長年, 国民死因のトップを占め続けていた脳血管疾患が漸く, その座を悪性新生物にゆずろうとしている.その背後に, 長年の疫学調査による各種リスクファクターの抽出とそれに立脚した適確な予防対策の果した役割が大きいことは衆目のみとめるところである.
わが国の脳卒中疫学的調査としては, 久山町研究, 大阪成人病センターによる地域, 職域別研究など大規模な調査がよく知られているが, 地域特性を重視した比較的小集団の研究も地道な成果を納めて来た.さて, これまでの疫学調査は多発地域を中心に行われる傾向が強かったが, われわれはむしろ, 発症, 死亡の少い地域の調査を通じ, 共通する発症阻止因子を抽出し, 予防に役立てようとの観点から一連の研究を行って来た.本論文の第一部では, それらの成績についてのべる.
次に, 疾病の危険因子には, 時代とともに変遷して行く部分がある.その一つは生活環境などの変化に追随するものであり, 他は臨床医学の進歩に伴い, 新たに加って来るものである.われわれは, 近年登場し, 注目を集めている若干の生化学的物質について, 脳卒中危険因子としての意義を臨床的に評価検討して来た.第二部では, これら臨床研究の結果を中心に報告する.
基礎調査の結果, 脳卒中死亡率が低いとみられた二町村の調査を通じ, 共通する発症阻止因子の抽出をこころみた.両地区の高血圧者の頻度は低率とはいえず, 血圧レベルのみから脳血管障害の少い事実は説明できないことが先ず明らかとなった.そこで, 両地区の対象を正常血圧, 境界域高血圧, 高血圧の三群に層別し, 高血圧以外の諸因子について検討した結果, 血清総コレステロール, 総蛋白, ビタミンEなどの値がとくに佐敷町の高血圧群で正常血圧群より有意に高く, 桧原村でも同様の傾向がみられた.これらの物質はすでに, 脳卒中発症に対し阻止的に働くことが, 直接, 間接に証明されているが, 今回の調査の結果, 高血圧があっても, これら物質の値が高いグループでは脳血管障害の発症が抑制されるという, 重要な可能性が示唆された.すなわち, これらは高血圧の血管障害作用に何らかの抑制をかけているという意味で発症阻止因子とよんでよいだろう。そのほか, 栄養素バランスのよいこと, 塩分摂取量, 飲酒量が少いことなどが注目されるが, 阻止因子と断定するにはなお追跡が必要と思われる.
われわれは脳卒中準備状態の性格をもつ, 脳動脈硬化症を一端に, 陳旧性脳卒中を他端とする疾病スペクトルの中で, HDL・コレステロールなど最近注目されている物質がいかなる段階的変化を示して行くかを追跡し, その結果に基いて, これら物質の卒中危険因子としての意義を検討した.先ず, 脳動脈硬化症および, この状態をへて発症したとみられる穿通枝系梗塞例では, HDL・コレステロールの低下はなく, HDL以外のリポ蛋白コレステロールの増加によるatherogenic indexの上昇がみられた.すなわち, 穿通枝系梗塞の発症危険因子としては, このindexの上昇の方が意義が大といえる.一方, 皮質枝系梗塞は予めHDL・コレステロールが低い個体から発症する可能性が強く, 発症危険因子として, HDL・コレステロール低殖の意義がより大きいと思われる.次に, 動脈硬化のなり立ちと関連して諸家の注日を集めている過酸化脂質は各段階症例で有意の上昇を示し, 危険因子の一つに加えうる物質とみなされる.しかし, HDL・コレステロールと関連したα
1リポ蛋白やLCAT活性はむしろ発症後における変動が著明で, 発症危険因子としての意義は低いと思われる.
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