す多くの表現を理解することとなる.
中学校の理科における「主体的に学習に取り組む態度」について,評価項目の作成を行うことで,授業者が学習者のどのような姿を見取り,評価するべきかを明らかにすることを目的とした。過去の授業実践や研究で用いられていた評価指標・評価基準を基にした質的内容分析と,KH Coderによる計量テキスト分析から作成した評価項目を比較することにより,中学校理科における「主体的に学習に取り組む態度」について,「粘り強い取組を行おうとする側面」と「自らの学習を調整しようとする側面」の2側面から,計10項目の評価項目を示すことができた。
本研究では,Next Generation Science Standards(NGSS)の特徴の一つである「NGSSはスタンダードである,カリキュラムではない」という言明に着目し,従来の内容スタンダードである National Science Education Standards(NSES)との比較を通して,その意味を理論的に検討した.分析の結果,NGSS は,教える内容の配列や指導方法を規定する内容スタンダードではなく,一連の学習を通して生徒が何を知り,できるようになるかを示すパフォーマンススタンダードとして設計されていることが明らかになった.この転換により,到達目標としての評価を共有しつつ,カリキュラムや授業設計の具体化は州・学区・学校・教師に委ねられていることが示された.本研究は,スタンダードとカリキュラムの関係を再整理するとともに,日本の科学教育における探究的学習の設計にも示唆を与えるものである.
本研究は,地質分野における学びの連続性を再検討し,子どもの理解を系統的に支える授業づくりへの示唆を得ることを目的とする.中学校2年生を対象に,小学校第4学年から中学校第1学年で扱われる地質分野に関する調査問題を実施し,選択式問題の正誤および自由記述回答を分析した.その結果,地形の高低差や粒径と水のしみ込み方の関係性,侵食および堆積など個々の知識項目については一定程度の定着が見られた.一方で,これらの内容を関連付けて説明する問題では正答が極めて少なく,特に平地形成の説明では「侵食」に偏った記述が多く,堆積概念の活用は限定的だった.以上より,地質分野の学習内容は断片的な知識として保持されやすく,既習内容を関連付けて活用する学習機会の充実は課題であることが示唆された.
本実践は,愛媛県伊予郡松前町の伝統競技「はんぎり競漕」を題材に,競技中の動きや使用される道具などに科学的な視点で着目し,その推進の仕組みを明らかにする探究学習指導の実践である.教員は,松前町担当者への聞き取りで推進の仕組みが明らかになっていないことを確認し,大学教員の助言や地域の協力を得ながら探究活動を指導した.生徒は,モデル実験やプールでの実験,映像分析や理論的考察を交えて,仮説の設定と検証を段階的に行いながら,探究活動に取り組んでいた.ルーブリック評価と質問紙調査の結果,地域理解や多角的視点,主体性などについて意識の変容が確認された.一方で,対象生徒数が少ないことや,質問紙調査が生徒の自己評価に基づくものであることから,本実践の評価について慎重な解釈が必要である.本実践を通して,地域と結びつけた探究学習の指導における具体的な一事例を示すことができたと考える。
科学教育研究における理論と実践の関係について,まず,教育における理論優位性なのか実践優位性なのか,理論=研究者と実践=教師という関係はどう考えるべきなのか,といった理論的側面から検討した.次に,教師と研究者の連携に基づく実践について分析をした.その結果,すでに理論と実践の二元論で考えることはあまり意味がないこと,理論と実践の関係では教師と研究者等との対話と省察が重要になること,研究者により言説が生まれる「現場」をどう捉えるかが理論と実践を考える際に重要であること,他方で,教師は研究者と対等な立場で協働すれば,反省的実践にも貢献できる可能性があること,などを指摘した.
本研究では,日本とシンガポールにおける中学校理科教育について,科学概念の位置付けやそれに基づく学習内容の構成,科学概念と学習者の関わり方の特徴や課題を明らかにすることを目的とした.日本の学習指導要領とシンガポールのSCIENCE SYLLABUS,両国の教科書を対象に,内容の構成や概念の扱われ方を整理し,その相違点を分析した.その結果,シンガポールの中学校理科教育では,中核的概念が学習内容を構成する枠組みとして機能していた。8つの中核的概念が5つのテーマを通して学ぶ仕組みとなっており,各テーマの中で複数の中核的概念が関連付けて扱われていた。学習者はテーマを軸とした学びを通して,中核的概念への理解を深められる構成となっていた。一方,日本では学習を通して得られるものとして概念が捉えられていた.学習内容は広く網羅されているものの,各内容の概念としての位置付けが明確になりにくく,知識が断片的に学習されやすいという課題がみられた.
近年,学校教育において学習した知識を他の場面に転移させることが重要視されており,教員が児童の深い学びを支援する必要がある.本研究では,小学校理科において学習する内容と日常生活や社会等の他の場面での事象とのつながりについて,教科書の分析を行った上で質問紙を作成,調査し,学校で学習した知識がどのくらい転移することができる深い理解を伴う知識になっているのかを明らかにすることを目的とした.知識の転移には,知識の内容の深さにおける垂直方向の転移と内容の広がりにおける水平方向の転移が存在する.そこで,知識の転移の系統に沿って,教科書に記載されている事象を垂直的接続と水平的接続に系統分けて分析・比較した.その中でも,日常生活との接続に着目した質問紙調査によって児童が知識の転移を行うことができているのかを明らかにし,具体的にいくつかの問いについてその理由を検討した.
理科の4分野(物理・化学・生物・地学)を統合した高等学校理科必修科目の導入に向けて,分野固有の単純なモデルを基盤とする強固な既有知識が科学リテラシーの育成を妨げる「認識論的障害」を克服する必要がある.そのためには,信頼性の高い基礎科学の法則とミクロな視点を基盤として4分野間の系統性を強化することが求められる.本研究は,単純なモデルが依拠する分野固有の視点を拡張し,「量的・関係的」「質的・実体的」「多様性と共通性」「時間的・空間的」の4つの視点を「関係付け」,「多面的に考える」ことによって,モデルの段階的な詳細化と4分野間の系統性の強化を図ることを目的とした.4つの視点を関係付ける物質・熱・運動量の「移動現象」が関わる理科の内容を調査した結果,自由電子の移動については「電流」として速さが定量的に扱われているのに対し,その他の物質(質量),熱(エネルギー),運動量については,移動の仕組みが十分に扱われていなかった.人新世を文脈とした必修理科カリキュラムに,物質・熱・運動量の移動現象を体系的に組み込めば,4分野間の齟齬を改善できる可能性があることが分かった.
現在の高校理科教育では,時間や設備,入試対応などの制約により,生徒が自ら手を動かす実験の実施頻度が低い実態にある.一方,現在の学習指導要領に理科の育成目標として,科学的に探究するために必要な観察,実験などに関する技能,科学的に探究する力を養うことが掲げられている.理科における観察,実験は重要な位置づけと考えられ,普通科,農業科の高校生に対して行った生物分野の実験講座の実践とその意義と課題について考察した.これまで学内外で実験講座を行い,植物葉の色素分離やタンパク質分離などのプログラムを実践してきた.受講した生徒からは肯定的な感想が多くあり,学習指導要領の目標である「科学的に探究する力」の育成を補完し,科学や農学への興味,関心を喚起する意義があったと考えられる.一方で,受講者が一部の生徒に限られる点は課題であり,今後は高大連携をさらに深め,根本的な課題解決へつなげることが期待される.