稲紋枯病は, いもち病, 白葉枯病とならんで, 日本および東南アジア諸国において重大な稲病害になっている.しかし, 稲品種の育成に際して紋枯病抵抗性の人為選抜は, 今日までほとんど行われていない.その原囚の一つに, 本病原菌の接種法が考えられる.すなわち, 慣行の接種法 (稲わら培養法, もみ・もみがら混合培養法及びPSA培養コルクボーラ打抜法など) は, 接種方法は容易であるが接種株の発病が不確実である, あるいは発病は確実であるが圃場で接種するには煩雑すぎるなどの欠点がみられた.そのために, 多くの個体を対象とする雑種集団からの個体選抜に適用できなかった.本研究は, 接種方法が容易で, しかも発病が圃場の環境条件あるいは稲個体の生態的・形態的特性に影響されない接種法の確立と, 抵抗性系統の育成を目的として行った.本実験では, 新に注射器による接種法を採用し, 従来の慣用法との比較を行なった.注射器接種法は, 寒天量を20%少なくしたPSA培地で病原菌を28℃で2日間培養し, よく攪拌後100m
lの注射器に入れ, 出穂期に止葉から3番目の葉位の葉鞘内に約0.25m
lを注入する方法である.抵抗性の判断は, 接種後2および4週目に接種葉位およびその上位2枚の葉鞘での病斑面積率を指数 (0~10) で判読して行なった.慣用の稲わら, もみ・もみがら混合接種法 (いずれも出穂期に接種) は, 接種個体の発病が不確実であったので, 発病株率で抵抗性の大小を判別した.慣用の3接種法による品種抵抗性は, 注射器接種法の第2葉位の4週目病斑指数と有意な正の相関関係がみられ, 品種あるいは系統の抵抗性を比較する場合はいずれの接種法によっても大差がないことがわかった.注射器接種法は, 出穂期にすべての接種個体を確実に発病させることができたが, 同じ日時に接種された品種の間でも病斑指数に大きな差がみられた.なお, 8月24日に接種した極早生系統には抵抗性を示すものは見られなかった.病斑指数は, 接種後2および4週目の間, 第3および第2葉位の間, および第2葉位と止葉の間でいずれの場合にも正の相関関係がみられ, 一次あるいは二次の回帰式が適合した.注射器接種法による選抜は, 遺伝力及び誤差の変動係数の大小から判断して, 第2葉位の4週目の病斑指数によって行うのが最も効率的であると結論された.紋枯病抵抗性と白葉枯病ポリジーン抵抗性との間には有意な相関関係はみられなかったが, 紋枯病抵抗性強系統は白葉枯病ポリジーン抵抗性強系統の中のみにみられた.
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