原子間力顕微鏡(AFM)を用い,漆液中の水相成分の分散状態および加熱処理(焼き付け乾燥)が,硬化後の漆塗膜の表面構造に及ぼす影響を検討した。生漆(きうるし),「くろめ」によりやや分散の進んだ透素黒目漆(すきすぐうめうるし),およびロールミルによりさらに高分散処理された透素黒目漆を常温高湿で硬化させた塗膜の表面には,それぞれ高低差200nm以上,100~200nm,および100nm以下の山状の隆起が多数観察され,水相成分の分散の程度が高いほど平滑な表面であった。これは,漆塗膜の表面の隆起構造が,塗膜表面の直下に存在する水溶性多糖の粒子によって形成されるとした大藪らのモデルを支持する結果である。一方,焼き付け硬化させた漆塗膜表面には,凹部がクレーターのように点在し,この場合も,水相成分の分散の程度が高いほど,凹部の径,深さが小さく平滑な表面であった。このクレーターは,表層付近の水相成分から水が急激に蒸発して形成されたと推測される。さらに高分解能観察の結果,生漆および透素黒目漆の塗膜表面(常温高湿硬化)が,それぞれ径30~60nmおよび20~40nmの微細な粒状構造体に覆われていたことから,漆液中の水相成分の分散状態が漆塗膜のナノ構造にも及ぶ可能性が示唆された。
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