植物内の水溶性低分子や脂質などの可動性成分は,乾燥などの試料調製過程で容易に移動し,その位置情報が失われる。本稿では,この課題を克服するため,凍結固定法と低温飛行時間型二次イオン質量分析(Cryo-TOF-SIMS)を組み合わせた分析手法について概説する。まずこれまでにわかった凍結水和状態から得られる二次イオンについて,金属,糖類,モノリグノール配糖体,アルカロイド,脂質,分子錯体など,多様な可動性成分を整理した。主要な成果として,形成層帯におけるコニフェリンやスクロースの分布の違いや分化段階に応じた道管内容物の変化を可視化した例を紹介する。さらに最新のAr-GCIB(アルゴンガスクラスターイオンビーム)を用いた高分解能3D分析により,分化中木部の仮道管内でコニフェリンが細胞壁に隣接する領域に高濃度な貯蔵ドメインとして局在することを明らかにした例について紹介する。
リグニンはモノリグノール同士がさまざまな結合様式で複雑にラジカルカップリングすることで形成される天然高分子である。数ある結合様式の中でもβ-O-4結合が約50%を占めているが,重合過程のどの段階で,どの程度β-O-4結合が形成されるのかは依然として不明瞭である。本研究ではβ-O-4二量体,β-5二量体,β-β二量体と[3-OCD3]コニフェリルアルコール(D-CA)を用いて酵素的脱水素重合物(DHP)を合成し,二量体にD-CAがカップリングして三量体を形成する際にβ-O-4結合が形成される確率を調査した。得られたDHPをチオアシドリシスに供し,分解生成物を解析したところ,β-O-4結合形成割合は二量体間で大きな差は現れなかった一方で,未反応のβ-5二量体の量は他の二量体よりも多いことが明らかとなった。
釘接合部の性能は通常,ヨーロッパ型降伏理論式により推定されるが,ばらつきが大きく,下限値や安全率の設定が重要である。釘接合部の性能を,分布を含めて推定できればより理論的な設計体系の確立に資すると考えられる。本報では,材料の性能分布に基づき計算した面材釘接合部の降伏耐力の推定分布が実験結果をどの程度再現できるか検証した。供試材の支圧試験及び釘の曲げ試験を実施し,得られた支圧強度等の分布形から接合部の降伏耐力の推定分布を算出した。推定分布と実験値の分布から計算した下限値や,分布形自体を比較した。推定された下限値は降伏耐力評価法や計算方法によっては,安全側の値を示した。またヨーロッパ型降伏理論式の仮定が成立する仕様であれば,推定分布と実験分布の形は高い適合性を示した。本研究の成果は,木造建築物の性能のばらつきを材料レベルのばらつきから予測できる設計体系の構築に資するものである。
海虫類による木材蝕害状況を非破壊かつ正確に評価することを目的として,スギ無処理木材(心材,辺材),各種化学処理木材(クエン酸処理,フルフリルアルコール処理,グリオキザール樹脂処理)の海洋劣化程度を,目視および質量減少率,各試験材のX線CTスキャン画像を用いて算出した体積欠損率の計測により評価・比較した。その結果,体積欠損率による劣化評価では,蝕害が軽微な木材においても材内の劣化状況を反映した評価が可能であった。体積欠損率を用いて海洋暴露後の各種木材の劣化状況を解析した結果,心材が辺材よりも海虫抵抗性が高く,各種化学処理木材が無処理木材と比較して海虫抵抗性が高いことが確認された。