本稿は,日本土壌微生物学会と日本微生物生態学会の共催による培養困難微生物に関するシンポジウム(1998年9月,千葉大学)の発表と討論を取りまとめ解説したものである。本来培養可能な細菌が,環境中で生残する過程で,飢餓条件や塩ストレスなどに曝されたとき,通常の培地では増殖しなくなるが,呼吸活性や酵素活性,タンパク質合成能などの生命反応を示し,生きていると判定され,さらに,何らかの処理によって,その培養性が回復するという現象が,広範な菌種において認められている。このような,生きているが培養できない(viable but nonculturable, VBNCまたはVNC)状態の存在は,大腸菌O157やコレラ菌などヒトの病原菌の環境中における生残動態を論ずる上で重要であり,それらの感染予防上もVBNC状態の生理・生態学的解明が強く望まれている。一方,河川,海洋,土壌,活性汚泥など自然系ないし半自然系の従属栄養性細菌の多くもVBNCであり,これは低栄養環境への適応の現れであろうとの指摘がある。これらの細菌は本来的に培養不可能であるのかどうかということも含め,依然未解明の部分が多い。またVA菌根菌などの絶対共生菌や根こぶ病菌などの絶対寄生菌も培養困難微生物であり,農業利用上の重要性から,人工培養法の開発が望まれている。これら培養困難な菌類をもVBNC微生物の範疇に入れてよいかは意見の分かれるところである。いずれにせよ,これら菌類ならびにVBNC細菌を培養可能とする試みや生理・生態に関する研究は,培養によらない方法(遺伝子プローブや蛍光染色法)のいっそうの開発とともに,重要な課題であり,土壌,水圏,医学,薬学,生理学,分子生物学など,広範な分野の研究者が密接に連携した共同研究が望まれている。
抄録全体を表示